第10話

◇10◇

 そんなときの話し相手はまっちゃんだ。フクは商工会へと向かった。


「いけるんじゃないですかね、今、折良く…とか言ってはいけないですね、世の中的には折り悪くなんですけれども、県からコロナ関連の補助金が出てまして、これが経営革新計画に紐づいてるんですけれども、内装工事とかも対象に出るんですよ。前回の計画に変更申請をかければ、対象になると思いますよ」


 まっちゃんはそのままテキパキと提出が必要な書類を確認し、フクに書類が集まり次第メールするように言い、それからあの中小企業診断士と面談日を調整する。いつも通り靴を舐めるのやり取りがあり、面談日も直ぐに決まった。



話を聞きつつ経営革新変更申請書を読んだ中小企業診断士は言った。


「変更申請としての申請書内容はこれでいいですよ。で、気になるのは、対象となる経費なんですけれど、内装工事と椅子机だけで良いんですか?」


「え?」

とまっちゃんが言う。同時に、

「え?」とフクも言い、「どういうことですか?」

と付け加える。それに対して、

「ん?」

と中小企業診断士も怪訝な顔をして言う。


「いや、単管パイプとか必要じゃないんですか?」

「え?」

とまた、フクとまっちゃんの声が合う。


「いや、システム用の商談スペースを設けるんですよね?そのためにテナント借りるので、その中に単管組んで簡易倉庫を作って、水でも入れた空き塗料の一斗缶並べて、倉庫から持ち出して、塗料使ったよということで水を捨てて、倉庫に戻す作業を体験できるようにするのかと。後、新しい一斗缶の登録と古い一斗缶の削除が体験できれば、その場で全部終わるので、てっきりそうするのかと…」


「おお!」

と三度、フクとまっちゃんの声が一致する。

「それいいですね、そうします。塗料メーカーも空の一斗缶くらいくれるでしょうし」


 こうして、商談スペースについても改善され、そうこうしているうちに2022年が終わったのである。



 2023年、フクはまっちゃんと共にいつもの中小企業診断士の前に座っていた。そして、雑談とも相談とも取れない話をとりとめなくする。


――職人も段々年取ってきてさぁ、もう上に登るのも問題あるかなって思ってたらさ、社長、自分たち上に登れなくなったら、その後の仕事とかあるんですかね、とか言われるのよ。


――システムもさ、IT導入補助金の対象になってるのもあって、だんだん売れてきたけど、使ってるとこと使ってないとこの差が激しくてさ。


――システム入れてる会社を見に行って、倉庫見たら愕然とするよ、昔のうちの倉庫みたいでさ、システム機能するはずないから、これでシステム使えるんですか?って聞いてさ、そしたら、大体あの辺りにあるというのが分かるだけで十分凄いんですよ!って言われるのよ。ある意味便利に使ってくれてるけど、そういうことじゃないよねって話して。

 すると、じゃあどうしたら綺麗になるんですかって言われて、またそこから話すんだよ。もう大変よ。消費期限過ぎたのは全部処分ですね、でも産業廃棄物だから一気に捨てると高いから、ちょっとずつ捨ててね、とかそんな話よ。


――逆に綺麗にしてる会社もあって、綺麗ですねっていったら、フクさんが来るから怒られないように慌てて掃除しましたってさ。いつも綺麗にしておこうよって返したけど。


――でもこの間行った会社はすごく綺麗だったよ。事務の女性たちが率先して綺麗にしてるみたいで、日本で一番倉庫がきれいなペンキ屋を目指してるんですって。思わず、いやうちが一番だって、言っちゃったけど。



 とめどなくそんな話をして、まっちゃんがやいのやいのと相槌をいれ、漸くフクが満足したところで、中小企業診断士が口を開いた。


「で、社長は、遂に倉庫コンサル業に進出するんですか?」


「ん?」

とフクは返事をする。思いもかけないことというわけではない。何となくそれもありかなぁと思っていたことを、改めて聞かれて戸惑ったのだ。だから、

「やった方がいいかなぁ?」

という返事になる。


「この話って、前に話したことがあるんですよ。将来的には、倉庫コンサルもありだと。

 社長も痛感されているように、現場が整ってからシステム導入というのが正しい流れなんですよ。先ほど社長も話されてたでしょう?しかし、どうすればいいかわからない会社が多いと。

 その対応を塗装業者の中で一番わかってるのは社長の会社ですよ。それを年配の職人さんたちが教えていけばいいんじゃないでしょうか。といっても、新しい知識じゃなくて、これまでやってきたことを教えるので、出来ると思いますよ。それに何より、この仕事は雨天関係なしですよ」


 雨天関係なし、という言葉にフクの心は揺れる。ペンキ屋は雨に弱いのだ。雨が降った時でも安定して売上が取れる仕事は喉から手が出るほど欲しい。

 とはいえ、職人の中には話すことや教えることが苦手なものもいる。やるべきだと分かってはいるが、決断するには時間が必要となるだろう。悩みすぎて迷えば、またまっちゃんに話を聞いてもらえばいい。その時は、この中小企業診断士もまたその場に呼ばれているかもしれない。



 色々な人の話を聞きながら、色々な人に話をしながら、苦労の末に完成した塗装業者向け在庫管理システム「らくらく塗装屋さん」は、少しずつ導入先が増えている。

 最近では、まったく別の業種からシステム開発について相談を受けるようにもなっている。仕事が一回りし、自分も相談される立場になったということだ。

 コロナが明け、世の中も変わる。それにフクたちも対応する。倉庫を綺麗にしようと思い立ったあの日から、必死に考え動き人の手を借り、それでも主体的に動いたのはフクだ。

 主体的に動き、改善し、浮いたコストを再投資し、それは新たな仕事となった。

フクは世の中の当事者になっている。


◇おわびなど

 この話は実話が元になっており、登場する人物にもそれぞれモデルがいます。とはいえ、似たような職種の人間が複数登場しても混乱するでしょうから、なるべく登場人物は簡略化しています。

 同様の理由で名前のある登場人物は、フクとまっちゃん、そして名前を付けざるを得なかったヒガシのみとしました。

 また、まっちゃんのモデルとなった人物に他人の靴をなめる趣味はありません(おそらく)。

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ペンキ屋のおっさんのDX  ~ペンキ屋のおっさんが倉庫を綺麗にしたら時代の先端を走ってた話~ @akisame_suzumushi

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