12.最強のVtuber

「先と違って静かな立ち上がり……二人、共に歩いて間合いを詰めます。最初の構えを取る羽鳥さんがすり足で詰めるのと対象的に、ライカ先輩は普通に歩いていくぅ!」

「いやいやいや、あの歩き方、普通じゃないッスから。抜き足差し足忍び足、って感じで忍者みたいに歩いてるのは普通じゃないッス」


 お互いの手が届く一歩手前で、立ち止まる。

 ゆるさを残していた空気が、きっかけを待つ緊迫感で煮詰まっていく。


「……体格的にツバさんの有利があるんスが、ライカさんは待ちの姿勢を崩さないッスね」


 緊張に耐えかねたのか、おもむろにキズナが感想を述べた。


「身長、体重とも二〇近い数値の差がありますね。打撃の威力差がつくのは分かりますが、小さくて軽いライカ先輩に小回りや速さの有利があるとも言えます。仰るほど差は無いのでは?」

「本来なら打撃力の差が一番デカいんスけど、ライカさんには関係なさそうッスからね……。オレが思うのは、リーチの差です」

「足の長さは同じくらいのようですが……」

「それはライカさんのスタイルが良すぎるだけッス。足はともかく、腕はさすがに一〇センチくらいの差があると思うんスよね、身長的に。ツバさんのハンドスピードだって別に遅いワケじゃないのはさっき見た通りで……」

「下手なボクシングのストレートより早くて強そうでしたねぇ。軽い階級でも中々見ませんよ」

「理解した上で、ツバさんが撃つのを待っている……ように思えます。自分の技術によほど自信がないと、あれを待つなんて出来ないッス」


 ――その時、


<へくちんっ!>


 沸騰しかけた緊張の鍋に、誰かのくしゃみが飛び込んだ。


 先手はツバサ。一足飛びに間合いに踏み込み、前に出した左手をそのままライカの胸元に伸ばす。

 ライカが下から飛ばした拳で弾く。体軸を歪ませた隙に先程と同じく懐に潜り込む仕草。


<オオッ、シャアッ!>


 弾かれた方向に反動を得て、ツバサの足が回る。ミドルキックが腰の高さで放たれた。

 姿勢を落とし避けようとするライカを見て正確に高さを調整。パワフルながらも精緻だ。

 ライカは受けるのではなく、ここに至っても回避を選択。瞬時に姿勢を高くし、両足を胸に引きつける。素早いジャンプでローに変化したキックを空振りさせた。


<そいつぁ、悪手やろ! ハッ、覇ァ!>

<っ!>


 振り抜いた足をそのまま接地させるとそこを軸に回転、ツバサは再び畳を浮かせる踏み込みを見せると同時に硬めた背中をライカに衝突させた。空中で回避行動を取れないライカは直撃を喰らい、床と水平に吹き飛び壁に叩きつけられる。


「あ、アニメかなぁ……?」


『アニメかも……』

『夢でもおかしくない』


「実況さん、現実に帰ってきてもらっていいスか」

「ラビ、こんなの実況出来ないよぉ!」


『草』

『新鮮な悲鳴たすかる』


 ツバサは後を追わず、姿勢をフラットに戻している。

 追撃が必要ないと判断したのか、それとも……。


 ライカは、常人ならば痙攣して立てないであろう衝撃をまともに受けた。だが、ずるりと地面に落ちた後、間を置かずゆっくりと立ち上がる。


 それを見て苦い顔でツバサがぼやく。


<立ち……上がるよなぁ、そりゃあ。マジか……>

<苦肉の策。痛い>

<痛くなかったら困るやろ。ウチは感想がそれだけってコトに困っとるけども>


「何だか二人は分かり合ってますが……一体何を……」

「中国武術の技に背中をぶつけるヤツがあるんスけど、それって大体の創作では必殺技の扱いなんスよ。それをブチ当てて、オレは決まったかと思ったんスけど……。ライカさんはきっちり反撃してたみたいで。ツバさんの背中……たぶん肩甲骨を破壊されてます」

「エッ!? あの一瞬でぇ!?」

「インパクト、衝突の瞬間に脱力させていた身体を固めることで破壊力を高める、っつーのが原理だと思うんスけど、逆に言うと攻撃が当たる瞬間までは力が入ってないから肉が柔いのかと。そこを突いて、肩甲骨と肉の間に手刀を潜り込ませた、んだと。いや、どうなんだろ、スーパースロー再生とか出来ないんスか、これ」


 どうやら解説の話は正しく、ツバサは前に構えていた左手を降ろしたままにしている。左の肩をかばう素振りが見えた。


 しかし、ライカもさすがにノーダメージというわけにはいかなかったらしい。

 アイドルらしからぬ動作でペッと唾を吐き捨てる。それは赤色をしていた。


「マジの発剄なんスかね……。ツバさんがガチで発剄を使ってるなら、案外互角かもしれないッス」

「名前だけは知ってますぅ。中国武術の奥義的な、謎の技術ですよね、発剄」

「諸説あるッス。ただ、共通している効果として、物体の奥の奥まで威力が浸透するっつーモンがあります。ライカさんが血を吐くほどのダメージを体内に受けたってコトを考えても可能性は高いのではないかと」

「壁までぶっ飛ぶ威力の攻撃を受けて肉体にダメージ無い方が怖いですけどねぇ」

「それは……そうなんスけど」


『元も子もないwww』


 身も蓋もない、の間違いにツッコんでいる隙に、今度はライカが打って出る。


 状況は一変し、攻め一辺倒だった羽鳥ツバサが受け身を取り、後の先で一撃必倒の技を放っていた遠久野ライカが手数で圧倒する。


 ジャブのように軽くて速い手を雨あられと降らせるライカ。

 ボクシングでは、牽制や距離・タイミングの計測、コンビネーションの始点にと使い勝手の良いパンチがジャブだ。反面、ほとんどの場合、相手をノックアウトするには威力が物足りない。

 しかし、使う者が使えば、必殺の技足りえることをライカが証明していた。


<ぐっ……! エラいエグいジャブやんけぇ……!>

<ジャブではないから。ちゃんと痛いように打っているし>


 ツバサはまだ動かせる右腕で、柔らかい肘と手首をぐるんぐるんと回転させてライカの攻撃をいなしている。

 そして、その度にライカの指先に触れたところから、血の糸が舞う。ドリルのような指先が、触れた肉を少しずつ削っているのだ。


 左腕を使えなくした後に右腕の消耗を狙うのは、いたって順当な手段であろう。かと言って防御をせずに素通しすれば、致命になりかねない圧力があった。


<んぎっ、離れろやっ!>


 小刻みな攻撃を嫌って、痛みに顔を歪ませながらも、ツバサが豪快なミドルキックを再び放った。

 今度は至近距離での回避をせず、素直にバックステップを踏むライカ。


<っはー、ッぱ、片手じゃあ無理やね。ちょい待ちや>

<待っても変わらないと思うけど……どうぞ>


 ライカの了解を取ると、ツバサは左手を地面に当て、右手を腕に添えた。


<よい、しょ……ッ! ……っと。ふうぅーッ>


 ツバサは掛け声と共に、左腕に体重をかけた。ガチィン、と超合金のハマるような音が響くようだ。

 それから確かめるように、息を大きく吐きながら肩を回す。


<外すだけにしといてくれて助かるわ。ハメるんならウチでも出来っからなあ>

<あら……余計な配慮だったみたいね>

<ありがたすぎて涙が出るわ、ナメくさりおって>

<勘違いしないで。審判があまりにも必死だから配慮しただけ。あまり大怪我させると可哀想だから>


 その台詞に、ツバサが血管をピキらせた。青筋が額に浮かび上がる。


<そりゃあ……ウチのこたぁ眼中にないっちゅーことか!?>

<そうね。だって、羽鳥さん――>


 遠久野ライカがその場から消えるのと、羽鳥ツバサと背中合わせに現れるのは、ほとんど同時だった。


<――私のこと、捉えていないでしょう?>

<っ、っらぁ!>


 ツバサは即座に半回転、ラリアットのようなフックを繰り出す。

 それにライカは掌を添えて、スッと逸らす。ツバサの体軸が歪む。


<私を見失った人の行動はおおよそ決まっていて。点がダメなら線で、線で捕らえられないのなら面で。判を捺したように同じことをする>

<だから、どうしたァ!>


 常人の目には留まりもしない連撃。例えば、上段からの手刀。例えば、中段・鳩尾を襲う正拳。例えば、下段のふくらはぎを狙うローキック。一発でもまともに喰らえば、面白くないことになる攻撃力を孕んでいる。


 ライカは一つ一つ丁寧に処理をした。


 掌を、足の裏をツバサの鍛え抜かれた身体に添えて、その力の向きをそっと変えてやる。

 わずかな歪みが徐々に大きくなっていき、呼吸に乱れが混じる。そして、ライカは連撃の中にあった、特に雑となったパンチを一つ選んだ。


<つまり……新鮮な鶏の活き締めはよく知っている、ということよ>


 伸びきった腕に両手を添えて、捻じり、背負う。

 耐えるならそのまま折れるが、ツバサはとっさに跳んだ。その名に恥じない軽やかさ。

 一本背負いで叩きつけられるところ、身体を捻り足から着地しようとまでする敏捷性。


 しかしながら――それをも、ライカは織り込み済みであった。


 着地寸前で両足を払い、いとも簡単にツバサを床に転がす。


 最後の悪あがき。

 ツバサは即座に手を打って起き上がろうとしたが、それよりも早く、ライカのつま先がツバサの喉元を押さえた。


 これ以上の抵抗を許さない。

 明確なるチェックメイト。


<まだ打つ手はあるかしら、羽鳥さん>

<……ッ、あるわけないやろ! ウチの負けや!>


 大の字に伸びて疲れ切った羽鳥ツバサが敗北を受け入れる。

 息を吹き返した実況と解説の声が聞こえだす。何ならずっと固まっていたボディも動き出した。


「決着! Vtuber最強は遠久野ライカだッ! なんとかお互い五体満足なままで終わってホッとしていますぅぅぅ!!」

「途中からハラハラしすぎて言葉出なかったッスもんね。解説の仕事を全う出来なくて申し訳ありません。そしてライカさんはおめでとうございます」


『素人が実況解説する内容じゃなかったし、しゃーないわw』

『ヤベーもん見れたな』

『第二回が永遠に開かれなさそう』

『防音室に住む人間たちの動きじゃねーもんwww』


 多少の怪我はあったものの、結果的には大怪我もなく終わったということもあり、コメントは一気に緩い空気へと傾いていく。


『どうしてツバさんが負けちゃったのか分かんないよぉ……』

『ツバサは初心者受けする戦い方だったけど、ライカは玄人に受ける強さだったよな、知らんけど』


<おい……遠久野ライカ>


 負けを認めたはずの羽鳥ツバサが相変わらずの猛禽フェイスを浮かべていた。全然納得していない。

 口から飛び出るのは泣き言か、恨み言か。それとも言い訳か。


 呼び掛けに耳を傾けるだけの遠久野ライカ。


<またやるで。首洗って待っとけや>


 その台詞にライカは少し間を置いて、答えた。


<生きている内にあなたが望むなら>

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