第12話 魔力量

 双子の森の近くにある小さな町ポルトールへとやってきた俺たちは、適当に宿を借りて部屋へと入る。


「いやー、暗殺者たちからお金をもらってきてよかったな」


「……」


「おかげでこうして宿に泊まれる訳だし、襲われたのも悪くなかったかもな」


「…………」


「風呂がないのは残念だが、まぁ体が拭けるだけでも感謝か」


 俺は早く体を拭いてさっぱりしたかったため、服を脱いで水で濡らしたタオルを手に取る。


「なんで…なんで同じ部屋なんですか!!」


 体を拭き始めたところで、ずっと扉のところから動かず喋ろうともしなかったエレナが大きな声でそんなことを言う。


「なんでって、金の節約だが?俺たちには金がないんだ。そんなこともわからないのか?」


「わかりますよ!ですが、それでも私は乙女です!レディなのです!いくらノア様でも、男性ならもう少し配慮するべきでは?!」


「あぁ、俺がお前を襲うと思ってるのか?安心しろ。俺には心に決めた人たちがいるからな。それに、お前のことは犬としか思っていない。寧ろ発情した犬に襲われないよう気をつけるべきなのは、俺の方だと思っている」


「私は犬じゃありません!」


「はは。そうかそうか」


 エレナは自身が犬でないと否定しているが、毎回それに噛みついているところが犬っぽいということに気づいていないのだろうか。


「それより、心に決めた人がいるって本当ですか?」


「ん?もちろん」


「もしかして、イリア様ですか?」


「イリア?あぁ、違うよ。彼女じゃない」


 イリアと言われて一瞬誰のことか分からなかったが、幼馴染であり婚約者でもあったイリア・ドルニーチェであることを思い出した俺は、しかしすぐにそれを否定した。


「え。では、本当にどなたなのですか?」


「んー、秘密かな。この先もついてくるのならいずれ知ることになるだろうけど、わざわざ教える仲でもないだろう?お前だって、好きな人いるの?え、誰々教えてーなんて突然言われても教えないだろ?」


「それはそうですが…」


 エレナを虐めるのは楽しいが、俺たちは元暗殺対象と暗殺者の関係だ。


 だから仲良く恋バナなんてする関係でもないし、教えてあげる義理も義務もない。


「そういうこと。だからお前がいくら俺に気があろうとも、残念だが諦めてくれ」


「そ、そんなわけありません!どうして私がノア様を!」


大きな声で否定するエレナだが、彼女の顔はまるで林檎のように赤く、慌てている様は隠し事がバレた子供のようだ。


「どうしてって、お前が俺の体をずっと見続けているからだろ?そんなに俺の体が気に入ったのか?」


「違います!!」


 この街に着くまでの数週間で、俺は出てきた魔物を倒したり刀が使えるよう訓練をしたり、追っ手から少しでも離れるため常に走って移動していたおかげで、以前よりも少しだけ筋肉質な体になっていた。


 なかなかに大変な数週間ではあったが、おかげでレベルは21に上がり、スキルも〈刀術〉と〈縮地〉、そして〈疲労回復〉と〈疲労軽減〉を獲得することができた。


「あはは。少し揶揄っただけだ。だからそんなに怒るなよ。それに、お前はまた勘違いをしているぞ」


「また勘違いですか。今度はなんでしょう」


 また勘違いをしていると言われて今度は何だといった表情をしているエレナに対し、俺はスッと目を細めて先ほどまでのふざけた雰囲気を無くす。


「さっきも言ったが、俺には心に決めた人がいる。その人以外は全てがどうでも良いし、興味もない。そして、それはお前も一緒だ。お前は何でもすると言ったから連れてきただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。だから…あまり調子に乗って変な勘違いをしないようにな」


「わ、わかりました」


「なら、同じ部屋であることにもこれ以上の文句はないよな?」


「はい…」


「よし、偉いな。聞き分けの悪いペットは殺したくなるが、聞き分けの良いペットは好きだぞ。お前もそう思うよな?」


「もちろんです…」


 エレナはそのペットというのが誰のことを指しているのか理解したのか、俺に頭を撫でられながら僅かに震えていた。


「さて。俺は体を拭き終わったし、少し外を見てくるよ。お前もその間に体を拭いておけ」


「わかりました」


 脱いでいた服を着直した俺は、散歩ついで夕食を買うための金を手に持ち、部屋を出るのであった。





「ふぅ。やっと一息つけるな」


 数週間前。初めて公爵邸の外へと出たあの日から、俺には気の休まる日がなかった。


 助けに来たと言っていたエレナは暗殺者で裏切り者だったし、外に出てみれば暗殺者たちに殺されかける。


 その暗殺者たちを何とか殺してからも、いつ追っ手が来る分からない状況のため、休み時間を最小限にして移動してきた。


「ほんと、疲れる日々だったな」


『お疲れ様でした。ノア』


「お、ありがとうレシア」


 レシアはギフトのため疲れなどは一切感じないが、それでも俺のことを気遣ってか、逃亡している間もよく声をかけてくれていた。


「そうだ、レシア。ステータスのことで一つ聞きたいことがあるんだ」


『何についてですか?』


「この世界がまだゲームだった時は、確かステータスに体力と魔力の数値があったよな?なのに、今はその数値がない。どうしてだ?」


『それは簡単です。この世界がゲームではなくなったからです』


「というと?」


『本来であれば、生きてるものに体力値のような数値を確認する術はありません。何故なら、体力値という数値は現実世界では意味をなさないからです』


「ふむ。詳しく説明してくれ」


『この世界がまだゲームだった時、体力値や魔力値の表示があったのはプレイヤーたちに臨場感と現実味を持たせるためでした。体力値が分かることでプレイヤーたちはノアたちの死をより身近に感じ、魔力値が分かることでより考えて行動するようになります。


 しかし、それらの数値が無ければプレイヤーたちは無駄に行動するばかりで、あなた方は何度も死ぬことになり、いずれプレイヤーがゲームで遊ばなくなります。それではこの世界が新たな世界として誕生する機会を失ってしまうことになります』


「つまり、二つの数値はあくまでもプレイヤー側を飽きさせず、そしてこの世界を作るための仕様だったということか」


『是。そして、この世界がゲームではなくなったことで、それらの数値は表示する必要がなくなりました。何故なら、魔力は減れば本人が感覚的にどれだけ減ったのかを知ることができますし、目に魔力を集めれば相手の魔力をオーラとして視認することができるからです。また、体力に至ってはその数値は意味がありませんから』


「意味がない?」


『是。ゲームでは攻撃を受ければ体力値が少しずつ減っていき、その数値が全て無くなることで死亡となりますが、すでにこの世界はゲームではありません。心臓を刺されれば即死。首を切り落とされても即死。つまり、攻撃次第で人は簡単に死んでしまうのです。それは暗殺者たちと戦ったノアが一番よく分かっていることではないかと』


「確かにその通りだな…」


 レシアの説明はご尤もで、攻撃によって人や魔物が簡単に死ぬこの世界では、体力値のような数値はもはや意味をなさないだろう。


 現に俺が暗殺者たちと戦った時、首を捻った男も心臓に短剣を刺した男も、みんなその一撃で死んでしまったのだから。


『ですが魔力値に限り、冒険者ギルドなどにある魔道具を使えば正確な数値を魔力量として調べることが可能です。また、ノアであれば私の方で魔力量をお教えすることもできます』


「それは助かるな。ちなみに、今の俺の数値は?」


『ノアの現在の魔力量は3400となります』


「3400か。それって多い?」


『あなたの弟を例にするのであれば、あなたの弟はレベル1で魔力量が350ですが、それに対してノアはレベル1の時点で魔力量が2000を超えていました』


「まじか。え、俺ってそんなに魔力量が多かったの?」


『この世界の主人公であったノアは、最終的に勇者となることが決まっていました。ノアも知っての通り、勇者の使うスキルは強力で、魔力も非常に多く消費します。そのため、ノアは初期値として魔力量が他よりも多くなっておりました』


「なら、大賢者になったイリアは?」


『彼女も初期魔力量は高い方です。およそ1300ほどになります。彼女の場合、ノアとは違い身体強化や他のスキルに魔力を使う必要がありませんでしたので、あなたよりも少し低めなのです』


「なるほどね」


 どうやら父上の言っていた通り、俺は同年代の中でも本当に魔力量が多い方だったらしい。


 それから俺は、適当な店で串焼きやパン、そしてスープなどを買って宿屋へと戻り、エレナと二人で食事をした。






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