<3> 妓女の正体

第23話


「明豪サンの事? アンタ、若いのによくあの人のこと知ってるわね」


 また小娘だと思われている。朱亜はとほほ、と肩を落としながら愛想笑いを見せた。

 魅蘭が教えてくれた花街で長く暮らす人たちのところを尋ね歩く日々が続く朱亜。今日赴いたのは、朱亜が今暮らしているところまでとはいかないけれど、官吏や貴族の出入りもあるそれなりの高級妓楼、その楼主だった。中年の楼主は懐かしむように目を細める。


「あの人は私の恩人だよ。こんな店を作ってくれる旦那様に会えたのも、この場所に作ったらいいって教えてくれたのも、全部明豪サン!」

「よく占ってもらったの? どれくらい当たった?」

「もう、百発百中だよ! あの人は私の事だけじゃなくて、自分の未来まで言い当てていたんだから」


 未来? 朱亜は首を傾げる。


「いつぞやの事だったかしらね。酔っていた時に、自分はいつか王宮に招かれて歴史に名を残す占術士になるって予言したんだよ。初めはみんな笑っていたけれど、孟家のお偉いさんに連れられて本当に王宮のお抱え占術士になったんだから、大したもんだよね。ここにいた時、もっと占ってもらえば良かったけど……」


 あの人、一回の占い代がとんでもなく高いんだよね。と楼主は懐かしそうに話している。彼女から見た明豪という人間はとても好印象だったのが分かった。朱亜は礼を言ってそこを後にする。

 

 次に向かったのは、どんよりとくらい裏路地だった。あばら家が並んでいて、ボロボロの妓女が客を呼び込んでいる。客もあまりいい身なりではない。朱亜がある一軒の妓楼を訪ねるが、暇そうにしていた妓女に追い返されそうになった。


「ウチみたいなところ、馬鹿にしにきたんだろう!」


 すごい剣幕だ。朱亜は首を横に振って、訪ねてきた理由を話した。明豪の名を出すと、妓女はさらに怒りを見せる。


「あんなインチキ占い師の事なんてもう覚えてないよ!」

「インチキ? 他の人は良く当たるって話してたけど……」

「アイツはケチな男だったからね。金持ちには媚びへつらって舌先三寸で適当なことばっかり言って……ウチらみたいな貧乏人のことはまともに占おうともしない」


 どうやら、明豪は相手の懐具合で態度を変えていたらしい。暇だったのか、明豪に対する怒りがそうさせたのか、妓女の口は止まらない。


「夢の中で天龍と話をしているなんて言っていたけれど、全部嘘っぱち、アイツの妄想だよ。あぁ、腹立たしい! 花街の事なんて馬鹿にしてさ、出世の事しか考えてない。孟様に見いだされて王宮に上がったなんて言ってるけど、みんなそれは嘘だって言っているよ」

「そうなの?」

「そうに決まってるさ! あんな胡散臭い占い師を王宮で召し抱えてどうするんだい? きっと明豪が孟様を買収して、無理やり登用させたに決まってる!」


 なるほど、そういう見方もあるのか。明豪の評価はまさしく真っ二つ。嫌いな人たちは相当な恨みを抱えているように思える。


「孟様で思い出した。アンタの妓楼に、魅蘭って妓女がいるだろう? 孟様のお付きの飛嵐って奴のお気に入り」

「うん!」


 ここに来たのも魅蘭の紹介だと話すと、妓女は鼻で笑った。


「お高くとまった妓女様がアタシをね。もうアタシの事なんて忘れたと思っていたよ。飛嵐のところで上手くやるんだよって言っておいてくれないか?」


 朱亜がきょとんと眼を丸めているのを見て、妓女はとても驚いたように素っ頓狂な声を上げた。


「飛嵐のところって、どういうこと?」

「アンタ知らないの?! 魅蘭、アイツに請け出されるって噂、こんなところにも広まっているのに?」

「え? ウチ、そんなの知らないよ!」


 その話を聞いた朱亜はおんぼろ妓楼を飛び出して、一目散に魅蘭の元へ向かった。彼女の私室の引き戸を勢いよく開ける。


「ちょっと魅蘭! ウチ、聞いてないんだけど!」

「朱亜、うるさいわよ。それに、そのウチっていうのやめなさいって」

「そんなことどうでもいいよ! 飛嵐に請け出されるってどういうこと?」

「なんで今さらその話をしないといけないのよ」

「ウチは今知ったの!」

「私と一緒にいるのに、よく今の今まで知らずにいられたわね。……そうよ、何か文句でもある?」


 魅蘭は私物を片付けている。持っていくもの、捨ててしまうものに分けているみたいだった。


「そっちの箱のものはもういらないから、気に入るものがあれば持って行ってもいいわよ」

「あんなに嫌がっていたのに、どうして!?」


 飛嵐に襲われて、怯えていた魅蘭のことを思い出す。あの時彼女が感じていた恐怖が偽りであるとは到底思えない。魅蘭は少し黙って、長く息を吐いた。


「……私にはお父様との約束があるの。どうやってでも、何をしてでも……我が家の家宝を取り戻さないと。あとは……」


 消え入りそうなくらいの小さな声で、魅蘭はそう言った。


「家宝?」

「……ここで出会ったよしみであんたにだけ、とっておきの秘密を教えてあげる。絶対他の人に喋っちゃだめよ、あんたも処刑されるかもしれないから」


 魅蘭は妖しく笑った。


「私の家の家宝は、あの天龍様が残していった首飾りなの。あんただってさすがに知ってるんじゃない? 天龍様が残した預言くらいは」

「あっ!」


 朱亜はたまらず大きな声を上げる。朱亜はそれを知っている。いや、知っているどころの騒ぎではない。だってそれを使ったこの時代に来たのだから。朱亜は堪らず声を漏らし、顔色を変えてしまう。普通の人ならば、きっとこんな反応はしない。魅蘭はそれを見逃さなかった。


「朱亜……もしかして、首飾りの事、何か知ってるの?」

「えっと、あの……」

「いいから、どんなことでもいいから、早く教えなさい!」


 どうしようかと困っていると、魅蘭の私室の戸が開く。魅蘭はその口を真一文字に閉じた。


「朱亜、こっちにいたのね。探したわよ」


 先輩妓女が顔を覗かせる。助かった! なにか雑用だろうか、と思ったら違った。


「あの客、また来てるわよ」

「え?! い、今行く!」


 朱亜は魅蘭のことをおいて部屋を出る。通されたのは前と同じ座敷だった。朱亜が来たのを確認してから、皓宇は頭巾を脱いだ。


「皓宇! 聞きたいことがあるの!」

「あまり大きな声で私の名前を呼んでくれるな、皇子だとバレたらどうするんだ」

「天龍の首飾りを【家宝】って言ってる妓女がいるんだけど、それってもしかして……」


 皓宇にはすぐに分かった。天龍が残した美しく大きな翡翠を加工し、首飾りにした一族――それこそ、万家である。


「朱亜、その妓女の名は」

「魅蘭!」

「……頼みがある。その妓女をここに呼んでほしい。金がかかるならいくらでも払う」

「わかった!」


 朱亜は大急ぎで魅蘭の私室に戻る。宴席につくのか、彼女は身支度を整えている。朱亜はそんなのもお構いなしで彼女の腕を掴み、急いで階段を下りていく。


「ちょっと、なんなの! 離して!」

「いいから来て!」


 朱亜は皓宇のいる座敷の戸を勢いよく開けた。彼はあの頭巾を被っておらず、まっすぐ朱亜の隣に立つ妓女を見つめていた。魅蘭は言葉を失い、顎のあたりを震わせる。朱亜は急いで戸を閉める。


「お前が万家の総領娘・ワン 魅音ミオン、だな」


 聞いたことのない名前だった。けれど魅蘭の名前によく似ている、そう思った瞬間、魅蘭は皓宇に対する敵意をむき出しにしていた。胸元から暗器を取り出し、皓宇に向ける。皓宇は瞬きもせず、魅蘭のことを見つめていた。彼は、朱亜なら絶対に助けてくれると信じていた。

 その信頼に応えるように、朱亜は暗器を持つ魅蘭の腕を掴み、強くひねりあげて床に押し倒した。暗器を奪い、捨て、魅蘭の両腕を強く押さえる。魅蘭は諦めていないのか朱亜の下で藻掻くが、彼女の力には敵わなかった。


「よくもこんなところに、のうのうと! お前が、お前たちが……お父様を殺したんじゃないか!」


 魅蘭の叫びが響く。誰も来ないように、と朱亜は祈るしかない。


「無実なのに、お父様に濡れ衣を着せて死罪にしたお前たちを! 皇族も、孟家も沈家も、私は絶対に許さない! 私が、私がお前たちを殺してやる!」

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