第7話 ハルスの街
「うーーん!!最悪の出発日和だぁぁ!!なぁルナ!」
「そうですね。雨でびちょびちょ、最悪です」
俺がエドハス領へと向かう日。王城を発つその瞬間から、王都に雷雨が押し寄せてきた。出発を明日に延期した方が良いのでは?という声も出たが、俺はその声を押し切って王都を発った。
それから数日かけて馬車で移動し、いくつかの街を経由して俺達はようやくエドバス領内に着いた。その間ずっと雨が降りっぱなしという、稀にみる異常気象だったのだが、これから俺がエドバスで行う所業を鑑みれば、この最悪の出発も仕方がないと言えるだろう。
俺がエドバス領で何をやろうとしているのか。それを話すにはまず、俺が今置かれている状況を整理する必要がある。
まず俺が今目指しているもの。それは政治面で面倒事に関わる必要もなく、王子という立場も確保しながら自由に生活すること。
その目標を達成するにはある障害を取り除かなければならない。それは王位継承権争いからの脱却。派閥勧誘の根絶だ。
クルシュ兄様やレオン兄様、そして父上からも武の才能がある人間だと思われている。そして今回の一件で、政治面での才能もあると思われてしまえば、益々派閥への勧誘が激化してしまうだろう。
ではなぜ俺が父上からの仕事を引き受けたか。
それは、兄様達に『アルスは武の才能はあっても、政治の才は皆無。寧ろ派閥に入れるとデメリットしかない』と思わせるため。そうすれば派閥への勧誘は無くなり、俺は王城で自由気ままに過ごすことが出来る。
そのためには、領主としての才能が無いことを示さないといけない。
そこで俺が目指す領主像を決めた。それは『ちょい悪徳領主』だ。あくまでも『ちょい悪徳』というのが大事で、完全な悪徳領主は目指さない。そんなことしたら、俺の目指す自由気ままな王子ライフは手に入らなくなってしまう。
ということで、俺の当面の目標はエドバス領のちょい悪徳領主だ。
「アルス様。そろそろハルスの街に入ります。ここがエドバス領内で最も栄えている街です」
「おお!ようやく着いたのか!」
ルナの言葉に、俺は窓の隙間から街の方へと目を向ける。門を通り抜けると、窓の向こうに多くの人が行きかっていた。
王都よりも少し田舎っぽさを感じてしまうが、商店もいくつかあるようだし、かなり栄えているみたいだ。
それに王都では見かけなかった種族の姿も見える。首輪をつけて、小汚い格好に身を包んだ人達。その中には、頭に角を生やしている者もいた。
「ルナ……あれは魔族か?」
彼等を指さしながらルナに問いかけると、ルナは一瞬眉をひそめた後、静かに話し始めた。
「そうですね。あれは魔族の奴隷です。最近では魔族がドステニア国内に移住してきていると噂で耳にしたことがあります。恐らく、そこから奴隷落ちした者達でしょう」
「そうなのか……なんかこうしてみると、角とか肌の色がちょっと違うだけで、人間と変わらないんだな」
魔族と言えば昔は人間と争っていた存在。今は戦争も集結し、国交を結んでいる国もあるらしい。ドステニア王国もその一つだが、まさか移住した先で奴隷に落ちるとは思ってもみなかっただろう。
街の中を進んでいくと、少し街並みが綺麗になり始めた。適当だった道の舗装が丁寧になっており、街灯の数も多くなっている。建っている家の外観も、先ほどよりも小奇麗だ。
恐らくここから先は街の重役たちが暮らすエリアなのだろう。そう考えていると、ルナが窓の向こうを指さした。その先には一際大きい屋敷が見える。
「あちらが前領主の屋敷になります。本日からあの屋敷がアルス様と使用人どもの住居になりますのでご承知おきください」
「ああ、わかった。……あの屋敷でだれか殺されたとか、そういうの無いよな?」
「大丈夫かと思われます。前領主を捕縛した際も、無傷でとらえたと聞いております」
「そうか!それならいいんだ!」
ルナの言葉に俺はほっと胸をなでおろす。誰か惨殺されたとか、事故物件だったらたまったもんじゃない。でも確か、主寝室を使ってた前領主は処刑されたんだったよな……
「一応念のため、主寝室は別の場所と交換してもらえるか?多少狭くなっても大丈夫だからさ!」
「承知致しました。他に何かご要望があれば事前にお申し付けください」
「んー……今のところはそれくらいで大丈夫だ。よろしくたのむぞ」
これで俺の寝室に亡霊が出現する危険性はなくなった。念には念を入れで、後で教会の司教を呼んで除霊と浄化の魔法をかけてもらおう。この世界で唯一、前世よりも信頼性の高いものが教会だ。この人達が居てくれるお陰で、俺は安心して眠りにつける。
それから屋敷への道のりを進んでいき、ようやく長い旅路が終わる。馬車から降りると、先に王都から出発していた使用人達が列をなして待っていた。
「アルス様!おかえりなさいませ!」
「ああ。皆もご苦労であった。今日から宜しく頼むぞ!」
「はい!」
使用人達の間を通り抜け、屋敷の中へと入っていく。いよいよ、この屋敷から俺の『ちょい悪徳領主』生活が始まるのだ。
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