第3話 ペット飼い始めたんだけど、俺ん家なんかおかしくね?

「見よ! ここが俺んだ!」


「こーん!」


 非常食は目をまん丸にした。


 ははは、驚いてる驚いてる。

 そりゃそうか、現代技術の一軒家なんて見たことないだろうしな。


「中はもっとすごいぜ! ほれ!」


「きゅー……!」


 目を輝かせながら部屋の中を見回した非常食は、興奮した様子で駆けまわる。

 部屋の中を行ったり来たり、高いところに登ったり、観葉植物の匂いを嗅いだり、ふかふかのソファーでぴょんぴょん跳ねたり。

 最後は俺の元に戻ってきて、頭をすりすりしてきた。


 なんだこいつ可愛いな。

 キツネは人になつきにくく基本的に一匹狼を好むはずなんだが、非常食はワンコみが強い性格なのだろうか。


「非常食、喉乾いてるか?」


「こん!」


「そうかそうか。すぐ用意するから待ってろ」


 俺はスープ皿に水を入れて非常食まで持っていく。

 ん……? なんかインテリアの位置変わってね?

 虫取り行く前はもうちょい右のほうに置いてあったはずなんだが。


「非常食お前なんかやった?」


「きゅう?」


「違うんか。えー……じゃあ俺が移動させたんかな?」


 記憶ないけど俺って落ち着きねぇからなぁ。

 知らんうちに動かしててもおかしくない。


「とりあえず水飲んどけ非常食」


「きゅ!」


 ぺろぺろごくごく。

 非常食は飲み終わると満足そうに鳴いた。


「非常食、お前水に入るの苦手だったりする?」


「きゅうん」


 非常食は首を横にふるふるした。


「んじゃ、風呂にしようぜ! せっかくきれいな毛してんだ非常食、汚れたままでいるわけにはいかねぇだろ?」


「こん!」


 というわけで俺たちは風呂へ。

 虫取りしている間に魔力が少し回復していたので、犬用シャンプーなどを【創造】した。

 非常食はキツネだが、イヌ科だからいけんだろ。


「洗ってくからな~。しっかり目を閉じとけよ」


「きゅ~」


 わしゃわしゃごしごし。

 泡で包まれた非常食は気持ちよさそうに声を漏らした。


 絡まったりほつれた毛をコームできれいに梳かしてからシャンプーを流す。

 続けてコンディショナー・トリートメントをした結果、非常食の可愛さが爆発した。


「つやつやの美しい毛並み……! サラサラの指通り……! お前可愛いな~オイ!」


「きゅ~」


 非常食は「でしょ~」と胸を張る。


「俺もうお前のこと食べれねぇよ非常食……! お前がいっちゃん可愛いよ非常食……!」


「きゅうう」


 非常食がジト目で俺のことを睨んでくる。


「名前をつけてほしいって? えぇ~? 非常食って名前気にいらなかったの……?」


「きゅう!」


「いい名前だと思うんだけどなぁ……」


 俺はささっと自分を洗うと、非常食を連れて露天風呂に入る。


「あ゛あ゛~~~。いい湯じゃぁ~」


「きゅぅ~」


 星空を眺めながら熱い湯に浸かるのって最高だな~。

 疲れが吹き飛んでいくわ~。

 疲れてねぇけど。


 さてさて、それじゃあ非常食の名前を考えるか。

 リラックスできてる今ならいい名前の一つくらい思いつくだろ!


「非常食って雄? 雌?」


「きゅう」


「二歳児の女の子か」


 キツネ……女の子……名前…………。


 ……ハッ!?


「ピコーン! 玉藻たまもの前女王はどうだ?」


「きゅー……」


 非常食は悲しそうに俯いた。


 だ、ダメか……。

 玉藻の前と言えば有名なキツネの化け物。女王と言えばすごい女性。

 玉藻の前女王ならすごくて強い女の子みたいなイメージでいいと思ったんだけどなぁ……。


「じゃあ、これはどうだ? 大妖狐御前だいようこごぜん


「きゅっ!」


 仰々ぎょうぎょうしすぎてヤダ! って言われた。

 えぇ~?


「きゅう!」


「可愛い系の名前がいいのか」


 可愛い系……可愛い系……。

 可愛らしさとは無縁で二十五年生きてきた俺には難しいな……。

 柔らかい響きにすればええんか?


「キツネ、キツネといえば鳴き声はコーンのイメージ…………コンちゃんとかどうだ?」


「コン……きゅん!」


「気に入ったか! あ~、よかった~」


 俺が安堵していると、浴室のほうからシャワーが流れる音が聞こえた気がした。

 俺はコンちゃんと目を合わせる。


「聞こえた?」


「こん」


「……行ってみるか」


 俺たちは恐る恐る浴室に戻る。

 誰もおらずシャワーは流れていなかったが、床には真新しい水たまりができていた。


「さっきのシャワーが流れる音は幻聴じゃなかったってわけか……!」


「きゅー……!」


 俺ん家もしかして欠陥住宅!?

 【創造】の時に魔力が足りなくて欠陥構造に……とか全然ありそう!

 せっかくの初マイホームが欠陥住宅とか嫌だぞ!


「こん」


 コンちゃんが前足で床を指さす。

 目を凝らすと、真っ白い髪の毛が落ちていた。


「嘘!? 白髪!?」


 俺ももうそんな年になっちまったのか!?

 コンちゃん、他にも白髪がないか俺の頭を見てくれ!


「きゅうん」


「……そうか。なかったか」


 俺は安堵の息をついた。

 一本だけならセーフセーフ!


 ドライヤーを済ませた俺たちは、ふかふかのベッドで眠りにつく。

 八時間ほど熟睡したところで目が覚めた。


 のだが……。



「……なぁ、コンちゃん。明らかにインテリアの配置変わってるよな?」


「こんこん!」


「そこのタンスも昨夜はもうちょいベッド側にあったはず……」



 ……俺ん家なんかおかしくね?

 コンちゃんと一緒に首をひねる。


 この時の俺たちは気づいていなかった。

 俺たちを見つめる不気味な視線に。


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