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 さてそんな男、兼留ライが翌朝初めに考えたことは「なんで俺は空を見ているんだろう」であった。

 小さな雲が点々と浮かび、ほんのりと橙色の残る朝の空である。その空を、ライは

 目覚めの景色としては中々良いが、少し思い返してほしい。彼は昨晩屋内で寝たはずなのだ。窓越しではなく、一面に広がる大空を寝たまま眺めているのだ。

 体を少し捻れば、理由が簡単に分かった。

 ライは屋根の上に寝ていた。右半身が若干埋まった状態で。


「――いやなんで俺は屋上で寝てんだよ!」


 グリグリっと上体を起こしてライは叫んだ。その直後にライは、ライ以上にその台詞を叫びたくなるような状態の人物を発見した。りんごちゃんである。彼女は何故か直立状態で下半身が屋根に埋まっていた。否、刺さっていた。


「……」

「……………………おはよう?」

「オハヨウ」


 どうしたらいいかよく分からなくなったので、とりあえず挨拶をした。1日の始まりは挨拶からだ、とライの小学生時代の担任はよく言っていた。だが挨拶で気分が晴れるような状況では到底なかった。


「大丈夫。あんたを責めるのはお門違いだってことくらいは分かってる」


 そう言いつつも、人は朝日の下でこんなにも暗黒面に堕ちた表情をできるのだなというほどのダークネス眼光をライに向けるりんごちゃん。ライはちょっと恐怖した。


「これをあんたに言うのもお門違いだって分かってるけどさぁ……なんであたしは縦なん!? 横なら分かるよ? いや横でもおかしいけどさあ! なんで縦で埋まるのよ! あたしは昨晩立って寝たんか!?」

「いやそんなこと言われても……」


 だよねー、とため息をついて項垂れるりんごちゃん。前屈みになったまま「とりあえず助けて」とライに頼み、りんごちゃん救出作戦開始。

 彼女の両脇に背後から手を通し、うんこらしょ、どっこいしょと悪戦苦闘すること30分、ライはなんとか彼女を自由の身にできた。


「ごめん助かった……。ちょっと遅かった気はするけど」

「うっ、それは言わないで……」


 斜面で踏ん張りづらかったとはいえ非力さを感じたライは、りんごちゃんとのファーストコンタクトを思い出し、この世界で体を鍛えることを密かに決意した。


「……ライさん〜、りんごちゃんさん〜、いずこに〜……ああっ! どうしておふたりとも屋根の上に〜!?」


 音を聞きつけたのか、家の中から現れた女神さんが驚いた様子で2人を見上げる。


「女神さん! 女神さんは無事だったんすか!」

「はい〜。おふたりもですね〜、つい先ほどまでは何もお変わりなく眠られていたのですが〜、突如姿が見えなくなりまして〜……まさか屋根の上に瞬間移動されていたとは〜」


 女神さんが家の周囲をグルリと回り、安全に降りられそうな場所を見つけてくれた。それでもある程度の高さはあったものの、りんごちゃんはいとも簡単に、ライは恐る恐るで無事に大地へ降り立つことができた。


「まぁ助かったところで気を取り直して、朝ごはんだな」

「ほんとにあんたは気楽だね。朝からいきなりこんなメチャクチャが起こってあたしはしんどいよ」


 そう言ってフェン宅の裏口を開けたりんごちゃんは、次の瞬間絶句した。


「あらおはよう繧�繝エ�。ちゃん」


 そこにいたのはユーノである。動作だけ見れば、ユーノは椅子に座って飲み物を飲んでいる。

 動作だけ、見れば。


「あらおはよう繧�繝エ�。ちゃん。繧�繝エ�。ちゃん。あらおはよう繧�繝エ�。ちゃんあらおはよう繧�繝エ�。ちゃん繧�繝エ�。繧�繝エ�。繧�繝エ�。」


 その手は虚空を掴み、手元にあるべきはずのコップは手から30センチは離れたところで宙に浮いている。その状態で手を傾ける度にコップがユーノの頭上まで動き、中の液体をドバドバと彼女に垂れ流していく。おまけに何度コップが傾けられようがこぼれ出る液体の量が全く変わらないせいで、彼女の足元が池になっていた。


「え……? 何してるのユーノさん……?」

「あわわわわ……ユーノさん、一体どうなされたのですか~!?」


 そこへ「おやあ、朝から元気いっぱいだねえみんな」と言って現れたフェンもどこか様子がおかしい。正確に言えば、フェンがカゴに入れて持って来たパンがおかしい。ギチギチに詰めたゴムボールの如く小刻みに震えているのだ。パンが。

 ブルブル震えるパンたちはフェンがテーブルにカゴを置いた衝撃でついに弾け、カゴを貫通して女神さんの額へと真っ直ぐすっ飛んでいく――!


「め、女神さん危ない!」

「あわわわわ」

「あらおはよう繧�繝エ�。ちゃん」

「おやあ、おはようだねえ」

「フェンさん! ユーノさん! しっかりして! ユーノさぁぁぁぁぁん!!」


 女神さんの額にパンが触れた、刹那――ライ・女神さん・りんごちゃんは屋根の上にいた。りんごちゃんは今朝と全く同じ場所で全く同じように下半身が埋まった。

 全員、一瞬硬直した。


「あわわわわわ……次は何が起こってしまったのでしょうか~……」

「また屋根の上……」

「なんであたしだけまた埋まってんの?」


 だがこれで異常は終わらなかった。ライが2度目のりんごちゃん救出作戦を行っていた時、路地からドンガラガラドド!! と大きな衝撃音がしたのだ。

 そこにいたのは馬だった。馬に馬乗りになった馬が馬に引かれていた。何を言っているのか分からないと思うが、書いた通りの光景があった。ブレーメンの音楽隊もびっくりである。そのすぐ隣を馬車が馬無しで自立稼働して通り過ぎる。


「なんだこれ。マジでなんだこれ」

「あたしさ、ディーン村が吹っ飛ぶところからずーっと悪夢の中にいるんじゃないかって思うんだけど」


 今やこの村は、ディーン村とは別の意味で崩壊してしまっていた。呆然とするしかないライとりんごちゃんに向かい、2人の背後から女神さんが口を開いた。どこか申し訳なさそうな顔をして。


「――これは、おそらく全て、わたくしが原因なのでしょう」

「女神さんが?」

「はい。今ここで起きている事件は、昨日の森で起こった1件の余波だと思われます」

「昨日の、って……いやいや余波長すぎじゃない!?」

「ライさん、あなたはわたくしのことを『神』と呼んでくださりました――ライさんにとって神とは、いかような存在でありましょうか?」

「えっ? 神様って……なんか世界を何でも思い通りにできるような、そういうなんかスゴいの、っすかね……? 急にどうしたんすか」

「世界の在り方を変えられるもの――世界の理に近きもの。そのような存在が理の異なる異世界に在ってしまうことは、違う世界の理がねじ込まれることと同じこと」


 例えるならそれは、将棋をしているところに突如として『オセロのルール』が持ち込まれてしまったようなもの。そこに存在するだけで、もはや普通の将棋からは逸脱してしまう。


「今まではこの世界の情報を集めるため、ライさんとりんごちゃんさんのため、最小限ながら己が有り様を開いておりました。ですが、もはやそれも許されぬとあらば、わたくしは自らを封じねばなりません」

「ちょっと待ってください、封じるってどういうことっすか?」

「ご安心を、ライさん。消えるわけではございませんよ。ただ、身体も能力も人と変わらぬ程度になってしまいます」

「でもそれで、この悪夢は本当に治まるの?」

「完全にゼロとなるかは分かりませんが、できるだけこの世界への悪影響がもたらされぬよう努めます」

「そう……なら、悪いけど私はそうして欲しいって思う」


 りんごちゃんはそう思っても当然だ。村を消し飛ばされ、<ステータス>が文字化けし、屋根に埋まって……この異常の被害を最も受けているのは彼女である。


「ごもっともでございます。ですが……制限の課されたわたくしでは、お2方への責務を果たすことが困難になってしまいます」

「責務?」

「ライさんを元の世界へお戻しすること。りんごちゃんさんのディーン村を復元すること。お2方におかけしたご迷惑の責任を、わたくしは取らなくてはなりません」

「……!」


 悲しげに眉を下げる女神さんを、りんごちゃんは複雑な表情で見つめた。女神さんだって苦渋の決断だと分かっている。この余波を引き起こした森の1件だって、いたずらに力を披露したわけではない。


「……まったく、最初からあんたらが『世界を侵略しにきた悪い奴ら』だったら、素直に恨むだけで済んだのに」


 空を見上げ、彼女は呟いた。


「要するにさ、異世界の神様の力を使っちゃうのがマズいんでしょ? ディーン村を戻すのは、色んな人の力を借りれば人間だけでもきっとなんとかなる。ライと女神さんを元の世界に戻すのは……正直分からないけど、『この世界のルール』に沿ったやり方を見つければいい」

「りんごちゃんさん……」

「昨日ディーン村を出る時、言ったでしょ? 『必要なことがあったら、あたしも手伝う』ってさ」

「……申し訳ありません、りんごちゃんさん――」

「謝らなくていい! そこは感謝!」

「――ありがとうございます、りんごちゃんさん」


 そう言って明るく答えるりんごちゃんに、女神さんの糸目が、少し震えた。

 そして女神さんはライに向き直り、改めて姿勢を整えて告げる。


「ライさん。それではこれから、わたくしは自らを制限いたします。ここからはライさんご自身にも、この世界で生き延びるため行動を起こしていただかなければならない事が幾度も起こり得るでしょう」

「う、うっす! 任せてください!」

「ふふふ、よろしくお願いいたします。――では、始めます」


 ふっ、と息を吐き背筋を伸ばすと、女神さんの全身から光が放たれ空へ消えていく。衣服は質素になり、大理石のような艶のある肌は人並みに劣化して、髪色も褪せていく。糸目は相変わらずだが、まつ毛も萎びて短くなってしまった。

 それと共に、世界は波が引いていくかのように平穏を取り直していく。女神さんの言った通り完全にゼロにはならず、ブレーメン超えの馬軍団はそのままだったが、それ以外はほとんど元通りになっていった。


「――これで今のわたくしは~、見ての通り人と同じ肉体、同じ能力しか持てぬようになりました~」


 光の消えたその姿に、もはやかつてのような威光は感じられない。まさしくしまった彼女を見て、ライは言った。


「……うーん、これはこれで女神様っぽい気がする」

「えええっ」

「確かに。なんていうか、オーラが隠せてないね」

「そ、そんな~……りんごちゃんさんまで~……」


 確かに神とは言えなくなった。だがそれでも彼女は、『神コスプレイヤー』レベルには綺麗だった。

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女神さまと行く!バグだらけ異世界転生譚 海鳥 島猫 @UmidoriShimaneko

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