第17話

「窃盗で訴えられたぁ!?」

 まだまだ傷だらけの顔を大きく歪めて綾女は叫んだ。

「明日裁判所に出頭すること……か。

 綾女、これって無視できないの?」

 裁判所からの出頭命令書は、ケガで動けない綾女たちの代わりに事務所に衣服を取りに行った巧子がポストから偶然見つけたものだった。

「できないことはないですけども、その際向こうにとって有利な主張が通ってしまいますわ。民事裁判で負けたという事は警察にも悪印象ですし。

 証拠品のネックレスを盗品という事にしたり、花蓮を悪女に仕立て上げて証人としての能力が不十分であることにするつもりでしょう。

 行かなければ不利になるのはこちらですわね」

「でも、私がちゃんと出廷して証言すればいいんじゃないの?」

 不思議そうに首をかしげる花蓮に、綾女は頷いた。

「検察側は高橋が抑えているでしょうし、裁判はこの際問題にならなのでしょうけど……。

 おそらく、裁判所に向かおうとする私たちを殺害するつもりなのでしょうね」

 花蓮が小さな声を上げた。

「証人が死んでしまえば、警察に食い込んでいる自分の息のかかった警官を駆使して事件を有耶無耶にできる……肝が据わってますわね。

 確かに、今の藤堂が取れる手段の中では最もマシですわ」

 顎に手を当てて綾女は考え込む。

 暫く黙りこくったあと、綾女は自信に満ちた表情で顔を上げた。

「正面突破しか思いつきませんわ」

「なんの意味もない長考だったね」

「なんで探偵事務所じゃ無くて相談所なのかなって思ってたけど、単純に向いてなかったからなのか」

「失礼ですわねこの人達!?」

 先日の大けが以来、綾女の扱いは悪かった。

 大げさに咳払いした後、綾女は指を振った。

「正面突破とは言いますけど、きちんと策は考えてますわ。

 ただ、裁判所までの包囲はそれで突破できたとしても、結局は裁判所を目指して移動するしかないところが最大の問題ですわね。

 私たちの移動経路は限られるし、藤堂たちはいくらでも襲撃が仕掛けられますもの」

「可能な限り人が多い道を通るとして……それでも仕掛けてくるかな?

 お昼だし、夜みたいにはいかないんじゃ」

 花蓮の願望交じりの問いに綾女は頷く。

「十中八九、仕掛けてきますわ」

「だよね……」

 現に花蓮は人込みの中での戦闘を生き延びたばかりである。

「ただ、暗い話ばかりでもないのよ。

 今までの戦闘で藤堂は戦力をかなり削られてると思いますし、警察に目を付けられている彼に協力しようという向こう見ずは少ないはずですわ。

 今までの様にこちらを物量で押し切ること難しいんじゃないかしら」

 落ち込む花蓮に綾女に慌てて明るい推察を持ち出した。

 高橋からの情報によれば、藤堂とヤクザの密会が唐突に途切れており、藤堂の手のものが素行の良くない者たちに片っ端から声をかけているものの、反応は芳しくないらしい。

 藤堂たちは決着を急ぎすぎるあまり、私兵達を派手に動かし過ぎたのだ。怪我人で溢れた病院や、命からがら逃げかえった不法者たちの漏らした話は短時間で裏社会に出回っていた。

 金さえ積まれれば人を殺せるようなろくでなし達も、やはり自分の命は惜しいらしい。

「……綾女並みに強いって言う、零士ってやつはどうすんの?

 話を聞いた限りだと全然手を引くようには見えないんだけど。

 なんかすっごいドロドロしてるじゃん」

「戦うしかないでしょうね」

 重苦しい空気感が漂うよりも早く、綾女は手を叩いた。

 明日にも消えるかもしれない命だからこそ、周囲の人々には笑っていて欲しかった。

「さぁ、しんみりしている時間はありませんわよ!

 裁判は明日ですからね。

 作戦について話しても構いませんわね?」

 二人の視線が集まるのを感じながら、綾女は自信満々に胸を叩いた。

「名付けて、『ドキドキ!?変装お忍び正面突破!』ですわ!」

 沈黙が部屋を包む。

「……分かりやすくていいでしょう?」

「結局正面突破なのね」

 花蓮と巧子は肩を落とした。


 花蓮は変装した自分をぐるりと一周眺めてみた。

 それは女学生の着るようなお古の着物を仕立て直した矢羽文様の袴姿である。

 彼女の感覚で言えば「平民的な」恰好、彼女は普段から藤堂の方針に従い洋服を着用することが多かったために着用することのなかった服を花蓮は今着ている。

 鏡の前でくるくると回って見せたり、挑発的なポーズを取って見たり、して、花蓮は照れたように頬を染めた。

「……似合ってるかな?」

 二人がこの姿を見て褒めてくれるだろうか?と、花蓮はドキドキと胸を高鳴らせる。

 気恥ずかしさと期待を伴う楽しさを味わっている花蓮の部屋に、ドタバタとした足音が転がり込んできた。

「ヘイ花蓮ちゃん!こいつを見てみな!」

「最悪ですわっ!恥辱ですわっ!」

 耳まで真っ赤にした綾女が、巧子に背中を押されて部屋に引きずられてきたのである。

 綾女は前髪を残したおさげを2つぶら下げて、野暮ったい大きな眼鏡をかけていた。

 普段の洋服とは違い、藍染めの袴姿である。

「綾女の視力が悪いなんて知らなかったけど……」

 きょとんとしている花蓮に、巧子はニヤリと笑った。

「伊達だよん。昔の綾女は背伸びしてたからねぇ。

 こっちの方が賢く見えるからってさ」

「うぅ……消し去りたい過去ですわ」

 真っ赤な顔で隠した手の隙間から花蓮を覗き見る綾女。

「可愛い……!」

 てっきりからかわれると思っていた綾女は、顔の前で慌てて手を振った。

「お、お世辞はやめてくださる!?」

「似合ってるよ!普段が凛々しいからビックリ!」

「か、花蓮も似合ってますわよ……」

 今度は花蓮が赤くなる方だった。

「あ、う、うん……ありがとう」

 二人の間に流れる妙な雰囲気に、巧子は渋い顔をした。

 周りが見えていないかのようにもじもじとしている二人に向けて、ごゆっくりと手を振って部屋から抜け出すと、首を傾げた。

「綾女ってあんな顔するっけな」

 自分が知らない親友の表情を覗かせる異邦人、別世界からやって来た少女。

 花蓮の存在に胸をざわつかせている自分に嫌になりながら、巧子は頭を掻いて部屋から離れて行った。

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