第8話 ズブズブな関係

 領主代理一日目。俺は朝食を取った後直ぐ、エドバス領の情勢を知るために資料を読み漁るとこから始めた。


 適当に政策を打ち出すだけでは、マジモンの悪徳領主になってしまう。そうなるまえにエドバス領の人口、男女比、種族割合だけではなく、特産品、貧富差、納税額、魔物による被害総額、etc……様々な情報を正確に調べなければならない。


 それを調べた上で、効率良く悪政を行い、領民の不満を募らせていく。最終的には爆発寸前のところで、領主代理の座から退き、父上に泣きつくところまで持って行ければベストだ。


 俺は二つの分厚い資料を手に取り、執事のハンスへと手渡した。


「という訳で、ルイスにはエドハス領の職業割合と年収の紐づけをして貰いたい。前領主が使っていた資料があるみたいなんだが、正直全く信用できないからな」

「畏まりました。その内容でしたら1日頂ければ終わらせられるかと」

「本当か?それなら明日までに頼む。何か問題があれば直ぐに連絡してくれ」

「承知いたしました」


 執事のルイスに職業別年収資料の作成を任せ、俺は残った資料に目を向ける。先程ルイスに渡した資料と同じくらい分厚い資料。その資料を開き、一行一行丁寧に確認していく。


 すると隣でお茶を入れていたルナが、資料の内容が気になったのか俺に問いかけてきた。


「アルス様は何をご覧になられているのですか?」

「ん?父上から頂いた資料だよ。この資料にはエドハス領の過去二年間の納税額及び、税金の使用先が書かれている。これを見れば前領主が贔屓にしていた団体、人や場所くらいまでは分かると思ってな」

「なるほど……それを知ってどうするおつもりなのです?」


 ルナはそう言って首をかしげて見せる。確かに、それを知ったところで特に意味は無いだろう。税金の使い道が不明瞭でないかの確認くらいにしか使えない資料。ただここには、俺がエドバス領で『ちょい悪徳領主』を演じるための重要な情報が隠れている。


 俺はそれを得意気になって、自分の計画をルナに話し始めた。


「俺もその人達と仲良くさせて貰うんだ。領主が贔屓してたって事は、領内でもそれ内に権力を持ってる筈だろ?まぁ今回の一件で裁かれてる奴も居ると思うけど……それでも中には変わらずに権力を持ち続けてる奴等が居るはずさ」

「その者達と仲良くして、アルス様に益があるのですか?それでは前領主と同じように、悪の道に……もしかして、アルス様には処刑願望がおありで?」


 ルナはいつもの無表情を崩し、ハッとして俺の顔を見つめてきた。完全に何かを誤解しているのか、俺を頭のおかしい奴だと勘違いしているらしい。ルナとの間には長年付き添ってきた絆があると思っていたのだが、ルナが天然だという事を失念していたようだ。


 俺は慌てることも無く、いたって冷静に話の続きをルナへと語った。


「そうじゃない。俺が領主代理として波風立てずにやっていくためには、そういう奴等とも上手く付き合っていかなきゃいけないって事さ。分かるだろ?」

「なるほど。でしたら私もお手伝いいたします。資料を半分お貸しください」


 俺の冷静な態度にルナも納得してくれたのか、今度はやる気満々と言った様子で俺の元に近づいてきた。俺は慌てて持っていた資料を引き出しの中へとしまい、ルナに取られないように抑え込む。


 その行動がルナにとって不満だったのか、眉間の間に一mmだけシワを寄せ、俺の顔をじっと見つめてきた。


「どうして隠すのです?その程度の資料作成であれば、私にお任せください」

「い、いやいいよ!ルナはそこでゆっくりくつろいでてくれ!」

「何故ですか?ルイス執事長には任せたというのに、アルス様専属使用人である私には任せられないのはおかしいでしょう?」


 無表情を崩さないルナだが、その声量はどんどん上がっていく。他の人からすれば無機質なロボットのように見えるかもしれないが、俺にはルナが怒っているのが直ぐに分かった。このまま怒らせてしまうと、が来る……


 かといってこの資料をルナに任せるわけにはいかない。ひとまずここは適当な仕事を任せよう。


「分かった!分かったから!ルナはもう一つの仕事を頼む!この魔物による被害額!この資料から対策案とか出して見てくれ!滅茶苦茶重要な仕事だから、頼んだぞ!」

「わかりました。それでしたら一日……半日で終わらせます」


 なぜかハンスと張り合って見せるルナ。俺から資料を受け取ると、足早に部屋から出て行ってしまった。一人部屋に残された俺は、引き出しの中かから資料を戻し、もう一度頭から資料を読んでいく。


「『冒険者協会』に『教会』か。用途も建物の修繕と、資金援助と別におかしくは無い。ただ額が高すぎる気はすけどな」


 先程ルナに渡した、『魔物による被害』の書類。それの対策として冒険者を配置し、被害を減らす。その援助資金として、税金から費用を捻出している。それは分かるが少し額が多すぎるのが気がかりだ。


 それに教会については少し調査する必要があるが、問題はもう一つの贔屓先。


「なんで『奴隷商』の建造物の修繕でこんなに払ってんだよ!どう見てもズブズブじゃねぇか!もうちょっと上手く誤魔化せよ!」


 どう見ても個人の目的のためとしか思えない援助金。恐らく、前領主は奴隷を購入してあんなことやこんなことを夜な夜なやっていたに違いない。


 別に悪い事ではないし、かく言う俺もそういう行為に興味が無いわけではないし、ちょい悪徳領主を目指す身として、見習うべき点だとも思っている。


 とにかく、明日以降この三箇所に挨拶周りをさせて貰うとしよう。

 

 『ちょい悪徳領主』としてな。

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