2.いきなり中ボス戦

部下を総動員して30分で完成させた薬をバイアルに詰め、白衣のポケットに突っ込む。


「ご苦労さん! みんな今日はもう帰っていいぞ!」


 そう伝えると功労者たちは再びざわついた。


「人の心を持っていない事で定評のあるノースさんが俺たちに労いの言葉を……!?」


「しかも帰っていいって言ったか!? あの研究バカが!?」


「やっぱり天変地異の前触れだ」

 

 うるせぇな。

 

 確かに俺にとっては天変地異だよ。この世界がゲームの中だって知ったんだから。

 正直、ノース・グライドとしては帝国が世界征服を目論もうが人体兵器を作ろうがどうでも良いが、前世の俺はこれから来るであろう世界の秩序の崩壊を止めたいと思っている。

 俺はリリアさんたちが好きだったんだ。

 彼女たちが苦しむのは嫌だ。この気持ちを無視なんてできない。

 

 リリアさんに遅れて俺も街に飛び出す。久しぶりのお外。眩しくて溶けそう。

 薬は準備した。俺もシエルのところに行かなければ。

 彼女がどこにいるのかは知っている。ゲームで男にそそのかされる現場を見たからな。

 確か――武器屋を出たところで声を掛けられるんだ。

 間に合えば接触を阻止できるかもしれない。


 大急ぎで武器屋のある通りに向かう。すると路上に人だかりができていた。

 む、遅かったか……!?

 人を掻き分けて前に出る。

 と、黒いフード付きマントを羽織った見た目からして怪しい奴とリリアさんが向かい合って睨み合いをしていた。

 もう接触してしまっていたか……!

 まずいな。あの男、本来なら戦うのは中盤以降のはずだったんだ。結構強い奴だった。もし戦闘になったら今のリリアさんでは難しいかもしれない。

 でも――待てよ。あの男……寡黙で素性はほとんど語られなかったけど、戦うのが好きって訳じゃなさそうだったんだよな。

 皇帝の命令を受けて仕方なく、って感じだった。

 穏便にやり過ごせば今は見逃してくれるかも……?

 リリアさんは男を睨み付けながら言った。

  

「私の仲間に何か用?」


 わーお。リリアさんが勇ましい。

 ピリついてるけどそこは気持ちの優しいリリアさんだから……必要以上に煽ったりしないと思う。そう信じてる。

 ところでシエルはどこに……?

 リリアさんの後ろに目をやると、紫がかった黒髪を肩の辺りで切り揃えたクールな顔立ちの美少女が庇われるようにして立っていた。

 ――いた。あの子だ。

 シエルは下を向いていて顔が見えず、その表情から何かを窺い知る事はできない。

 怪しい男は言った。


「駒を手にする絶好のチャンスだと思ったが――邪魔が入ってしまったか。……ふむ。素質は申し分ないがやはり“お前”では駄目だな。闇が無さすぎる」


「……闇?」


 指を指され、お前呼ばわりされたリリアさんが首を傾げる。

 闇か。

 確かにリリアさんには闇なんて無いな。あえて言うなら村を焼かれて以降少し陰りが出てくるのだが、俺はもうそんな事(村を焼いたり)はしない。光のリリアさんのままでいてほしいから。

 リリアさんのごく常識人的な首傾げの反応を受け、何が気に入らなかったのか謎だが男はチッと舌打ちをした。


「ああ、その顔。その正義感。その仕草、上目遣い。――やはり俺は貴様が気に入らない」


 男はそう言って黒いマントを翻し、中から大振りの剣を抜き出す。


「え!? え!? 何!?」


 突然の戦闘態勢にリリアさんは飛び退き、戸惑いながら自らも剣を抜く。

 序盤の武器、青銅の剣だ。序盤の敵にはじゅうぶんだが……まずい。あいつにはきっと勝てない。

 

 男は剣を構え、口を開いた。

 

「誰からも愛されるような――世界から祝福を受けたかのようなお前には分かるまい。この世にはどうしようもなく孤独な人間がいるなど……! そのような事は考えた事すらない、頭空っぽで生きる事が許されてきたお前の顔が……嫌いだ!」


 えっ!?

 お前ってそんな奴だったの!?

 

 リリアさんを助けるべく飛び出しかけていた俺はうっかり男の側に付きそうになった。

 リリアさんは好きだが、お前の思想は正直分からんでもない。

 光に近付きすぎると自分の闇が普段より濃く見えてキツイんだよな。分かるよ。

 にしても寡黙なばかりだと思っていた黒マント男(キャラ名は忘れた)がこんなミソジニーなキャラだったとは……。意外だ。

 共感のあまりフラフラと男の方に向かいかけた俺はしかしリリアさんに見付かって「あらっ? あなた、さっきの……」と声をかけられ、あっさりリリアさん側についた。

 悪いな。

 やっぱり俺、可愛い女の子のほうがいいや。


「間に合ったようで良かった」


 キリッとした表情で話しかけるとリリアさんは口元をぐっと引き締め、男に目をやった。


「あなたのおかげよ。もう少しで大切な仲間を連れて行かれるところだったの」

 

 どうやら危ないところだったらしい。

 

「ありがとう。あなたのお名前は?」


 推しに名前をたずねられた。

 うれちい。

 

「ノース。……ノース・グライドだ」


「そう。ノース、危ないから下がってて。たぶんアイツ、すごく強い――っ!」


 瞬時に間合いに踏み込まれ、反射的に背を逸らした俺の鼻先を大振りの剣が掠めた。

 あぶねーー!!! って、リリアさんは!? 大丈夫か!?


「リリアさん!」


「平気よ! でも短期決戦で行かないとマズいわ。少しでも油断するとすぐに刈られ……危ない!」


 シッ、と刃が空気を斬る音が耳元を掠める。

 男はまず俺に狙いを定めたようだ。執拗に斬撃を繰り返してくる。


「おいおいアンタ、どこの誰かと思えば街外れのイカレ学者じゃないか! ちょうど良かった! 俺はアンタにも用があったんだ!」


「断る!」


「まだ何も言ってないが!?」


 まずい。

 今はなんとか避けられてるけど、それはこいつに殺意が無いからだ。本気じゃない。

 リリアさんの言う通り、短期決戦じゃないと詰む……!


 俺は少し考え、やはりリリアさんの力を借りることにした。

 だって俺、ノース・グライドは薬で強化人間になる前はただのワーカホリックで、不健康な人間だったんだ。

 しかも丸腰。情けないが、1人では切り抜けられない。


「リリアさん! 40秒で支度させて!」


「え? ええ、分かったわ!」


 男の剣をリリアさんの青銅の剣が受け止めた。

 俺はダッシュで武器屋に駆け込み、カウンターの中にいるオッサンに話しかける。


「いらっしゃいま……」

 

「オッサン! ここに白竜の剣があるだろ!? くれ!!」


「ひぃっ!? そ、そんな強い装備うちにはありませんよ!そこに並んでる中から選んでください!」

 

 いいや、そんなはずはない。

 俺知ってるんだ。

 ゲームの武器屋あるあるだが、ストーリーの前半と後半で世界中の店の品ぞろえがガラッと変わる現象があるだろう。

 あれが何故か知っているか?

 他の世界ではどうだか知らないが! 少なくともこの世界では! 店主が客のレベルに合わせて商品を提供しているんだよ!

 つまり、弱い客には弱い武器を。強い客には強い武器を。

 イケズなんだ、要するに。

 研究所職員の間でまことしやかに囁かれていた『ほとんどの店では、奥に秘蔵の商品を隠しているらしい』という噂と、俺のプレイヤーとしての記憶を繋ぎ合わせると答えは出る。

 ストーリー後半で購入した白竜の剣。今! ここに! 絶対にあるはずだ!

 

 俺はおもむろに懐から一掴みの金貨を取り出し、カウンターに置いた。

 これは遊ぶことを知らないワーカホリックが溜め込んできたお金だ。

 どうだ? 店主よ。今、店に展示してある全ての商品を買い占めてもお釣りが出るほどの大金だろう。

 きらめく金貨の山を前にして店主は目を見開き顔色を変える。

 

「……なぁ親父。いいだろう? 世界の平和がかかってるんだ。これで白竜の剣、売ってくれよ」


 ごくりと喉を鳴らした親父は顔を上げ、俺の目を覗き込んできた。

 俺はその視線を受け止め、こくりと頷く。親父も頷く。


「……本当はふさわしい客に売りたかったんだが、仕方ない。……ほれ、ご所望の剣だ。持ってけ」


 口調がとつぜん玄人向けに変わった親父はカウンターの下にかがんで、ゴト、と重い音を立てて白竜の剣をカウンターに置いた。

 名前の通り、白くて柄に竜の彫刻が彫られている逸品だ。なんか修学旅行で買うキーホルダーみたいだな、そう思いながら剣を手にする。


「ありがとよ親父! 世界で一番ふさわしい人に使ってもらうからな!」


「ふん。また来いよ」


 入店時とキャラが180°変わってしまった親父のツンデレを受けながら店を飛び出した。

 そこでは防戦一方のリリアさんが一生懸命に持ちこたえている。しかし限界のようだ。青銅の剣は男の一閃で弾き飛ばされ、くるくる回転しながら飛び、ザン! と音を立てて武器屋の壁に突き刺さった。

 ……スマン、親父。

 心の中で親父に謝りつつ、俺は丸腰になってしまったリリアさんに向かって声を張り上げる。


「リリアさん! これを使って!」


「え?」


 こちらに視線を向けたリリアさんに向かって白竜の剣を投げた。

 白い剣が水色の髪のリリアさんに向かって飛ぶ。一瞬、晴天と雲のような調和を感じて胸が高鳴った。

 リリアさんは必死な表情で手を伸ばし、俺が投げた剣を掴み取る。

 掴んだ瞬間、白竜の剣が持つ魔法効果が発動して淡い光がリリアさんを覆った。

 そう。俺があの剣を買ったのはこれのためなのだ。

 

「これは……!?」

 

 リリアさんが不思議そうな顔で俺を見た。


「君の本来の力を引き出してくれる武器だよ!」


 白竜の剣は特殊効果付きの魔法剣だ。

 力、スピード、魔法。

 全ての戦闘能力が、使い手の潜在能力に応じて増加するAクラスの武器。ちなみに青銅の剣はEクラス。

 使い手が潜在的に持っている能力が強ければ強いほど力を発揮する白竜の剣は、店で買えるモノとしては最強の武器になる。


「すごい……! 力があふれてくるわ! ……勝てる!」


「させるか!」

 

 まずいと思ったのか男は一気に勝負をつけにきた。

 渾身の斬撃を見切ったリリアさんが跳躍した。残像すら残るほどの反射神経だった。男の頭に手を置いてひらりと宙返りし、背後に降り立って柄頭で男の後頭部を打つ。

 まさに、電光石火。

 一瞬で勝負が決まった。

 さすが勇者だ。素晴らしい潜在能力。

 静かに倒れる男の後ろで、リリアさんはスッと体勢を直す。

 野次馬から歓声と拍手が沸き起こる中、彼女は剣を掲げ、じっと眺めた。


「……リリアさん。おめでとう。君の勝ちだ。すごく強かったね」


「ううん。この剣が凄かったのよ。……ここでこんな武器が売られているなんて知らなかったわ。ノースはどうやって入手したの?」


「金の力さ」


 正直に言うとリリアさんはふふっと笑った。

 ものすごく可愛い。

 見とれているとリリアさんは「あ、そうだ。返さないとね。ありがとう。助かったわ」と、剣を俺に返そうとしてきた。


「いや、いいよ。君にあげる」


「そういう訳にはいかないでしょう。きっとすごく高かったと思うの。なんの謂れもないのに貰えないわ」


「俺が持ってても使えないんだよ」


「使えるようになればいいじゃない。簡単よ」


「君にとってはそうかもしれないけど」

 

 俺とリリアさんが剣の押し付け合いをして俺が剣を抱える番になった時、ふと、後ろから「ちょっと……!」と、シエルの声がした。

 あ、いけね。シエルの事忘れてた。

 振り返ると怒りの滲む表情で立つシエルがいて、ぐいと詰め寄りリリアさんの胸倉を掴む。

 

「ど、どうしたの? そんなに怖い顔して……」


「どうしたもこうしたもないわよ! リリア。あんた、私の旅の目的知ってるわよね!?」


 ぐっ、とリリアさんの表情がこわばった。


「知ってるけど……あんな怪しい人の言う事を信じちゃダメだと思うの……」


「確かに怪しかったけど! でもそれが何よ! あいつは治療法が無い病気を治してくれるって言ったの! それをアンタは……」


 紫色の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 ――そうだよな。

 君は悩んでいたんだ。妹を助けたくて必死なんだよな。

 

 返す言葉もなく俯くリリアさんの横で、俺は白衣のポケットに手を入れた。

 指先くらいのサイズの小さな遮光瓶を取り出し、シエルの目の前に差し出す。


「……何よ」


 じろりと睨まれた。俺は説明する。

 

「これが石化病の治療薬だ。試験段階ではあるけど……きっと治る」


 シエルの目が見開かれた。

 リリアさんの胸倉を離し、震える手でバイアルに手を伸ばして来る。


「う……そ。だって薬は存在しないって聞いて……」


「まぁな。でもほら、見て分かる通り、俺って研究職だからさ……。開発はしてたんだ。市場には出回ってないだけで、ある事はある。……はい、これ。君にあげるよ」


 シエルの手に押し付けると、彼女は信じられないといった表情でバイアルと俺を交互に見た。


「どうして……」


「別に深い理由はないよ。じゃ、俺はこれで失礼する」


 なんだか照れくさい。

 そそくさと退散しようとした時、横で見ていたリリアさんがぱっと顔を上げたかと思うと「危ない!」と叫んで俺とシエルを突き飛ばした。

 突き飛ばされて倒れ込む最中の俺の目が、スローモーションみたいに大振りの太刀が振るわれるさまと、それを背中にまともに受け顔を歪ませるリリアさんの姿を捉える。

 地面に倒れ込み、したたかに打った背中の痛みをこらえて目を開いた。

 どさ、とリリアさんが倒れる。

 うつ伏せに倒れた彼女の体の下に、じわりと血だまりが広がっていく。


「……あの程度の攻撃で……俺を倒せると思うな」


 太刀を構え、フードを外した男が肩で息をしながら呟いた。

 俺の頭の中が真っ白になる。


「り、リリア……! ちょっと、大丈夫!? 目を開けて!」


 シエルが取り乱した様子でリリアさんの肩を揺らした。


「シエル! だめだ! 揺らすな! 回復薬は……ポーションはあるか!?」


「すすす少し、あるけど!! でも下級ポーションしかないの! こんな深い傷、治せるかどうか分からない!」


 ああ、そうだったな。

 君たちの旅はまだ序盤なんだ。武器も回復薬もお金も、まだまだ駆け出しのものでしかない。

 

 俺は再び懐に手を入れて、残りの金貨をありったけシエルに向かって放り投げた。


「そいつで街中の店から回復薬を集めて来い! 早く!」


 シエルは戸惑いながらも頷き、金貨を拾い集めて走り出した。

 男はそれをさして興味なさげに見送り、俺に向き直る。

 初めて見た男の顔はどことなく猿に似ていて、孤独をこじらせてしまうのも分かる気がした。

 

「なぁ、学者さんよぉ……。俺はアンタを見込んでいるんだ。俺と一緒に皇帝の下につかないか? きっと楽しいぞ。そこの女よりずっと発育の良い女を毎日のように抱ける」


 なにそれ。

 お前、その顔でそんな生活送ってるの!?

 ……許せん!!


「断ると言っただろう! だいいち、俺はリリアさんが好きなんだ! 他の女になんか興味あるか! ……リリアさんをこんな目に遭わせたお前を……俺は許さない」


 男はフッと笑った。


「そりゃあ残念だ。……では死ね」


 気迫、とでも言うべきものだろうか。

 男が動く前に風を感じて俺は咄嗟に白竜の剣を抜いた。力の奔流を感じた。

 こちらに向かって来る男の動きがやけにはっきりと見える。

 ――勝てる。

 そう思った。


 俺の闘志に反応した白竜の剣が眩い輝きを放つ。

 リリアさんが握った時よりももっと強い光だ。

 俺は迫りくる男の太刀を弾き飛ばし、その剣の勢いと重さを利用する形で回転切りを放った。

 ――剣の特殊効果だ。潜在能力を解き放つ、白竜の剣の輝く力。


 


――――


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