第13話 魔族になりたくて

「本当にいくんですか?」


「ここまで来て何を今更怯えているんだ?」


 ポルトールの町にある宿屋で一晩休んだ俺たちは、翌日、さっそく双子の森の前へと来ていた。


「だって、私もこの数週間でレベルが上がったとはいえ、まだ12なんですよ。怖くなるのも当然ではないですか?」


「けど、俺もまだレベル21だが全然怖くないぞ?」


「ですからそれがおかしいんですよ。普通は皆さん怖がるものですし、何ならこんな低レベルでこの森に挑むなんてありえないことです!」


 確かにエレナの言う通り、普通であればこんな低レベルの俺たちが、それも二人だけでこの森に入るなど自殺行為としか言えないが、俺にはゲームだった時の知識が全て頭の中に残っている。


「前にも言っただろ?俺にとってこの森は庭みたいなものだって」


「確かに言ってましたが、ノア様もこの森に来るのは初めてですよね?なのに庭って…そういうところが私を不安にさせるのです」


「はぁ。ぐだぐだうるせぇな。いいからついて来い。それとも、ここで俺が殺してやろうか?」


「つ、ついて行きます!だから殺さないでください」


 少しだけ殺気を込めて睨むと、エレナは肩をビクリと跳ねさせ、何度も頭を下げながらお願いをしてくる。


「わかったから頭を上げろ。それと、これ以上文句は言うなよ。間違って殺ろしてしまうかもしれないからな」


「わかりました」


「よし。じゃあ、今度こそ行くぞ」


「はぃ…」


 こうして、俺とエレナは凶悪な魔物が数多く棲息している双子の森へと、足を踏み入れるのであった。





 昼間の双子の森に生息している魔物はDランクの狼系の魔物やゴブリンの群れ、そして同じくDランクのオークやCランクのオーガなどがほとんどだ。


 夜になればCランクの蜘蛛系の魔物やBランクのトレント、そしてAランクのオークの上位種なども出てくるが、しばらくの間は昼間しかこの森には入らないので今は関係ない。


「まずは浅いところで狼系の魔物やゴブリンの群を相手にする。それでレベル上げだ」


「わかりました」


 エレナを連れて森へと入った俺たちは、気配を殺し、足音を立てないよう気をつけながらゆっくりと森の中を進んでいく。


「見つけた。あれはフォレストウルフだな」


「数は三匹ですね。群れで行動する狼系の魔物は、最低でも一つの群れに六匹はいると聞いていたのですが」


「おそらく狩りをするために分かれて行動してるんだろう。Dランクの魔物であるフォレストウルフがこの森で生き残るには、浅いところを群れで行動するにしても、まとまり過ぎるとその日の餌が取れなくなる可能性があるからな」


 双子の森で弱い魔物に分類されるフォレストウルフたちが生き残るには、本来のように一つの群れで行動するにはあまりにも効率が悪く、最悪餌を見つけることができずに餓死する可能性もある。


 そのため、奴らは危険を承知の上で群れをいくつかに分け、数箇所で獲物を探しては狩りをしているのだろう。


 神眼でフォレストウルフのステータスを鑑定してみると、レベルは28で俺とそこまで差は無いが、動きの素早いフォレストウルフを三匹も相手にするとなると、少し厄介だ。


「確実に殺すには、やっぱりこの作戦しかないか」


 頭の中でいくつか作戦を立ててはみるが、動きが早いフォレストウルフを短時間で確実に仕留めるには、この作戦しかない。


「エレナ」


「はい」


「お前、〈隠密〉は使えるか?」


「使えますが、それがどうかしましたか?」


 隠密スキルとは、自身の気配を無くして隠れることのできるスキルであり、スキルレベルが高いほどその効果も高くなる。


「よし。なら、お前はここから絶対に動くなよ」


「…え?」


 困惑しているエレナを無視して俺は指笛を吹くと、その音に気づいたフォレストウルフたちが一斉にこちらへと向かってくる。


「え、え?ノア様?ちょっと待ってください…これって…」


「お前は囮だ。絶対に動かないように」


「そ、そんな!!」


「じゃ、がんば」


 俺は戸惑っているエレナを無視して風下の方に移動すると、息を殺してじっとタイミングを窺う。


「ガウアァァァ!!」


 エレナは上手くスキルを使って身を隠しているようだが、フォレストウルフは鼻を動かしながら匂いでエレナを探すと、彼女を見つけたのか仲間にも合図を送る。


「まぁ、そうなるよな。隠密スキルは姿は隠せても匂いは消せないし」


『助けに行かないのですか?』


「もう少し待て。生き物は皆、獲物を捕らえるその瞬間が一番油断するものだからな」


 俺は暗殺者から奪ってきた刀の柄に手を触れると、静かにその時を待つ。


「グルアァァァア!!」


 他の二匹より少し体の大きいフォレストウルフが吠えると、エレナを囲むようにして左右にいた二匹のフォレストウルフが飛び掛かり、その鋭い牙で噛みつこうとする。


「『縮地』『居合』」


 フォレストウルフたちの意識が完全にエレナに向いた瞬間、俺は縮地のスキルを使って右側の一匹に一瞬で近づくと、刀術スキルの居合による一撃で容赦なく斬り殺す。


「エレナ!」


「は、はい!!」


 合図を出すと、これまで動かなかったエレナが地面を転がってもう一匹の攻撃を躱し、素早く起き上がると短剣を取り出し切り傷を付ける。


「ガァァァァア!!!」


 短剣に切られたフォレストウルフは泡を吐いて苦しみ出すと、しばらく体を痙攣させたあと息絶えた。


「相変わらず凄い毒…」


 エレナの短剣には事前に暗殺者たちが持っていた猛毒が塗られており、耐性がないものがその毒を体内に摂取すると、今回のように一瞬で死に至る。


「『身体強化』」


 最後の一匹は仲間を殺されたことで僅かに動きを止めるが、さすがリーダーと言うべきか、身体強化を使った俺の攻撃をギリギリのところで躱すと、すぐに反撃のため噛みつこうとしてくる。


 しかし、躱されることを想定していた俺はさらに縮地を使って距離を詰めると、フォレストウルフの噛みつきを躱しながら刀でフォレストウルフの首を刎ねた。


「レベル差がそこまで無いとはいえ、随分と呆気ないな」


 俺は血を払ってから刀を鞘に戻すと、解体用の短剣を取り出して魔物たちを解体して行く。


「また食べるのですか?」


「もちろん。こいつらを食べるためにここに来たんだからな」


 丁寧に狼の毛皮を剥いでから肉を切り取ると、俺は生温かさと血生臭さを感じさせるその肉に噛み付く。


「あー、クッソまずい。生臭くて血の味しかしないし、肉も固くて食えたもんじゃないな」


「なら食べなければいいじゃないですか。せめて血抜きをするとか焼くとか、方法は色々とあると思うんですが」


 エレナはまるで異常者でも見るような目を俺に向けてくるが、俺だってそれが出来るのならそうしたい。


「俺もな。それが許されるならそうしたいさ。けど、それが出来ないから我慢して食べてるんだ」


「いったい何が目的で魔物の肉を生で食べてるのですか?前にもホーンラビットやスライム、それにゴブリンなんかも食べてましたよね。さすがにゴブリンを食べているのを見た時は気持ち悪かったです」


「やめてくれ。思い出しただけで吐きそうだ」


 ゴブリンの肉は臭い固い汚いと本当に酷い状態で、口に含んだ瞬間あまりの悪臭に吐きそうになったほどだ。


「そこまでして何がしたいのですか?」


「…そんなに気になるなら教えてやろう。俺はな、魔族になりたいんだ」


「魔族って……あの魔族ですか?!」


 魔族と聞いた瞬間、エレナは顔を真っ青にさせ、まるで生まれたての子鹿のように足を震わせる。


「本気で言ってるのですか?!魔族は残忍で凶暴で、私たち人間を苦しめている元凶なのですよ!そんな魔族になりたいなど正気ではありません!!」


 エレナの言う通り、俺たち人間の間では魔族は絶対的な悪とされており、遥か昔から両種族は争ってきたと言われている。


 そんな話は子供でも知っていることで、物語として語り継がれている歴代の勇者と魔族の話は、知らない者がいないほどに有名だった。


「確かに一般的に魔族は悪で、それと戦う人間や勇者は正義だとされているが、本当にそうだと思うか?」


「当然です!魔族は何度も人間や他の種族の国を襲い苦しめてきました!それは歴史が証明しておりますし、聖王国の聖典にも書かれていることです!」


「そうだな。確かに歴史書や聖典には魔族は悪であり、それと戦う勇者や人族は正義だと書かれてる……だか、おかしいと思わないか?」


「何がですか」


「どの歴史書でも必ず勇者が魔皇を倒しに魔大陸へと向かう訳だが、逆に魔皇たちが攻めてきたなんてことはどこにも記されておらず、せいぜい魔族が数体攻撃してきた程度だ。しかも、勇者が負けたという記録は一つもなく、負けるのはいつも魔皇側。なのに魔族が滅びたという記録もこれまた一つもない。どうだ?おかしいと思うだろ?」


 俺がまだ公爵家にいた頃、屋敷の外に出ることを許されなかった俺は、図書館で本を読むことしかできなかった。


 その中でも特に好きだったものが勇者と魔族の戦いだった訳だが、その内容はどれも一貫しており、最後は勇者が仲間と共に魔大陸へと向かい、そこで魔皇を倒して終わるのだ。


「それは…」


「まぁ、面白おかしい歴史について語りはしたが、俺にとってそんな物はどうでもいいんだ。本当に重要なことは、もっと他にある」


「重要なこと?それはなんですか」


「俺の大切な人が魔族ってことさ。だから彼女に会いに行くには魔大陸に行かなければならない訳だが、普通に人間が行けばまず間違いなく魔大陸に入ることはできないだろう。だから俺は、まずは魔族になると決めたのさ」


「…その女性のために、魔族になるということですか?」


「その通り。母上が死んだ時点で俺は種族になんてこだわりは無いし、寧ろ同じ人族でも父上たちは俺に酷い仕打ちをしてきた。あんなゴミどもと同じ種族ってだけで、俺にとっては恥以外の何物でもない。だったら大切な人と同じ種族になった方が同じ時間も歩めるし、そっちの方が幸せだろう?」


 魔族と人族では寿命が違う。一般的な魔族が150年から200年生きるのに対し、普通の人族は長くて80年。魔力が多い者は老いるのが遅いと言われているが、それでも120年が限界だ。


「だから俺は、魔族になりたいんだ」


 俺がそう言って笑うと、エレナは返す言葉もないのか、複雑な表情をして黙ってしまった。






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