第15話 生きているということ

 夜の双子の森へと入ることに決めた翌日。俺とエレナは日が沈むと真っ暗な双子の森へと来ていた。


「静かすぎて気味が悪いですね」


 エレナの言う通り、夜のこの森は魔物のランクが上がるにも関わらずとても静かで、魔物たちの鳴き声ひとつ聞こえなかった。


「確かにな。昼間は浅いところに狼系の魔物がいるから遠吠えとか聞こえるのに、それが全くない」


「はい。ですが、情報では夜の森には狼系の魔物があまりいないらしく、いても他の魔物に襲われないよう隠れているそうです。それが原因の可能性もありますが、それでも木の葉が風に揺れる音すらしないのは異常としか言えませんね」


「まぁ、入ってみれば何がいるのかわかるだろ。行くぞ」


「はい」


 俺たちは武器をいつでも取り出せるよう警戒しながら、静かな森へと足を踏み入れた。


「やはりおかしいです。魔物が全然襲ってきません」


 森に入ってからしばらく歩いたが、いまだ一体の魔物にも出会しておらず、精神力だけが削られていく。


「昼間であれば、狼系の魔物やゴブリンなどがすぐに襲ってくるはずですが、ここまで何もいないとなると…」


 可能性として考えられるのは、魔物が浅いところにいないのか、それとも…


「どうやら、最悪の状況らしい」


 今日はもう引き返すべきか考えていると、近くで木の葉が擦れる音が聞こえ、次の瞬間俺たちは三体の魔物に囲まれていた。


「キヒヒヒヒ!!」


「これは…」


「Bランクの魔物、トレントだな」


 トレントは樹の形をした魔物で、人間よりも長い間生きる植物は、その分多くの魔気を吸収するため魔物へと変化しやすい。


「どうやら、誘き寄せられていたのは俺たちのようだな」


 ゲームの時、トレントは魔物として動き回っており、今みたいに普通の樹に擬態するなんてことはなかった。


 それに、魔物の上にはレベルや体力ゲージなどが表示されていたためすぐに魔物だと気づくことができたが、現実となったこの世界ではそんな表示は一切無い。


「これがゲームと現実の違いか」


 俺は未だゲームだった時の感覚が抜け切れていなかったようで、どうやら今回はそれが油断へと繋がってしまったようだ。


「どういたしますか、ノア様」


「どうって、囲まれているのに逃げられると思うか?」


「無理ですね。はぁ、私の命もここまでのようです」


 エレナはまるで諦めたかのようにそんなことを言うが、それでも構えた武器を下すことはなく、じっとトレントたちの動きを見据えていた。


(レベルはオーガより少し低い53だが、数が多すぎるな。全部をまとめて相手にするには今の俺たちじゃ厳しすぎる。だが、やらないと死ぬよなぁ)


 神眼でトレントの鑑定をしたところ、レベルはそこまで俺たちと差は無いようだが、やはり三体もいるというのは状況が悪かった。


 だが、ここで戦わなければ死ぬのは間違いなく俺たちの方なので、覚悟を決めた俺はエレナに指示を出す。


「仕方ない。俺が火魔法で倒すから、エレナは敵の気を引きながら動き回ってくれ」


「はい」


 エレナはすぐに身体強化を使用すると、俺もそれを確認してから魔力を練り始める。


「準備はいいな?」


「問題ありません」


「行くぞ。『火球ファイアボール!」


 エレナが頷いたのを確認すると、俺は多めに魔力を込めてファイアボールを一体のトレントへと放つ。


「キイイイイ!!!」


 トレントは魔物とはいっても植物のためよく燃え、ファイアもボールが当たったトレントは苦しみながら悶える。


「今だ!」


 周りにいた他のトレントたちは仲間が燃えていることに怯んで一瞬だけ動きを止めるが、すぐに根をつかって攻撃を仕掛けてきたので、エレナが動き回りながら襲いくる木の根を切り落としていく。


「『火球』!」


 俺は木の根の処理はエレナに任せると、もう一度魔力を多めに込めて火球を放ち、二体目のトレントを燃やした。


 そして、最後の一体もエレナが気を引いているうちに俺が火球で仕留めると、トレントの巨大な樹の体が地面へと倒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ…倒したな」


「ふぅ、ふぅ…はい。倒しましたね。ですが、酷い目に遭いました」


「あはは。ほんと、最初は死ぬかと思ったな」


「笑い事じゃありませんよ。まったく」


 エレナは呆れた様子でそう言うが、そんな彼女も何故か少しだけ楽しそうに笑っている。


「そういうお前も笑ってるぞ?」


「え…私がですか?」


「あぁ。お前も楽しかったようだな」


「そんなことは…」


 エレナは自身の顔をペタペタと触って確認するが、そんなので自分が笑っているなんて分かるはずがないので、彼女の顔が見えるように氷魔法で鏡を作る。


「な?笑ってるだろ?」


「本当だ…」


 自分が笑っていることにしばらく驚いた様子を見せたエレナだったが、今度は声を出して笑い始め、目元には涙を浮かべた。


「ふ、ふふふ。あはははは」


「どうした?」


「いえ、突然すみません。なんか、生きてることを実感できたのが嬉しくて笑ってしまったようです」


「生きてるのを実感?」


「はい。実は私、孤児院出身なんです。赤ん坊の頃に孤児院の前に捨てられていたらしく、12歳まではそこで育ちました。そこでは同じく親のいない子供たちと一緒に生活していましたが、院長が外で私たちが問題を起こすのではないかと気にしていたため、孤児院の外に出ることを許してくれませんでした。親がいないことや世間から隔絶された環境のせいか、私は自分が生きてるように感じられず、まるで檻に閉じ込められた鳥のように思っていたのです」


「なるほどね」


 エレナの環境はこの世界を俯瞰して見ていたときの俺に少しだけ似ており、その感情を理解することができた。


「それは確かにつまらなかっただろうな」


「はい。それからも暗殺者の職業を授かってからは公爵家の暗部に引き取られ、やりたくもない暗殺のやり方や戦闘訓練ばかり学ばされ、挙げ句の果てには屋敷で空気のように扱われている厄介者のお世話までやらされたわけです」


「ふむ。最後の点は少し言い方に棘を感じるが、暗部に入ってからも自分の意思で動けなかったわけか」


「そうなんです。だから私は、本当に自分が生きているのか、自分が何をしたいのかも分からなくなり、ただ与えられた命令に従って生きるだけの人形となったのです」


「人形ね」


「だからさっきは命懸けで戦って生き延びたのが楽しくて嬉しくて、それで生きていることを実感して笑ってしまったようです。まぁ、今もとんでもない人にこき使われているのは変わりありませんがね」


 そう言って微笑むエレナには不思議と後悔や悲壮感は感じられず、本当に今が楽しいという感情だけが込められていた。


「お前もだいぶ変わったということだな」


「変わったというより変えられたんですけどね。はぁ、私…もう普通には生きられないのでしょうか」


「まぁ、魔族になろうとしている時点で普通に生きるのは無理だろうな」


「あはは。確かにその通りですね。ですが、今はそれも楽しそうだと思ってます。誰かに縛られて自分の意思で生きられないよりは、今の方がずっと楽しいです」


「俺に脅されているのにか?」


「確かにそうですが、ノア様についていくと最初に決めたのは私です。それに、ノア様は確かに脅したり怖かったり狂っているところはありますが、私にも選択肢は与えてくれます。だから私はこれからもノア様についていくと決めた訳ですし、今は後悔もしていません」


「そうか。なら、今後も後悔しないようにせいぜい願ってな」


「そこはかっこよく後悔させないと言って欲しかったですが、それもまたノア様らしいですね。わかりました。私も自分の選択を後悔しないよう頑張りますね」


 そう言って笑うエレナの笑顔は月に照らされてかいつもより綺麗で、とても生き生きして見えた。






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