エピローグ・ガム談義

「ちょっと真奈香!わたしの抜け殻、ラボのスチール戸棚の中に置いてあったでしょ。お腹の中のリチウムイオン電池の留め金のネジが緩んでグラグラしたので工具探していたら偶然見つけちゃったわよ。今さら埋めろとか燃やして灰にしろなんて言わないから、ゾンビサイボーグみたいなものの研究材料にしたりしてあまつさえ学術論文を書こうなんてことは恥ずかしいからやめてね」

「何のことかな~」

「真ぁ奈ぁ香ぁ~」

「冗談よ、冗談。お姉ちゃん、そんなことはしないから安心して。そもそもゾンビサイボーグなんて作る技術はまだどこにもないもの。それができるんだったらわざわざ手間と金をかけて機械の体作りなんてしませんって」

「でもごくたまにアンドロイド技工士のような造形技術者に送る3Dスキャンデータ収集用の人体模型として使っているでしょ。私的にはそれはいいわ。ある意味有効活用だから」

「それで数え切れないくらいの記憶スキャンや3Dスキャンを繰り返したからこそ再現性九九・九九%の顔や声ができたんだからね。生きている間に確保できたデータではまだまだ不十分だったのでエンバーミングしてもらって計測を続けたんだよね。今だから言うけど、当時は涙を流しながら作業していたよ。棚の中に寝かせていたお姉ちゃんをお姫様抱っこして3Dスキャナが置いてある作業台まで運んだときは特にね。もちろん、棚に戻すときは『お姉ちゃん、おやすみなさい』と言ったよ」

「真奈香、こんなに見事に再現してくれてありがとう。それにわたしを単純に再現してくれるだけでなくてちょっと成長した二十代の見た目にしてくれて。それとラボには組み立て中の別の意味でのわたしの妹たちがいて、さらにときたま修理のために一時的に預かっている子もいるわね」

「エンバーマーで思い出したけど、歯科技工士やフィギュア原型師などとともに中古の頭部パーツを買ってきたときに交換用のフェイスパーツを作るアンドロイド技工士を兼ねていることがありますよね。妹たちねぇ……たしかにそう言えばそうだね。私もね、昔組み立てた子と町中でばったり会ってニコッとした顔で『ママ~』なんて声をかけてくれたときは嬉しかったよ。でもまだ未婚だから第三者に聞かれたらちょっとあれだけどね」


「それで本題だけど、とある大学に呼ばれて講堂でスピーチしてきたら心臓バクバクだったよ。顔は平静を装っていたけど」

「真奈香、余計なことしゃべってないよね?」

お姉ちゃんは私の口の両端に指を入れて左右に思いっきり引っ張って言いました。

「ひょんなことひってまひぇん」

「それならいいわ」

「講演前に聞いておこうと思って忘れてしまったんだけど、お姉ちゃん、『ガム』ってかんだことある?」

「もちろんだわ。電気屋に行くと棚にいっぱいぶら下がっているあれでしょ?至高の品がアメリカ直送スワンソン・エンジニアリングのリブステーキ!だけどあれ一枚五千円はするのよ」

「まるで本物みたいだ……アメリカ直輸入というのも」

「かと言って三百円から五百円クラスは電気信号の作り込みが甘くて味に思いっきりノイズが混ざっててみんな美味しくないわ。渋みやエグみがあったり。逆に薄味で水っぽかったり。人間の食べ物と違って調味料で味を整えることはできないからね。子供のいない親のもとにやってきて人間として生きた経験のないロボ娘ロボ息子たちが少ないお小遣いをかき集めて買ったとかでこんなので満足していたとしたら悲しいぐらいだわ。最低でも二千円は出さないとまともなものには当たらないから。後フリマアプリに『一回噛んでみただけです』とか書いて出ているもの。一個か二個だったら味の好みの個人差かもしれないけど、同じものが多数出品されているような見え見えの地雷は避けるわ。だけど棚ズレでワゴンから発掘した九百八十円だったロスティ。ベーコンのコクがあって美味しかったわ。コスパ最高!」

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