弱すぎるよ
ばちり、と破裂音のようななにかが聞こえてソフィーは足を止めた。
目の前にあるのは見慣れた白い噴水、の残骸。庭に咲いた色とりどりの花からは焦げた臭いがして、屋敷の一部の外壁が剥がれ落ちていた。
「さァ、ボクが次のエースだ」
屋敷の上空には紺色の外套を纏った小柄な青年が浮かんでいた。その視線の先には左腕から血を流したルゼルが膝をついている。
「ルゼルさまっ!」
「ソフィー、来ないで」
「っ!」
いやな予感が的中した。
ルゼルは出会って数日したときに、自身の居場所は魔法で気配を消していると言っていた。住所もトップシークレット。一部の者しか彼の住所を知らず、簡単に屋敷に近づけないように魔法で結界を張っているとも言っていたのだ。
だからもしルゼルに会いたいと思っている魔法使いがいたとしても、そう簡単にルゼルの屋敷を見つけることはできない。
しかしそこにイレギュラーな事件が発生し、変身魔法をかけられた人たちが簡単に屋敷に来れるようにルゼル自ら結界を外したとしたら。
そこには魔法を解いと助けを求めにくる人以外にも、悪意を持った魔法使いも入り込めるようになる。
そうだ、つまり今回の行方不明者多発事件はルゼルの懐に入り込むためのものだったのだ。
「ルゼル、さま」
ルゼルの屋敷がこの森の中にあるとわかったのは噂が流れたから。それはソフィーが魔法で姿を変えられた人々を助けたいという気持ちにルゼルが賛同してくれたから。
自分のせいなのかもしれない。今回の事件がルゼルの居場所を見つけて、侵入するための罠だとソフィーは気がつけず、魔法使いはまんまとルゼルの屋敷に乗り込むことに成功した。
そのせいでルゼルは今、怪我をしてしまっている。
きっと屋敷の中にいる人たちを守ろうと、そちらに優先的に力を使っているのだろう。だからルゼル自身を守る力が薄くなって、攻撃を受けた。
ソフィーはルゼルに近寄るなと言われてしまった。実際、助けようと近寄ったところで魔法を使えないソフィーは足手まといにしかならないだろう。
「ご、ごめんなさ」
ソフィーの震えた口から謝罪の言葉が漏れる。
変身魔法で姿を変えられてしまった人を助けられたのはルゼルの魔法のおかげだ。しかしどこかでソフィーはこれを自分の功績と勘違いしてしまっている節があったのかもしれない。
自分はこんなにも、役に立てないお荷物だというのに。
「ルゼル、さま」
なにが人の役に立ちたい、だ。こんなに無力では人を救うどころか足手纏いでしかないではないか。
後悔、反省。自分はどうするべきだったのかと必死で考えるが、過ぎたことをなんとかしようなんて魔法ですらできないことなのだから無駄な行為だ。
「私、は……」
うさぎの姿でなにができる。人の姿でもなにもできないのに。
ソフィーは家事のスキルがある程度。使用人としては悪くない出来だと思うが、魔法使いには到底敵わない。
「大丈夫、すぐに終わらせる」
自身の無力さに潤む瞳。
それを知ってか知らずかルゼルはそう言って立ち上がると片手を上空に向けた。
「きみ、私に挑むには少し弱すぎるよ」
閃光。ルゼルの手元から光のようなものが飛び出し、上空にいる魔法使いに向かう。
「うわッ」
魔法使いはすんでのところで避けたようだが、跨っていた箒の端がちりじりに焦げている。
「こわッ」
分が悪いと察したのか魔法使いは方向転換して屋敷から離れようと移動を開始した――
「ぐわァッ!」
しかし箒は急に左右に揺れて、乗っていた魔法使いは箒から滑り落ちると森の中に消えていった。
「え」
そこそこの高さから落ちたのだ。途中で木に引っかかっていたら大丈夫だろうが、打ちどころが悪いと骨折しているだろう。
急な展開に驚くソフィーの横を風が横切った。
「……いや」
風ではない。かすかに残る香り。一瞬だけ見えた薄い青色の髪。先程の風はルゼルが横切ったものだろう。証拠に先程までルゼルが立っていた場所には誰もいない。
「わ、私は……屋敷の人たちの様子を見ます!」
魔法使い同士の戦いにソフィーは足手まといだ。それくらい理解している。だからソフィーはルゼルのあとを追わずに屋敷の中に駆け込んだ。
客室に入ると横たわる三人と、それを診ている医師が困惑した顔でどうしたものかと部屋でおとなしく待機していた。
「ソフィーさま、ですよね? これはどういった状況なのでしょうか? 突然ルゼルさまにしばらく部屋から出ないように警告されまして、その指示に従っていたところ爆音が何度も聞こえてきたんです。まぁ、揺れなどはなかったので気にするべきではないのかと判断しましたが……」
困惑しながらも落ち着いた雰囲気の医師は部屋の現状を説明してくれた。
外から見たときは一部の外壁が剥がれていたが、どうやら屋敷の中はまったく被害を受けていないらしい。
やはりルゼルがこちらの守備に力を入れてくれていたのだろう。怪我人はおろか、物が倒れている気配すらない。
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