第2話 クワガタ探してたら幻獣見つけた

 牡丹鍋を食べ終わった俺は、風呂に入ることなく再び森を歩いていた。


 突然だが、夏と言えばみんなは何を思い浮かべる?


 七夕?

 夏祭り?

 海水浴?

 キャンプにBBQ?


「答えは一つ。いつだって真実は一つ。そう、虫取りだ!」


 夏はカブトムシとクワガタだろ!


 黒光りする硬いボディ。

 蠱惑的でカッコいいフォルム。

 小さな体に秘めた圧倒的なパワー。


 あのロマンに勝てるわけがない……!

 捕まえて戦わせたりしてぇ。


「……にしても見つからんなぁ」


 実はさっきイノシシを持ち帰ってる時に一匹いたんだよな、カブトムシ。

 食欲がピンチだったからあの時は捕まえなかったが、存在は確認してんだ。

 次は逃がさねぇぜぇ!


 それから探すこと一時間。

 カブトムシもクワガタも一匹も見つからなかった。

 これが物欲センサーってやつかよ、チクショウ……!


「なんの成果も!! 得られませんでした!!!」


 俺は悔しさに打ちのめされながら踵を返す。

 今日はもう帰って寝よう……そう思った時だった。


「あ、あれは……っ!」


 いた、クワガタが。

 たぶんコクワガタの雌だ。


「つ、ついに……! やったぞ! 俺は物欲センサーに勝ったんだ……ッ!」


 俺は猛ダッシュで接近し、逃げられる前に素早く捕獲した。


「獲ったどぉーーー!!! ……って、これコクワの雌じゃなくてゴキブリじゃねぇか! 見た目紛らわしすぎるんだよボケー!」


 うわぁ、ばっちいばっちい!

 俺は近くにあった川で手をごしごし洗う。

 ……【アイテムボックス】に石鹸入れて持ってきててよかったー。


 俺は安堵の息を吐く。

 その時、背後から物音がした。

 振り向くと、全長十メートル超えの大蛇が俺を見ていた。


 いくらなんでもデカすぎんだろ!

 胴体が丸太より太いマ!?


「……そーいえばここ魔境だったな」


「シャー」



────────



種族:マキョウオオマムシ

ランク:S

称号:死神蛇



────────



 マムシの化け物がしっぽを持ち上げる。


「待て待て待て! ステーイ!」


 俺の制止を無視してしっぽを叩きつけてきた。


 横に跳んで躱す。

 しっぽ攻撃に巻き込まれた森の木々がいとも容易く倒壊した。


「シャー!」


「ぎゃーーーーーー!?」


 俺は必死に逃げる。

 後ろからマムシの化け物が追いかけてくる。


「……うおおおおお! どうにかしねぇと……!」


 俺は考える。


 相手はマムシだ。

 そこに何かピンチ脱出のヒントがあるんじゃないか?


 マムシは。


 マムシは……。


 マムシの特徴は……!




「食うとうまい」




 ふと、俺は冷静になる。


 目の前にBMI50のオオアナコンダみてぇな化け物が出てきたから反射で逃げてるわけだが、よくよく考えたら逃げる必要ないんだよな。

 地球基準じゃ化け物のコイツでも、今の俺にはただの食材でしかない。


「正面から相手してやるぜ、マムシ野郎!」


「シャッ!?」


 急に強気になった俺に一瞬面食らったマムシだったが、丸呑みにしてやるという強い殺気を放ちながら噛みついてきた。

 俺はしゃがんで回避すると、マムシの首を両腕でがっしり掴む。


「クサリヘビ科はなぁ! スープにするといい出汁が出るんじゃーい!!!」


 俺は背負い投げの要領でマムシを地面に叩きつけた。


「蛇ガラ一番出汁スラッシュ!」


 手刀で素早くマムシの首を斬り落とす。

 ふぅ~、明日は蛇ガララーメンだな!


 マムシの死体は【アイテムボックス】に仕舞っておく。


「…………きゅー……」


 どこからか、か細い声が聞こえてきた。

 一瞬聞き間違いかと思ったが、再び同じ声が聞こえた。


「どちら様で?」


 草をかき分けると、そこには黄色い毛並みの小さなキツネがいた。

 糸のようなもので体を拘束されている。


 近くには、胴体が潰れて死んでいる巨大芋虫の姿があった。

 さっきのマムシ背負い投げに巻き込まれて死んだっぽいな。


「きゅー……」


 キツネがつぶらな瞳で俺を見てくる。



────────


種族:カーバンクル

ランク:B

称号:幻獣


────────



「明日の夜はキツネ鍋にすっか!」


「きゅう!? こぉーん……こぉーん……」


 カーバンクルが瞳をうるうるさせながら俺を見てきた。


 くっ……! そんな目で俺を見ないでくれ!

 食べづらいじゃねぇか……!


「こーん」


「……なんだ、お前。もしかして助けてほしいのか?」


「こん!」


 カーバンクルは嬉しそうに頷く。

 そんな期待した目で見られたら断りづらいんだが。


「……仕方ねぇな」


 俺はカーバンクルに巻きついている糸を引きちぎると、肩に乗せた。


「ほら、行くぞ。非常食」


「きゅ!?」


 こうして俺は幻獣を仲間にした。

 非常食要員として。






◇◇◇◇(Side:カーバンクル)



 その幻獣は、自身が魔境の中でも最下層に位置するほど弱いことを理解していた。

 どこへ行っても自分より強い天敵しかいない生活は幻獣の神経をすり減らし、二年ほど生きた今日ついに捕まってしまった。


「シュゥゥ」


 芋虫がじわじわと迫ってくる。

 死を覚悟したその時、轟音が響いた。


 幻獣が恐る恐る目を開けると、目の前には芋虫と大蛇の死体があった。

 芋虫はおろか、大蛇に至っては幻獣がどれだけ成長しても勝てっこない相手だった。


 拘束されて逃げることすらできない幻獣は、前から考えていた作戦をイチかバチかで決行する。

 強者の庇護下に入り安全を享受するという作戦を。


 人間の存在を知っていた幻獣は、人間がもふもふの小動物を好む傾向にあることも理解していた。

 幸いにも大蛇を倒したのは人間のようだ。

 なら、そこらの魔物より勝算はある!


「きゅー」


 幻獣は精いっぱい可愛らしい声で鳴く。


 唯一誤算だったのは、現れた人間がただの食欲モンスターだったことだ。

 どれだけ愛くるしさで訴えかけても、頑なに食べるという選択肢を捨てようとしない。


「ほら、行くぞ。非常食」


「きゅ!?」



 幻獣は、なんとしてでも愛され枠に入ると決意したのだった。


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