第14話 秋祭り


 秋祭りは3日に渡って続く。

 2日目、シャーロットは捧げ物をお土産に持ってユニコーンの所に行った。

 森の中は秋の空気に満ちていて、広葉樹の葉は黄色く色づいている。

 落ち葉をさくさくと踏んで森を進めば、やがて泉が見えてきた。


 泉だけは夏の頃と変わらず、不思議な青さで佇んでいる。そのほとりにユニコーンが立っていた。相変わらずの純白の毛皮は汚れ1つない。


『やあ、シャーロット。お土産を持ってきてくれたのかい。嬉しいな』


「村の秋祭りのものよ。あなた、見たことある? 大きい藁であなたの形を作るの」


『ずいぶん昔に見たことがあるよ。僕はあんなに太っちょではないと思うんだけどなあ』


 シャーロットは吹き出した。確かに、藁の馬は丸っこい体型をしている。

 中に木材の芯を入れて藁を巻く作りなので、仕方がない。

 ユニコーンは玉ねぎをしゃりしゃりとかじりながら言った。


『うん、美味しい。今年の作物も、村人たちの思いがよくこもっている』


「思い?」


『僕は本質が魔力の存在だからね。人間が作った野菜を食べると、作った人の心を感じるんだ。シリト村の人々は心がきれいで、いつも癒やされる』


「そうね……」


 シャーロットはうなずく。

 王都を追い出されて、この村にやって来た。突然現れた「領主夫妻」を、村人たちは受け入れてくれた。


「私、農民は愚かで頑固で、よそものを嫌うのだと思っていたわ」


『そういう面はあるよ。シリト村の人々は、成り立ちのせいもあって、他の村よりも優しい人が多いが。それでも、人間は狭い中でつながるものだからね。その輪の外から来た相手は、敵視しがちだ。

 シャーロットがすんなり受け入れられたのは、きみが頑張ったせいもあるよ』


「そう……かしら」


『そうだよ。この玉ねぎも、かぼちゃも、人参も。シャーロットの思いを感じるもの。一生懸命、村人と一緒に畑の土と向き合った結果さ』


「うん、ありがとう。そう言ってもらうと、勇気が出るわ」


 言って、彼女は立ち上がった。収穫祭の最中に、あまり姿を見せないのはまずい。心配されてしまう。


「それじゃあ私、行くわね。明日もまたお土産持ってくるから」


『楽しみにしているよ。……エゼルが早く帰ってくるといいね』


 シャーロットは答えず、手を振って泉を去った。







 3日目、祭りの最後の日。

 この日は夜に、広場の焚き火に藁づくりのユニコーンをくべて燃やす。そして今年の感謝と来年の安寧を祈るのだ。


 捧げ物に囲まれている藁のユニコーンを、男たちが担ぎ上げた。村の中を練り歩く。

 子供たちがきゃあきゃあと歓声を上げながらついていった。もちろん、フェイリムとティララもその中にいる。

 その間に広場の火が灯された。

 やがて到着した藁のユニコーンが、慎重に炎の中に降ろされていく。

 藁は少しずつ燃えて、ある時一気に燃え上がった。ぱちぱちと火の粉が飛び、村人から祈りの声が上がった。


「ユニコーン様、今年もありがとうございました。無事に収穫祭が終わります」


「来年もどうか、見守っていて下さい」


 若者たちが何人か、この祭りの間にすっかり心を通わせたパートナーと手をつなぎ、炎の前で祈っている。

 仲睦まじい様子に、シャーロットの心が痛んだ。


 ――私もエゼル様と一緒に、この炎を見たかった。


 仕方ないと思っても、泣きたい気持ちになった。

 隣に立つメリッサが、そっと背中を撫でてくれる。シャーロットは首を振って強がった。


「平気よ。エゼル様がいなくたって、私はちゃんと秋祭りを最後まで見守るわ。だって、後を頼まれたんですもの!」


「頼りになるなあ、シャーロットは」


 不意に、一番聞きたかった人の声がした。

 燃え盛る炎を背に、シャーロットは振り返る。地面に揺らぐ影の向こう、会いたかった人が立っている。


「エゼル様!」


 藁のユニコーンの炎が一層燃え上がった。シャーロットは短い距離を飛ぶように駆けて、エゼルに抱きついた。

 戸惑うエゼルからは、旅の匂いがする。遠い場所の空気と、埃っぽさと、汗の匂い。


「どうして? お帰りにはまだ、時間がかかると手紙にあったのに」


「弟が、デルバイスが話を取り持ってくれてね。それで思ったよりも早く済んだ。秋祭りを思い出して、せめて最後の日だけでもシャーロットと一緒に祭りに出たくて、急いで戻ってきた」


「そうでしたの……」


 言って、シャーロットは自分がはしたなくも彼に抱きついたのだと気づいた。

 顔を赤くして離れようとする彼女を、エゼルは腕に力を込めて離さない。


「短い間だったのに、シリト村ときみが恋しくてならなかったよ。

 ねえシャーロット。きみとぼくは子供の頃からの婚約者で、今は夫婦だと言うのに。ついこの間まで、きちんと向き合っていなかったね」


「そ、そうですわね」


 シャーロットの耳はエゼルの胸に押し付けられている。とくとくと脈打つ心臓の音が大きくて速くて、彼女までどきどきしてしまう。


「でも今は違う。きみがくれた野菜の味を、僕は忘れないよ。僕らは力を合わせて暮らすすべを覚えたよね。

 それに、きみが……さっきまでのきみの、寂しそうに炎を見ている後ろ姿を見たら――」


 エゼルは彼女をぎゅっと抱きしめた。


「とても愛おしくて。もっと近くできみを感じたいと、思ったんだ……」


 顔が真っ赤になるのを自覚しながら、シャーロットは答えた。


「わ、私も。秋祭りが始まってからずっと、エゼル様に会いたかった。声を聞いたら嬉しくて、つい抱きついてしまったの」


 エゼルは少し腕をゆるめて、シャーロットの顔を覗き込んだ。


「じゃあ、僕らは想いが通じていたんだね」


 藁のユニコーンが燃えて、大きく炎が揺らいだ。一瞬だけ明るさを増した後は、徐々に火は勢いを失っていく。

 収穫祭が終わろうとしている。


 炎の熱は、若者たちを包み込んで熱情を灯す。焚き火の炎そのものが弱まっても、彼らの心は燃え盛るばかり。

 だんだんと暗くなっていく村の夜の中、重なる影がいくつもあった。

 幸せな夜が更けていく――

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