閑話1 魔王アルマール

 北に位置する魔族領、そこは魔族たちが住まう町があり、都市があり、そして魔王が住まう城がある。


「各将軍の方々、魔王アルマール様がお見えです。跪きなさい」


 魔王の間にて、一人の少女が冷たい声で言い放った。その言葉に7人の将軍が従い、跪ついた。


 視界に入る将軍全員が跪つくと、少女もまた玉座に向いて跪つく。


 すると、扉が開く音が聞こえ、後ろからコンコンっと足音が聞こえてくる。その足音は徐々に近づき、玉座へと向かっていく。


 そして。


「みな、面を上げよ」


 そのかわいらしさの中に確かな王の風格を感じ取れる声とともに、将軍たちが頭を上げた。


「よく集まってくれた、わが将軍たち。全員が集まるのは何年振りなのかな?」


「ちょうど、50年ぶりです」


「そうか…………案外、早かったな」


 血に染まる赤い瞳に、腰まで伸びる赤髪に、背が小さいながらもその美貌と王の風格が空気を重くする。


 彼女は魔王アルマール。魔族領を統治する七代目の魔王だ。


「それでだ、今回集まってもらったのは、ほかでもない。数日前、勇者と思しき魔力を感知した。何か心当たりは?」


 その声に一人の男が立ち上がった。


「第3軍将軍!ガルルド!心当たりがございますっ!!」


「ほほ?」


「すでに前日調査をしたところ、アルゼーノン帝国の大都市セイカにある王城で確認しました。さらにその魔力が勇者出ないことも分かっておりますっ!」


「アルゼーノン帝国…………あの皇帝か。ガルルド、勇者ではないと断言した根拠はなんだ?」


「はぁ!後でご報告するおつもりでしたが、我々、第3軍は勇者を発見したことを報告いたします!」


 その言葉にほかの将軍たちがざわめいた。


「それは本当なのか!ガルルド!!」


「噓じゃないんでしょうね?噓だったら、その首くれる?」


「勇者が見つかった…………喜ばしい」


「まさか、私の代で勇者が見つけるなんて…………運命にほかありません!」


 各将軍がざわめていると、魔王アルマールが「ふん」と声を上げると、将軍が全員が口を閉じた。


「それは事実なのか?」


「間違いありません。新しい報告によると、現在、アルゼーノン帝国の大都市セイカに滞在しており、そこで修業をしているようです!」


「何かとアルゼーノン帝国はトラブルの倉庫だな…………となると、一体、我が感知した魔力が何だったのか」


「数日前、シリグアム皇帝が密談をしていたことが分かっておりますっ!」


「密談?一体、誰と…………」


「最近、名が広がりつつあるラプラスという組織のボスです!」


「ラプラス?あ…………最近、魔族領に貿易を持ち掛けてきたあれか…………」


 ラプラス、各国で話を持ち掛け、着々と成長している組織。まだ、腹が読めず探り途中であったが、まさか…………いやこれは偶然か?


 魔王アルマールは考えた。ラプラスという組織が今どれほど危険なのかを。


 我からしてみれば、人類の組織などそこら辺にある石ころと同じ程度だ。だが、その程度で認識していていいのかと、ふと疑問に思ったのだ。


 ラプラスの目的、意図、そしてどうして魔族領にまで手を伸ばしたのか。


 わからん、一体、ラプラスのボスは何を考えている?


「報告に感謝するぞ、ガルルド」


「はぁ!魔王様の力になれて光栄でありますっ!」


「ほかの将軍は何かあるか?」


 その問いかけに誰も答えない。


 これ以上の情報はないか。


「ふん、ないか。ならここまでだ。各自に新たな任務を与える。ラプラスの調査と…………ボスの正体を探れ…………命を懸けてな」


「「はぁ!!」」


 頭を下げ、跪つきながらそう言った。


 将軍が去ったあと、一人だけ第1軍将軍アダムだけがその場に残った。


「魔王の座について100年…………ついに動き出したか」


「心配ですか?」


「アダム…………我に心配という感情はない。その感情はとうの昔に捨てた。だが、胸騒ぎが収まらん」


「魔王様の胸騒ぎがほぼ確実に当たります。命令さえしてくだされば、ラプラスという組織を消しますが?」


「やめておけ…………殺されるぞ?」


「?」


「我が…………いや私が感知したあの魔力は間違いなく勇者もしくは私に匹敵する。つまり、勝てるのは私か勇者だけだ」


「それほどなのですか?」


「ああ…………間違いない」


 勇者と私以外にあれほどの魔力を保持できるなんて、まぁ心当たりはある。だけど…………もしそうだとしたら、私は。


「アダム」


「はい」


「しばらく、君が魔王代理だ」


「え」


「私は少し魔族領を離れる。その間は頼んだ」


「魔王様…………とか言って仕事から逃げるつもりですよね?」


「私は真剣に言っているんだ!」


「1週間前でしたか、仕事を投げて、アキバに行ったのは、どこの誰でしたっけ?」


「…………ごほん、アダム。君にしかたのめーーーーーー」


「しらばっくれないでくださいますかね?魔王様!」


「物わかりの悪い子だな、アダム。私は、大都市セイカであるおいしいスイーツ!ウルトラスペシャルパフェ!食べたいんだ!」


「だめですっ!せめて、仕事をすべて終わらせてからにしてくださいっ!」


「無理に決まってるよ、仕事は朝までかかるし、終わったと思ったら、追加で仕事がくるし、無理っ!」


「無理じゃありませんっ!」


 魔王アルマール、彼女は美貌も王の風格も強さを兼ね備えた魔王。魔族を統べる者だが、その裏の顔は仕事が大っ嫌いな、見た目年齢らしいキャラなのだ。


「どうして、こうも仕事ばっかり、なに?私を過労死させたいの!また私を仕事という地獄に陥れる気なの!」


「前世の時よりはマシでしょ?」


「マシじゃない!全然マシじゃないよ!!むしろ、社畜だったころのほうがまだマシだった!」


 そう魔王アルマール、実は転生者なのである。


 そして、この第1軍将軍アダムも転生者なのだ。


「はぁ…………本当に50年経っても何も変わりませんね、魔王様は」


「私は変わらないよ。これからも、この後もね。それに、私はいずれきたる時のために、力を温存しないといけない」


 そういずれきたる勇者との戦いのため。そして、私は勇者に勝って第二の人生を謳歌するんだ。


 そう150年前から決めているんだ。


「魔王様の気持ちはわかります。ですが、私たちは前世の時とは違う。私たちは今、魔族領に住む全員の命を預かっているんです。わかりますよね?」


「それぐらいわかってるよ。だから交渉とか会談はちゃんとやっているだろ?私はただあの山積みされた書類の山を見たくないだけなんだ」


「…………わかりました。私がやりますよ」


「本当!?やっぱり、優しいな、アダムは。昔と変わらず、というわけでわたしはこれで!」


「ちょっ…………魔王様!?」


 目にもとまらぬ速さで去っていった魔王アルマールの後姿を見て、ため息を漏らした。


「…………アルマール、いったい何を考えているのやら」


□■□


「なんとか、ごまかせたけど…………これでいける」


 仕事が嫌いなのは本当だが、今回に関しては逃げるというのは口実だった。


 スイーツも噓で、本当は見てみたいのだ。


 勇者と魔王に匹敵する魔力の持ち主を。


「アルゼーノン帝国内でラプラスは主に活動している。つまり、ボスもそこにいるはず」


 どれだけ精度の高い魔力操作をできても絶対に魔王の目はごまかせない。


 この魔眼が、ラプラスのボスを見極めてやるんだ。


「楽しみだな…………」


 魔王アルマールは口にはしなかったがひそかに期待していた。


 ラプラスのボスが転生者であることを。


 魔王の笑みはそこからこみあげてきた感情の表れだった。


 そのまますごいスピードでアルゼーノン帝国に向かうアルマールなのであった。 


 

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