第43話 沼の主が現る

 沼化した泉は広々く、想像以上にひどいありさまだった。


 匂いなんて最悪で、近寄りたくないとさえ思うぐらいだ。


「さてと、やるか…………」


「はい」


 俺とアルルは普通に沼に入ってく中、勇者シンとアリステラは足を止めていた。


「おい、早く入って来いよ」


「いや、その…………」


「なんというか」


 お前らは乙女かよって言いたいが、二人とも女の子だったな。


 はぁ、アルルを見習ってほしいぜ。


 とアルルの横顔を覗くと見たことないほどに青ざめていた。


 もしかして、お前も我慢しているの?


 たしかにすごく汚いけどさ、でも入らないことにはワニを討伐できないしな。


「それでも勇者と聖女かよ…………しょうがないなっ!」


 俺は沼に手を突っ込み、そして一瞬だけ、沼全体に魔力を流し込んだ。すると、ワニたちが一斉に飛び出し、こちらに気づく。


「え…………」


「い、今何をしたの!?」


「さぁ、ワニ退治だ。おまえら、武器をとれ!油断したら、ワニの餌だぞ」


 沼の中に潜んでいるのなら、魔力で刺激を与えて自ら姿を見せてもらえばいい。


 人が持つ魔力と魔物が持つ魔力は反発しあうからな。これが一番手っ取り早いんだ。


 襲い掛かってくるワニ、みんなが剣を抜き、杖を構えた。


「くぅ…………でたらめすぎる」


「勇者様!今は戦いに集中を!」


「わかっているよっ!!」


 次々とワニを倒してく中、俺は勇者シンを観察しながら、戦っていた。


 今の勇者シンの実力。ここでしっかりと見定めたい。


 切っても切っても次々とわいてくるワニに勇者シンとアリステラは息が上がり始める。


 勇者シン、剣術や魔法を両方をこなしながら、戦っているけど、まだ拙い部分がある。


 アリステラは右腕を失いながらも、身のこなし方は2年前よりも格段に上がっている。


 それに、一番驚いたのは、勇者と聖女の完璧なコンビネーションだ。


 まるで次にどう動くのわかっているかのような動きには驚かざる終えなかった。


「とはいえ、何体いるんだよ」


 すでに100体以上は倒しているはずなのに、全く減っている気配がない。


「これはちょっと異常だな」


「ルンゲ様もそう思いますか?」


「もしかしたら、この沼に何かあるのか、それともいるのか」


 これ以上、勇者と聖女に戦わせるのはきついかもしれない。ここで死なれても困るしそろそろ片を付けるか。


 そう思った時、ワニが一斉に同じ方向を向いた。


 どこを見つめているのか、俺たちもワニが向いているほうへと視線を移した。


 沼から沸々と煮え立つ音が鳴り響き、地面が揺れ、通常のワニの3倍ほどの巨体のワニが姿を見せた。


「な、なんですか!?」


「私は勇者。こんなところでつまづいてなんていられない!」


「勇者様!?」


 巨体のワニに一人で駆け抜ける勇者シン。


 飛び上がりながら剣を振り上げた。だが、ワニの装甲が固く、簡単に剣が折れた。


 その隙をついて、巨体のワニは尻尾を振りぬき、勇者シンを吹き飛ばした。


「結構強いな」


 勇者シンの一撃を防ぐほどの装甲に、膨大な魔力量。


 あの大きなワニ、もしかしたら、変異種かもしれない。


 だとしたら、厄介だぞ。


「うぅ…………私は負けない。私は、負けないっ!!」 


 剣が折れてもなお、めげず前を向くその姿は勇者そのもの。


 まるで物語の一ページを見ているようだった。


「ルンゲ様、手助けしないのですか?」


「もう少し見てみよう。…………勇者が一体何を見せてくれるのか。助けるかどうか、それを見てからだ」


 勇者シンが立ち上がると、雰囲気が少し変わった。


 その瞬間、勇者シンの魔力が解放され、荒々しくその場をかき乱した。


「す、すごい魔力」


「これが、勇者の魔力か」


 魔力量だけなら俺より上だな。


 まだ使い方がなってないけど、だけど、さすが勇者スペックってところかな。


「光の剣!!」


 光魔法、光の剣。


 魔力から光を集め、光の剣を形成する魔法。


 そして、勇者だけが使える魔法でもある。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 蔓延るワニを切り刻みながら、巨体のワニに迫り、切れなかった装甲をいともたやすく切り裂いた。


 巨体のワニは、態勢を崩しながら、尻尾で攻撃を仕掛けてくるも、軽々とよけながら、ワニの頭上を捉え、さらに追い打ちをかけた。


 ワニの苦痛の叫びをあげながら、その場で暴れまわる。


 しかし、勇者シンがとらえていたのは巨体のワニの心臓だった。


 一切、視線をそらさずただそこを見た。


 強く右足を踏み込み、ただ心臓を狙い定め、一気に蹴り上げようとしたとき、力が抜けるような感覚に襲われる。


「なに?」


 それと同時に光の剣が消滅した。


 魔力切れだ。


 正確には維持できなくなったのだ。


 その間に巨体のワニは大きな口を開き、襲い掛かる。


「ここまでだな…………アルル、そこで待機」


「わかりました」


 ワニの口が勇者シンを飲み込もうとしたとき、俺は勇者シンを抱えながら、魔法を唱える。


「ヘル・ファイヤー」


 指先から灼熱の炎が放たれ、巨体のワニは悲鳴を上げながら、後退した。


「大丈夫か?」


「た、助けてなんて言ってない!」


「…………素直にありがとう、ぐらい言えんのかよ」


「うぅ…………」


「勇者様、あんまり無茶をしないでくださいっ!」


「ご、ごめんなさい」


 急いで駆け寄るアリステラとしゅんっと小さくなる勇者シン。


 俺はアリステラに勇者シンを預け、巨体のワニのほうへと体を向けた。


「そんじゃあ、あとは俺に任せな」


 巨体のワニ。変異種と思われるその力や魔力量はミノタウロスほどではない。


 それに攻撃パターンがワンパターンだし、よけやすいし対策もしやすい。


「…………少しだけ、本気を見せてやる」


 魔力を解放し、自身の魔力を剣に奔流させる。


「す、すごい魔力量」


「くぅ…………認めたくないけど、強い」


 勇者シンや聖女アリステラは俺の魔力量にすぐに気づいた。


 魔力を使っての戦闘はミノタウロス以来だけど、負ける自信はない。


「ただ剣は添えるだけ」


 巨体のワニが鋭い牙を向けて迫ってくる中、俺は一歩も動かず、ただ構えていた。


 そして、次の瞬間には、一筋の光とともに、巨体のワニを切り裂いた。


「一撃で、あのワニを…………」


「ふぅ…………どうだった?俺の剣は?」


 と俺は勇者シンに目線を合わせてそう言った。


「…………はぁ!?べ、別にな、なんとも思わなかったけど?」


「本当かな?」


「本当だしっ!」


 不機嫌そうに目線をそらする勇者シン。


 勇者シンもまだまだ子供だなと思った。


「さてと、残りのワニを倒して終わらせようか」


 こうして、残りのワニを討伐し、無事に依頼を完了するのであった。

 

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