悪役モブに転生した。生き方を改めたら女勇者がデレた。勇者パーティは今、俺の取り合いで分裂中らしい。

@panmimi60en

1.リリアさん

 訪ねてきた女に見覚えがある。


 そう思った瞬間、前世の記憶が洪水のようにあふれ出してきた。


 そうだ、ここは『グロリアス・ラグーン』の世界。

 俺――ゲームの中に転生してたんだ。

 

 『グロリアス・ラグーン』とは前世で遊んでいた西洋風の王道ファンタジーRPGの事。

 主人公は水色の髪の女の子で、まさに主人公といった感じでオールマイティなステータスを持つとても可愛い顔の子だった。

 その子が今、目の前にいる。

 俺が注射器を持って今まさに腕に刺そうとしているのを、ドン引きした顔で見つめている。

 

 今生の俺はとある帝国の地方都市で魔学の発展に心血を注いでいる研究者ノース・グライド。28歳。

 ちょっと――いや、かなり研究にのめり込んでいて、寝食を忘れるくらいのことは日常茶飯事だった。

 ちなみに今進めているのは魔物の体の一部を人間に合成して強化人間を作れないかという研究。

 自分の腕に魔物から抽出した成分を注射しようとしていたところに勇者――リリアが訪ねてきたのが今の流れだ。

 

 おいおい、俺、どんなマッドサイエンティストだよ。

 前世を思い出した今となっちゃ自分にドン引きだ。

 目の前にいる勇者リリア――いや、リリアさんと呼ぼう。リリアさんと俺、今同じ気持ち。……あれっ、ちょっと嬉しい。


「何をしているの……?」

 

 可憐な声。

 ゲームで聞いたまんまの声だ。

 俺は内心感動に打ち震えながら答える。

 

「……えーと……研究?」


 疑問形で返してしまった。

 だって俺も自分が信じられないよ。

 これはやっちゃいけない事なんだ。俺、知ってる。

 俺ノース・グライドはゲームの中では名ありモブといったポジションで、のちに世界征服を企む皇帝にこの研究を利用され、兵器として自ら喜んで人体改造を施され勇者リリアの故郷の村を焼きに行くといういわば頭のおかしい中ボスだった。

 モブと言ってもそれなりに重要なポジションを占める中ボスだが、勇者の倒すべき真の敵はあくまでも皇帝。

 利用されただけの俺は小物中の小物で、俺の過去などについては回想で徐々に狂っていく過程を見せられるのみだった。

 狂う前にこうしてリリアさんと出会っていたなんて、そんなイベントがあった記憶はないが……目の前には確かにリリアさんがいる。

 さて。これはどういう事だろう。

 

 ――ああ、思い出した。

 

 俺、今朝、研究所の門の鍵を閉め忘れてたわ。


 ゲームの記憶を引っ張り出すと、確かにノース・グライド(狂う前)と勇者一行にはニアミスしている場面があった。

 勇者リリアは小国の村出身で、序盤から中盤にかけて山の向こうにある帝国の都に向かう旅をするのだが、その途中で研究所のあるこの地方都市に立ち寄るのだ。

 その時はまだ研究所には鍵が掛かっていて入ることは出来ないようになっていた。まぁ、もちろん後で勇者たちに潰されるのだが。

 プレイヤーとしての俺はクリア後の周回プレイで研究所の前に立ち(今! ここで! あのザコを潰しておけば!! 村を焼かれずに済んだものを!!)と歯噛みしたものだが、まさかそのザコ(俺)が鍵を閉め忘れたとは。

 おかげで入れないはずの時期に勇者が入ってきてしまったではないか。

 どうすんだ、これ。


 リリアさんは(うわぁ)という感情を隠しもせずに顔をしかめた。

 

「研究? 自分の体で? それ、やめた方が良いと思うわ……」

 

「そうだな……。うん、やめる」


 俺はスッと注射器を下ろした。

 ああ、なんだかここでゲームのストーリーが大幅に変わった気がする……。

 まぁ、俺がゲームに従う義理は無いし。別にいいだろ。

 

 心なしかホッとした表情を浮かべるリリアさんは、明らかに不穏な研究をしているとしか思えない培養液(魔物入り)のポッドに手を当てて覗き込んだ。

 

「これ……何? 魔物……が入ってるけど」


「な、なんだろうねぇ。ハハ……ペットかな」


 そんな訳あるか、と内心自分で突っ込むがリリアさんはなんと納得してしまったようだ。

 頷き、「魔物を人間の友達にするってこと……? いいわね。素敵。驚きの研究所だわ」と呟いている。

 なんだそれ。俺が驚きだよ。注射器を持った男を前にどう好意的な解釈をしたらそうなるんだ。

 

 しかし、それでこそ俺が好きだったリリアさんだな、とも思う。

 ゲームの主人公としてのリリアさんは素直でお人好しで正義感が強くて、仲間の裏切りにも折れず、のちにピンチに陥った裏切り者を助けに行く(結局助からなかったが)ほどの漢だった。

 あの勇者リリアそのままの言動に感動しつつ、俺はこの街で起きるイベントを思い起こしてみる。

 確かここでは……初の都会に浮かれたパーティの仲間達は宿を取った後それぞれ単独行動をする事になったのだが(興味のある分野が全員違うため)、そのうちの一人が夜になっても宿に戻って来ず――探しに行こうとした時ようやく彼女のベッドの中から『ここからは一人で行きます。さよなら』と書かれた置き手紙が発見されるという悲しい離別イベントがあった。


 ……って。

 おいおいおいおい。

 裏切る仲間の離脱ポイント、ここじゃねぇか!!

 

 その裏切り者はシーフ(盗賊)の女の子で、シエルって名前だった。

 難病に倒れた幼い妹を助けるための方法を求め、帝国に向かって旅をするリリアさんに同行するというキャラ。

 彼女はこの地方都市で自由行動をしている最中、怪しい男に呼び止められ『治療に協力してやろう。その代わり、俺達に手を貸せ』とそそのかされていたのだ。

 その怪しい男は皇帝の手下で、間近に迫った侵攻の時のため捨て駒に出来る人間を探していた。

 元から目を付けられていたシーフは男の手下となり、のちに俺の開発した薬で体の大部分を魔物化され、侵攻の駒として使われて――元の面影の残る顔で、勇者リリアに向かって『ごめんな、さい……。わたしを……コロシテ……』と、一筋の涙と共に訴えかけるのだ。

 辛いシーンだった。

 

 ……仲間の裏切りと死で曇らされたリリアさんなんて。

 見たいけど見たくないな!

 

 ちなみに序盤から中盤においてはまだ帝国とリリアさんは敵対関係になく、リリアさんの今の旅の目的はただ村に起きたとある異変を帝国にある図書館にいる父親(村長)に知らせるという、おつかい道中だった。

 帝国と明確に敵対するのは俺が彼女の村を焼いた後だ。

 つまり、今はまだ絶望や挫折を味わっていない純粋100%なリリアさんという事になる。


 まだ間に合うんじゃないか!?

 シエルが街を出るまでまだ時間があるはずだ。

 ……よし!


「リリアさん!」


「えっ!? なんで私の名前を知って……」


「君の仲間に“シエル”っていう女の子がいるだろう!?」


「なんで知ってるの!?」


「そんな事はいい! シエルを探せ! 今、すぐに! でないと近い将来、君は彼女を殺す事になるぞ!」


 するとリリアさんの表情が変わった。

 可愛い女の子から勇者の表情になったのだ。

 出会ったばかり――、知り合いですらない俺の言葉を信じる義理なんてどこにもないのに、瞬時に受け止め、走り出す。

 さすが勇者だ。

 決断力というのか、天運というのか。

 肝心なところでは決して間違えない勘の良さを持っている、と。そう感じた。


 俺はリリアさんが出て行った後、部下を全員俺のラボに呼び出して「ASAP! 今すぐに“石化病”の治療薬を作れ!!」と命令した。

 シエルの妹の病気はこれ。石化病だ。

 数年かけて少しずつ体が石になっていくという、十万人に一人の確率で発症する病。

 治療薬は表向き存在しない事になっているが――ここをどこだと思っている? マッドサイエンティスト・ノース様の研究所だぞ。

 石化病の治療くらい試験的には何度か成功している。

 患者が少ないから金にならなくて中断していたが、今こそ役に立つ時だ。

 

 ……実は俺、ここでは結構偉いんだ。お恥ずかしい事に。

 イキった俺の命令を耳にした部下たちは一斉にざわついた。

 

「ノース様がまともな調薬を命じただと……!?」


「何が起きたんだ!?」


「天変地異の前触れじゃないか!?」


「うるさいな! 早く取り掛かれ!」


 どうやら日頃の行いが悪すぎたらしい。

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