第10話 聖女の秘密

 冒険者協会を後にした俺達は、次の目的地へと向かっていた。街の中心から逸れたところにある細い道を奥へと進んで行く。そこには、王都のモノと比べても遜色がないほど立派な協会が建っていた。


「お待ちしておりました、アルス殿下」


 馬車から降りた俺達の元に、修道服に身を包んだ金髪の女性がやってきた。この女性がハルスの街にある、エデナ教の司教ソフィアだ。


 穏やかな表情を浮かべ、聖母のような眼差しで俺の事を見つめてくる。


「ソフィア殿。急な連絡で済まなかった。今日は教会と孤児院の視察をさせて貰いに来たぞ」

「お話は伺っております。どうぞ中へお入りください」


 笑顔を浮かべながら教会の中へと入っていくソフィア。俺とルナもそれに続いて中へと入っていく。冒険者協会とは違い、花の香りが漂っていた。


 部屋の中も奇麗に保たれており、俺は少しだけ安堵する。聖母のような彼女が不正を働いていたという可能性が少しでも低くなった。このまま何も証拠が出ないまま終わって欲しい。


 当初の目的とは裏腹に、俺の心の中でそんな感情が出始めていた。


「教会と孤児院の運営についてお聞きしたいとのことでしたので、資料を用意させて頂きました。どうぞご覧になってください」


 ソフィアがそう言いながら手渡してきた資料を机の上に置く。その横にゾルマが制作した『援助資金』の資料を置き、照らし合わせながら読み進めていった。


「壁の修繕、祈祷室の修繕。この柵の設置っていうのは何だ?」

「孤児院で使用している柵の事です。まだ幼い子供達が庭を超えて街の中へ入って行ってしまったことがあったので、目印のために設置したんです」


 ソフィアの説明は淀みが無かった。今ここで言い訳を考えていると言った様子も見えない。事前に、問われそうな部分を予想して答えを作っている可能性もあるが、今のところ問題がある点は見つからない。


 最後に書かれた援助額の合計が完全に一致したのを確認し、ソフィアの方へと顔を向ける。


「特におかしなところは無いな。教会も綺麗に保たれているようだし、費用は正しく使ったみたいだな」

「本当ですか?安心しました。ゾルマ様が横領していたという話を耳にしていたものですから……私どももその片棒を担いで居るかも知れないと不安になっていたのです」


 ソフィアはそう言いながら胸に手を当てて安堵の表情を浮かべて見せた。そんな彼女に俺は笑顔で話しかけてやる。


「では孤児院の方も見させて貰うとしよう」

「畏まりました。孤児院はあちらの扉から庭に出て正面になりますので、どうぞご覧になってください」


 ソフィアの後に続いて庭に出ると、子供達が楽しそうに駆け回っている姿があった。男女合わせて15人程だろうか。全員奇麗な服に身を包み、楽しそうにはしゃいで笑っている。肌ツヤも良さそうだし、良い食事を貰っているのだろう。


そんな子供達が俺達の存在に気付くと、一直線に駆け寄ってきた。そのままソフィアの足に抱き着き、彼女の顔を見上げて笑っている。


「あー!ソフィア様だ!!」

「ねぇねぇソフィア様!一緒に遊ぼうよ!いま皆で鬼ごっこしようとしてたんだよ!ソフィア様も一緒にやろうよー!」

「ごめんなさいね、皆。今は大切なお客様が来てらっしゃるから、一緒に遊べないの」


 そう言って穏やかな表情で子供達を抱きしめるソフィア。子供達は残念そうにしながらも、ソフィアに抱きしめられると満足したのか、元の場所へ戻っていった。


「随分子供達と仲が良いみたいだな。ここまで晴れやかな顔をしている孤児院の子供達を見た事が無い。本当に良くやってくれているのだな」

「私にとってここに居る子供達は家族みたいなものですから。彼等が無事に大人になって成長していく姿を見るのが、私の宿命なのです」


 子供達の見つめながらそう告げるソフィア。彼女が子供達に慕われているのが良く分かった。これがもし演技だったとしたら、子供達の演技が自然すぎて逆に怖くなる。


 孤児院の中を見て回って、その気持ちはますます強くなっていく。


 整備された食堂。子供達の将来を考え、勉強部屋なども設置されている。さらに個室とまではいかないものの、男女で部屋は分けられており、人数分のベッドも確保されていた。


 本当に子供達の事を思っているからこそ、ゾルマが送った巨額の資金を子供達のために使い果たしている。


 そう信じたかった。


 視察も終わり、俺達は最初の個室へと戻った。初めは何処か不安そうにしていたソフィアも、完全に安心しきっている。俺はそんな彼女に問わねばならない。


 久しぶりに感じる憂鬱な感情。聖母のような彼女を騙し、子供達から彼女を奪う事になるかもしれない。吐き気と負の感情を押し殺すために、一度深く息を吐く。そして静かに問いかけた。

 

「最後に一つだけ聞きたいことが有るんだが、良いか?」

「勿論です。何か気になった点でもございましたでしょうか?」


 俺の質問にソフィアの顔が一瞬こわばる。俺は彼女の目をジッと見つめながら話を続けた。


「貴方に渡した援助金の資料……これはゾルマの屋敷から持ってきた物なんだ」

「?それが何か問題でもあるのですか?前領主であるゾルマ様が、税金等の管理を行っていたのですから、その資料がゾルマ様の屋敷から出てきても何らおかしくは無いかと……」


 キョトンと目を丸くしながら首をかしげるソフィア。それと同時に俺の背後に立っていたルナが「あっ……」と声を上げた。ルナにはコレを一度見せている。だから気づいたのだろう。


 ソフィアが提出してきた資料の違和感に。


 よく分からないと言った様子のソフィアに、俺はもう一つの資料を取り出して彼女の前に置いた。


「こっちは俺が王城から持ってきた資料の複製だ。ゾルマの横領事件……つまり、エドバス領全ての金の流れがまとめられている。この意味、分かるよな?」


 静かに問いかけた言葉。その言葉を理解したソフィアの、口元が僅かに歪んでいった。


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