推理編2

 宮殿内は広いが、女中達というのは貴族達の暮らしのルーティンに合わせて働くもので、つまりその居場所の見当は付けやすいものだった。伯爵が死んだ頃は確かに午前で、それは女中達がそこら中の掃除やら洗濯に勤しむ時間だった。


 今は、時計を見るとじきに貴族の昼食会になる頃である。見かけた女中にマノンの事を尋ねると、彼女が担当していた部屋は例の伯爵だけでなく、別室の婦人の世話もしていたそうだった。


「つまり、その部屋で今頃着替えの手伝いか?」


 アルマンがそう言うと、教えてくれた女中は頷きつつも険しい顔で口を開いた。


「マダムの部屋に行こうだなんて思っちゃ駄目よ」

「どうせ行くなら邪魔の居ない時に行くだろ」


 女中がさらにむっとした顔をすると、アルマンはにやりと笑って冗談だと言った。

 それから女中はふとした顔で、そういえば、と口を開いた。


「マノン、今日は少し変わってるわね。いつもはシェロン伯爵様のお部屋の掃除はもっと遅くに行くのよ、丁度このくらいの時間に。その分、あのマダムのお着替えはもっと早くに済ませておくの」

「普通あの時間が掃除じゃないのか」

「そうなんだけど、伯爵様は拘りのある方で、自分が部屋にいない時に勝手に掃除されるのをすごく嫌う方なの。だからあの子もいつも伯爵様が絶対にいるこの時間に掃除しに行っていたんだけど」


 女中は突然声をひそめる。


「……伯爵様の部屋といったら、まあひっどいのよ。いつも散らかり放題。それなのにこの短い時間しか掃除を許してくださらないもんだから、困ったものね。マノンは手際のいい子だからこなせていたけれど」


 女中はそれだけ言うと、私も仕事があるからとどこかに消えていった。それからそう長く待たずに、廊下の向こうからマノンが歩いてくるのが見えた。マノンはアルマンに気が付くと、軽く礼をした。怪訝な顔をして、彼女は自分から声をかけた。


「あの……何か」

「ちょっと聞きたい。お前、雑巾はあの俺に渡していった一枚しか持っていなかったのか?」

「……ええ。それが何か」


 マノンは前に組み合わせた自分の両手を一度ほどいてまた改めて指を組みなおした。


「ということは、お前バケツだけ最初持っていったのか」

「……うっかりしていて」

「じゃあなんの掃除をしていたんだ、バケツが倒れる前」

「散らかったものを片付けていたんです。本の山があって、それに頭をぶつけていらっしゃったでしょう。もともとは、あれ以上に散らかっていたんですよ」


 そうか、とアルマンは返事をすると、それだけで引き返していった。頼まれていた用事はそれだけだ。もう用はない。あっさりと帰っていくその背中を、マノンは無感情に眺めていた。


 *


 ディディエは暇を持て余して窓の外を眺めていた。たまに人が歩いていくのが見えると、あれはたぶん誰々だ、と独り言を漏らしている。誰が何をしているのかということに興味の欠けたセシルは適当な返事をするだけで、ろくに聞いてはいなかった。


 しかし、ディディエの一言がようやくマノンの興味を引くきっかけとなった。


「あ、この窓、絵を描いた跡が残ってる。シェロン伯爵が描いたのかな」

「今朝にでも描いたんでしょうね。何が描いてあるの?」

「……裸の女の人?」

「悪趣味……」

「あと、魚のしっぽだけかな。ねえセシル様、なんで今朝ってわかったの?」

「毎日窓拭きをしていたんでしょう。それに、今朝は一段と寒かったから」


 長椅子のひじ掛けに寄りかかりながら、セシルは答えた。

 裸の女は良いとして、魚の尾。変な組み合わせ、とつぶやく。


「戻ったぞ」


 そうしているうちに、アルマンが帰ってきた。


「マノンが言うには、最初は雑巾を忘れていて、バケツが倒れる前は散らかったものを片付けていたんだと」

「そう。ああ、不自然だけど決定打がない」


 セシルはせっかく綺麗に巻かれた髪をくしゃくしゃと握りしめた。


「不自然といえば、別の女中が言ってた。シェロン伯爵の部屋は昼食会前のこの時間帯に掃除する決まりだったんだとさ」

「どうして」

「自分のいない間に掃除されるのが嫌いなんだと」


 それを聞いたセシルはにまと笑った。


「ねえ、私は見えないから想像なんだけど、そこの窓の落描きは、女と魚のしっぽじゃなくて、一部の消えた人魚の絵なんじゃないの。二人で見てちょうだい」

「そうなの!?」


 ディディエが改めて見直す横に、アルマンも入った。アルマンは頭を掻きながら、ここに拭き跡があるじゃねえか、とおかしそうに笑った。セシルも笑って、それからまた脚を組み替えた。


「さあ、これで彼女に殺意があったことが証明できた。彼女の不注意による事故を装っているだけだから、殺意の有無が肝になるでしょう。マノンを呼んできて」

「……凶器は?」


 あんな細い女に振り回せるような殺傷力のある物なんてそんなにないぞ、とアルマンが言うと、セシルは暖炉を指さした。


「私の勘が正しければ、そこ」


 男たちは火の弱まってきていた暖炉を覗き込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る