第15話 冬の訪れ
秋祭りが終わってから、シャーロットはユニコーンに会えなくなってしまった。
何度森へ出かけても、彼の姿は見えない。あの青い泉にたどり着くことさえできなくなってしまった。
「お礼を言いたかったのに」
落ち葉が舞い散る森の小径で、彼女は残念そうに呟いた。
ユニコーンはシャーロットを助けてくれた。そのおかげでとうとう、エゼルと身も心も結ばれて夫婦になれたのだ。
「まったく、『乙女の守り手』なんて面倒よね。お礼も言えないんですもの! ねえユニコーン、聞いてる? 私、あなたのおかげで幸せになれたわ。いつかきっと、また会えるわよね?」
答えはない。木々の梢を渡っていく風が、さわさわと笑い声のような声を立てるばかり。
シャーロットはお土産に持ってきた葉野菜を置いて、その場を去った。
季節は冬に近づいていく。
農民たちは越冬の支度の最中だ。貴重な豚の命をもらってベーコンを作り、野菜を酢漬けにして樽に詰める。森に薪を調達しに行って、軒先でよく干しておく。用水路の水門を閉めて来年に備える。
冬は憂鬱な季節だと、彼らは口を揃えて言った。
「けれど今年は、小麦の税が3割でしたから。今まではずっと楽です。餓死者は出さずに済むでしょう」
村長が言う。当たり前の口調で口に出された「餓死者」という言葉に、エゼルとシャーロットは胸が痛んだ。
やがて初冬になり、雪が降り始めた。
シリト村は王国でも北に位置する。しかも山が近いために、一足早く冬が深まるのだ。
雪が積もってしまえば、シリト村はほとんど陸の孤島となってしまう。きれいな雪に喜ぶのは子供たちと犬だけで、大人たちはうんざりとした顔で分厚い雪雲を眺めていた。
その知らせは冬も後半に入ったある日、雪のちらつく朝にもたらされた。
「領主様、奥様!」
領主の館の扉を叩く者がいた。フェイリムだ。
朝食を終えたシャーロットが玄関を開けると、フェイリムは泣きそうな顔で転がり込んできた。彼の後ろには村長の姿も見える。
「朝からどうしたの?」
「奥様! 助けてくれ!」
動転しているフェイリムをなだめながら、エゼルは村長から話を聞く。
「実は、昨日の夜からフェイリムとティララの母親が高熱を出しまして。疫病などではないと思うのですが、ティララがひどく心配しましてな。朝一番で、熱冷ましの薬草を採りに行くと行って森へ飛び出してしまったのです」
「何ですって。あんなに小さな子を1人で行かせたの?」
シャーロットが睨むと、村長は慌てて首を振った。
「止めたのですが、家族の目を盗んで出て行ってしまったんです! だいたい、こんな冬の真っ只中に薬草が生えているわけもない。手分けしてティララを探したのものの、足跡を見失ってしまいました……」
「ティララがいなくなって、どのくらい時間が経った?」
エゼルが尋ねる。
「早朝だったので、もう3時間になります」
「けっこう時間が経っているな……。まだ戻らないなら、迷ってしまった可能性もある。僕たちも探しに行こう」
「はい」
シャーロットの他、オーウェンとメリッサもうなずいた。急いで防寒着を着込んで、館を出る。
捜索には他の村人も何人か加わった。皆で森まで行き、ティララの足跡を追えるだけ追ったが、途中で枯れ草の茂みに入ったらしく途切れてしまっていた。
雪は静かに降り積もり続けて、わずかに残った痕跡を覆い隠してしまう。
「おーい、ティララ! 兄ちゃんが迎えに来たぞ!」
フェイリムが大声で叫ぶが、答えはない。
「森から入ってこの方向まで来たということは、山に行ったのではないかしら」
方角を確認しながら、シャーロットが言った。
「その薬草というのは、山に生えているの?」
「どうだろ……。そもそも、おとぎ話なんだよ。山の崖にユニコーン様の薬草が生えていて、どんな病気でもすぐに治してくれるっていう言い伝えがあるんだ」
フェイリムが答えた。
「山はまずいですな」
と、オーウェン。
「子供の足で登れるものではない。雪で足を滑らせたら、遭難してしまう」
「早く見つけましょう」
彼らは手早く話し合って、森をこのまま探す組と山へ捜索の手を伸ばす組を決めた。
フェイリムと村人は森を、村長とシャーロット、エゼル、使用人2人は山を探すことになる。
「捜索者が遭難してはいけません。安全第一でお願いします」
オーウェンが念を押した。皆でうなずいて、散って行く。
「ティララみたいな小さい子が、そんなに距離を進んでいると思えないが」
エゼルが言って、メリッサが首を振った。
「そうとも言えません。体重が軽ければ、大人なら雪に沈んでしまう場所でも、歩いて行けるケースがありますから」
山へ近づくと雪がだんだんと激しさを増してくる。
「これはいけない。エゼル様、シャーロット様、お2人はお戻り下さい」
「嫌よ!」
オーウェンの言葉に、シャーロットは強く言い返した。
「ティララはきっと、1人で寒い思いをしているわ。大人の私が見捨ててどうするの」
「しかし、この雪です。ご領主夫妻に万が一のことがあったら……」
村長の顔には苦悩が見えた。
「村長、薬草が生えているという言い伝えの場所に心当たりはないか?」
「どうでしょうか。おとぎ話ですので、具体的にどことは……あ」
エゼルの言葉に何かを思いついた村長が、目を上げる。
「あの子の母親が言い聞かせていたのを聞いたことがあります。西の崖で、晴れた日には我が家からよく見える場所」
「それは、どちらの方角だ?」
「あちらです!」
村長が指をさす。
「よし。じゃあそちらを重点的に探そう。皆、気をつけて、くれぐれも無理をせずに。雪が激しくなったら、戻るのも決断しなければならない」
エゼルが言って、シャーロットも不承不承、うなずいた。
「ティララ、待っていなさい。必ず私が見つけて、家に帰してあげるから」
シャーロットの呟きは、山から吹き下ろす雪風にかき消されて消えていった。
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