第10話 ミストン・アルヘディの寿命、あと1週間

 宿に戻ると、アルルがノータをベットに寝かせ、俺はすぐに、ミストン・アルヘディの容態を確認した。


「かなり、やばいな」


 状態は最悪と言っていいほどだ。


 顔はやつれ、長期、食事をとっていないことが瘦せこけ体を見ればわかる。


 運がいいことといえば、体がぼろぼろの割には不思議なほど免疫があるということだ。


 普通の人なら絶対に死んでいる。


 ノータの母親だからなのかもな。


「とりあえず、魔力の流れでも確認するか」


 ミストンさんの右手に触れた。


 薬づけで魔力のほとんどがとどこおっている。


 それに、彼女にはもうほとんど魔力が残っていなかった。


 本来、魔力は自然に回復するはずだ。なのに、なぜか、ほとんど魔力がない。


 もしかして、持病じびょう持ちか?


「ふぅ、とりあえず、応急処置だけでも」


 とりあえず、応急処置として、自身の魔力を流し、滞っていた魔力に息を吹かけた。


 これはアルルの兄、シンゲツ・エルザーに施した治療方法とほぼ同じだ。


 これをすることで、とどこおっていた魔力の治療に加え、薬物を除去することもできる。


 まさしく、一石二鳥いっせきにちょうというやつだ。


 マジで、この治療法楽だな。


 魔力は徐々に循環し、少しだけ顔色がよくなっていく。


「これで、ひとまず、応急処置はオッケーだな」


 これですぐに死ぬことはない。


 ふぅ~と一休みすると、後ろから人影が写り込む。


「ご主人様」


「アルルか、どうした?」


「ノータちゃんをベットに寝かせたのですが…………そのノータちゃんのお母さんは助かるのですか?」


 心配な様子で顔を出すアルル。


 アルルには大切な兄がいて、その兄は一度、命の危機に瀕していた。


 それ故に家族を失いかける気持ちは一番理解できるからこその不安。


「…………何とも言えないな。ひとまず、応急処置はしたし。薬に侵されていた体もほぼ完治させた。ただ、ここまで衰弱すいじゃくしている原因は別にある」


「別に?」


「ああ、だが、それに関しては直接本人に聞く必要がある」


 持病もちなら、治療はかなり難しい。


 なぜなら俺が知っている治療方法は原作で出ているところしか知らないからだ。


 もし、原作で登場していない病気が出てきたら、治療はかなり難しい。


 心配そうにずっともじもじとしながらミストンさんを気に掛けるアルルの姿。


「アルル、お前はミストンさんを看病しろ。目覚めたら、すぐに俺を呼べ、いいな」


「わかりました」


 俺は後ろへ振り返り、立ち去ろうとすると。


「ま、待ってください」


「んっ!?」


 聞き覚えのない声。


 振り返ると、ミストン・アルヘディが目を覚ましていた。



□■□


 ノータの母親、ミストンさんの隣にある椅子いすに座った。


「こうして助けてくださったこと、ありがとうございます」


「いえ、自分のためにやったことなので、しかし、早い目覚めでしたね。治療したばかりなのですが」


 こんなに目覚めるのが早いなんて、どうなっているんだ?


 普通なら1日はかかるはずなのに。


「こう見えても、元魔法使いですから、体が勝手に自己治癒してしまうんですよ」


 ノータの母親、ミストン・アルヘディが元魔法使い!?


 普通に知らなかった。


 てことは、ノータが魔法を使えたのも、母親の教育のおかげなのか。


それなら理解できる。


「その、ノータは元気ですか?私のせいできっとたくさんの苦労を掛けたと思うんです」


「安心してください。今は疲れて眠ってしまっていますが、元気ですよ。それに一つ、うれしいお知らせとして、あなたを苦しめていたバエルのボスは死にました。もうあなたたち家族に危害を加える人はいません。なので、安心してください」


「そうですか、それはよかった。げほっ!げほっ!」


「大丈夫ですか?アルル、ミストンさんに水を」


「わ、わかりましたっ!」


「すいません…………」


 喋れるほどには元気になっている。


 ただ、もう魔力がないといっていいほど、ミストンさんから魔力を感じられない。


 おそらく、自己治癒で魔力を使い切ったんだ。


 だけど、それでも説明がつかないほど、いまだに魔力回復のきざしが見えない。


「一つ、質問してもよろしいですか?」


「なんでしょうか?」


「…………もしかすると、持病をお持ちですか?応急処置をした際、ほとんど魔力が感じられませんでしたので」


 すると、ミストンさんは少し暗めな表情を浮かべながらしゃべり始めた。


「なるほど、あなたはいい目を持っているのですね。いいでしょう、実は私、魔力漏症まりょくろうしょうわずらっているんです」


 すると、アルルが驚いた。


「魔力漏症って、魔法使いにとって悪魔病と呼ばれている病気ですよ、ご主人様!!」


「そんなことは知っている」


 魔力漏症、魔力を内でためることができず、漏れ続けることからそう名付けられた難病だ。


 しかも、この病気の恐ろしいところは魔力がなくなると次は生命力を魔力にしてしまうことだ。


 その魔力も、また漏れ出てしまうため、かかった人は数年で死んでしまう。


 だから、こんなにも衰弱すいじゃくしていたのか。


「この病気のせいで、私は魔法使いを引退しました。こう見えても昔はかなり有名な魔法使いだったですけどね…………」


 少し暗めな表情を浮かべる。


「そうだったんですか」


 どうなっているんだよっ!


 ミストンさんは元魔法使いで、持病もち、こんだけ設定が練りこまれていたら、普通原作にも書くだろっ!


 っと心の中で叫んだ。


「もう一つ質問なんですが、どうして、バエルなんかとかかわったんですか?」


 聞く感じ、とてもバエルと関わるような人には見えない。


 そもそも、バエルにさえかかわらなければ、二人で幸せに暮らせたはず。


 なのに、なぜバエルとかかわるようになったのか、言うなればそれがすべての元凶だ。


「当時はお金もなく、とにかくノータに生きてもらいたい一心でした。ですから、その時の私は冷静ではいられなかった。バエルのボスから提案を受け、私はバエルの魔法使いとして尽力じんりょくし、お金をもらっていました。だけど、それは長くは続きません。持病が悪化し、魔法使いとして利用できなくなると、今度は娘に手を出し、止める力のなかった私は見ているしか…………うぅ」


「落ち着てください」


 胸を押さえながら、苦しみ始めるミストンさん。


「すいません、大丈夫です。…………だから、正直、少し怖いんです、ノータに会うのが、私のせいで苦しめてしまった、きっと恨んでいるんじゃないかって」


 生活のために持病を持ちながら、頑張った結果、ノータを逆に苦しめてしまった。


 その罪悪感が、ミストン・アルヘディの心を支配している。


 なら、俺が投げかける言葉は。


「大丈夫ですよ。俺から見ておもったことですけど、ノータはお母さんのことが大好きだと思います。なにせ、ノータはお母さんのために、苦しみながらも頑張っていましたから」


「本当に、お優しい、ありがとうございます。あなたはもう気づいているかもしれませんが、私はもう長くありませんもってあと1週間程でしょうか」


 やっぱり、自分の体の状態に気づいていたか。


 たたでさえ、魔力漏症はかかれば数年で死ぬといわれている。


 むしろ、ここまで生きていることが奇跡に近い。


「ノータはまだ小さい、母親の死はきっと重りになるでしょう」


「そうですね。そこで、一つ頼みたいことがあるんです。聞いてくれますか?」


「もちろんです」


「どうか、ノータのことを雇ってくれませんか?」


「んっ!?」


「見えればわかります。あなたはかなり裕福に育った貴族様なのでしょう。なのに、自分におごらず、人のためのその力を使っている。そんなあなたなら娘を預けられる」


「あなたは俺のことをよく知らない。俺はライン・シノケスハット。シノケスハット家の長男、あなたなら聞いてことがあるはずです。俺の悪い噂を」


「ふふふ、面白いことをいうのですね。たしかに聞いたことはあります。しかし、噂はうわさ、私は今、目の前にいるあなたを信頼しているんです」


 なんて、心が広い人なんだ。


 普通にいい人すぎるだろ。ああ、こういう人だけの世界とかできないかな。


 ってこんなことを考えている場合じゃないな。


「はぁ、わかりました。ただし、ノータの意見を尊重させてもらいます。無理強いはさせたくないので」


「それで構いません、げほっ!げほっ!」


「大丈夫ですか?お水をどうぞ」


「ありがとうございます、美しいメイドさん」


「えへへ、ほめても何も出ないですよ」


「ひとまず、今日はお休みください」


「ええ、そうさせてもらいます」


 ミストン・アルヘディが眠った後、俺とアルルは外に出た。


□■□


 宿の入り口の前付近。


「ご主人様、本当に助からないのですか?」


「無理だな」


「そ、そんな…………」


「とにかく、俺たちがやることは一つ、残りの1週間を悔いのないように過ごしてもらうことだけだ」


「そうですね。二人のために私、頑張りますっ!!」


「頑張りすぎるなよ」


「頑張りすぎるぐらいがいいんですよ。あと、丁寧な言葉遣いのご主人様は気持ち悪かったですっ!」


「はぁ!?」


 急な話が変わったことに声をあげてしまった。


「なんだか、別人みたいでした」


「あれは、失礼のないようにしただけだ。お前だって初対面の人相手には口調が変わるだろ?」


「私は基本、ご主人様ほど口が悪くないので」


「…………俺は別に口悪くないだろ」


「本当に思ってます?」


「…………もう寝ろっ!夜も遅いし、明日もやることがたくさんあるんだからなっ!!」


「ええ~~~~」


 アルルがルンルンに宿の中に入ってく中、俺は途中で足を止めた。


「盗み聞きは感心しないぞ、ノータ」


 ノータは物陰が恐る恐る姿を見せる。


「全部、聞いていたのか?」


「うん。ねぇ、本当にお母さんは助からないの?」


「そうだ。助からない」


 下をうつむくその姿は悲しさに満ち溢れていた。


「お前の母親は優秀だな。常にノータのことを考えて行動している。きっと、最後までお前のために頑張るだろう。お前はそれでいいのか?」


「いやだ」


「なら、どうする?」


「お母さんのために、できることがしたい…………ですっ!」


「そうか、なら手伝ってもらうからな」


「はいっ!!」


 思ったより、悲しんでいなかった。


 むしろ、ノータは前を向いていた。


 もしかしたら、わかっていたのかもしれないな。


「それなら、さっさと寝ろ」


「あ、あの…………」


「なんだ?」


「名前、教えてくださいっ!」


「ああ、別にいいぞ。ライン・シノケスハットだ。普通にラインでいい。あと、一応、同い年な」


「ライン…………うん、ラインっ!!」


「何度も言わなくていいわ」


 ほんの少しだけ笑顔を取り戻したノータ。


 彼女の人生はこれから始まる。



 しかし、俺の心の中では。


 これで、ノータの仲間入りは確実っ!


 途中から諦めていたが、まさかここで運良く展開するなんて、がんばってよかったぁぁ。


 まぁ、まだ油断はできないがな。


 とにかく、残り1週間、母親との最高の思い出を作り、その後、ノータを雇い、無事に仲間入り!!


 これで、俺の人生は安泰だっ!あ~~もしここに誰もいなかったら、高笑いしたいわっ!!


 内心、かなり喜んでいたラインだった。


ーーーーーーーーーーー

あとがき


次回からはミストンさんとノータちゃんの思い出作り編です。

4話ぐらいの想定で物語を作っていますので、気軽に読んでいただけると嬉しいです。


もし面白いっ!続きが気になると思ったら、★やフォローをしてくださると、知能がサルレベルまで下がります。


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