第12話 全然マシ

 天国と地獄を一度に味わった俺は、馬車の中でぐったりと項垂れた。ソフィアの実験を一時的に停止することは出来たものの、恒久的な対策は取れていないのが現状だ。


 領主代理に就任して僅か四日でこんなハズレくじを引くことになるなんて。


「はぁぁぁ……」

「そんなに何度も溜息をつかないでください。雰囲気悪くなるじゃないですか」


 馬車の外に漏れ出るかと思うくらい盛大に吐いた溜息を聞いたルナが、呆れたように俺を罵ってきた。長年の関係性があるからこその発言だろうが、流石の俺も今の発言は許せない。


「たまには良いだろ、これくらい!ただでさえ禁制の精力剤の件で精神的にきてたのに、今度は人体実験だぞ!?もう本当に勘弁してくれよ……」

「そうですね。ただ彼女も暫くは実験も控えてくれるようですし、何とかなるんじゃないですか?」


 焦燥しきった様子の俺が隣で嘆いているというのに、ルナは何とかなると思っているようだ。彼女の平然とした態度と無表情が、より一層腹立たしさを増幅させる。


「お前は気楽で良いなぁ。次の領主に引き継ぐ時に、ソフィアの実験がバレたら終わりなんだぞ?俺が領主代理を務めている間に、何が何でも実験を止めさせないと、確実に俺の首がとぶんだ!」

「そうなったら仕方がありません。その時は一緒に国外逃亡してあげますから、そうならないように頑張って何とかしてください」


 ケロッとした態度で、とんでもない言葉を口走るルナ。漢らしい彼女の言葉に、思わず胸がキュンと締め付けられる。ここで壁ドンでもされていたなら、ルナに恋をしていた事だろう。


 しかし幾ら甘い言葉を囁かれても、その相手が無表情のルナであれば心になど響きはしない。しいて言うなら、少し気持ちが楽になった程度だ。まぁ、今の俺にはそれでも有難い事なんだがな。


「分かってるよぉ。一応、俺とルナが死なずに済む方法は考えてるさ。出来ればその方法は取りたくないんだけどな」

「そうだったのですか。でしたらそこまで本腰入れて頑張らなくても大丈夫そうですね。安心しました」


 深刻そうに告げたはずなのに、これまたあっけらかんとした態度で返事をするルナ。どうやら彼女は俺の言葉を理解していないらしい。


「え、お前俺の話聞いてた?出来れば取りたくない手段だって言ったよね?」

「聞いてましたよ。でも私もアルス様も死なないんですよね?それなら良いじゃないですか」


 彼女がそう口にした時、丁度目的地に到着したのか馬車が停止した。外から扉が開けられ、ルナが先に降りていく。俺は彼女の背中を見つめ、呆れたように溜息を吐いた。


 馬車から降りると、店の前に小太りの男が立っていた。見た瞬間にコイツが奴隷商だと断言できる程、憎たらしい顔を浮かべている。


「これはこれは、アルス殿下!ようこそお越しくださいました!お初にお目にかかります!私、レイゲル・ヴォノーと申します!」

「そうか、レイゲル。ここは人目が多いからな。直ぐに案内してくれ」

「これは失礼いたしました!さぁどうぞお入りくださいませ!」」


 手揉みをしながら歩み寄ってきたレイゲルを軽くあしらい、俺達は奴隷商の中へと入っていく。案内された個室に入ると、俺は直ぐに椅子に腰かけ話し始めた。


「悪いが俺は今かなり疲れていてな、早速だが話を始めさせて貰おうか」

「はぁ、そうですか。視察の件でしたら、こちらが『修繕費』の内訳でございます。どうぞご覧になってください」


 レイゲルがそう言って手渡してきた資料を、俺は開くこともせずそのままテーブルの上へと投げ捨てる。それを見て眉間にシワを寄せながらも、笑みを浮かべるレイゲル。王子である俺の機嫌を損ねぬよう、感情を押し殺しているのが伝わってきた。


 本来であれば視察を行い、レイゲル達の粗を探して、その後に確たる証拠を突き付けてやる。その方が、奴の信用も得られるのだが、ソフィアの件があって今の俺にはそんな余裕が無かった。



「こんな資料必要ない。ゾルマが横領した多額の金を、お前の店に費やしていたことはもう分っている。洗いざらい全部吐け」

「……はははは!何を仰っているのか、私にはわかりかねますなぁ!殿下は何か誤解をなさっているご様子!お前達!殿下を癒してあげなさい!」


 脂汗びっしりのレイゲルが慌てて両手を叩くと、部屋の中に居た奴隷の少女たちが、揃って俺の隣へ腰かけて来た。薄手の衣装の彼女達が俺の身体をまさぐり始める。それを見たルナが不機嫌そうに舌打ちをするも、彼女達の手は止まる様子が無い。


 名残惜しかったものの、俺はその手を優しく払いのけ、レイゲルの胸倉を掴んだ。


「聞こえなかったのか?俺は今、もの凄く機嫌が悪いんだ!吐く気が無いなら……面倒だ。お前の首を落として、全部無かったことにしてやろうか!」

「お、お待ちくださいませ!話します!全部お話いたしますからそれだけは!」


 俺の脅しに屈したのか、レイゲルはペラペラと喋り始めた。


「わ、私がゾルマ様から受けていた依頼は、奴の好みの奴隷を優先的に仕入れろというものでした!他国から仕入れるためにも、膨大な金が必要だったのです!」

「なるほどな。他には?まさかそれだけであの金額を使い切ったとか言うんじゃねぇだろうなぁ!?」

「ひっぃいい!と、時には盗賊共を使って、無理矢理奴隷に落とさせることもしました!最近では、移住してきた魔族を犯罪奴隷に落とさせ、安値で取引していました!!」


 喋り終えたレイゲルは、身体を震わせながら恐怖のあまり失禁していた。俺の隣に座っていた奴隷たちも、いつの間にか部屋の隅に逃げて固まっている。


「……他には何をしてたんだ?健康な奴隷を集めて、臓器でも売りさばいてたのか?」

「な、なにを仰るのですか!いくら領主様の指示と言えど、そこまでの罪は犯せませんよ!本当にこれ以上は何もしていません!し、信じてください、殿下ぁ!!」


 涙を流しながら必死に首を振るレイゲル。この状況で、嘘をつく度胸があるようには見えない。ということは、レイゲルはこれ以上の罪は犯していない可能性が高い。


 それが分かっただけで、地獄のような不安は解消された。今までは憎たらしい豚のように見えていたレイゲルが、愛らしい子犬に見えてきてしまう。


 それほどに俺の心は幸福に満たされていた。


「そうかそうか!いやぁーお前に少しでも良心が残ってくれてて良かった!」


 俺はレイゲルの胸から手を離すと、満面の笑みで奴の両手を握りしめた。突然態度が豹変した俺を見て、状況が理解できていないのかレイゲル達はポカンと口を開いたまま固まっている。


 その間にテーブルの上に投げ捨てた資料を拾い上げ、レイゲルの手の中へ返却した。


「でももう違法行為はするなよ?今までの件は俺が全部不問にしてやるから、合法な奴隷商人としてやり直せ!分かったな?」

「は、はい!ありがとうございます、殿下!」


 俺の言葉にようやく正気をも取り戻したのか、レイゲルはその場で立ち上がると机に頭をぶつける勢いで深々と頭を下げた。


「それと、今後は俺も定期的に奴隷を買うことにするからな。なるべく買い手がつかなそうな奴隷を仕入れてくれ!怪我したり、病気を患っていたりとかな!」

「しょ、承知いたしました!」

「よし!じゃあ視察はこれで終わりだ!ご苦労だったな、レイゲル!また来るぞ!」


 レイゲルに告げた後、俺は直ぐに馬車へと戻った。ようやくこれで一息つくことが出来る。やらなければならないことは山積みだが、これからの事は、風呂に入ってから考えていくことにしよう。


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