第4話 聖女アリステラ・リーンの訪問

 聖女、アリステラ・リーン。


 魔王討伐において欠かせない重要人物。


 腰まで伸びる黄金に輝く髪に、すべてを見通す青い瞳、その姿はまごうことなき聖女。


 正義感が強く、世話焼きでまさしく、正しき道を歩む、善人の象徴だ。


 原作ではよくライン・シノケスハットとアリステラ・リーンの性格が比較されることもあり、よく燃えていた。




「聞いてないぞ」


 突然、訪問してきたアリステラ・リーン。


 しかも、一人でだ。


 アリステラ・リーンが幼少期にシノケスハット家に訪れたなんて原作では書かれていない。


「お坊ちゃま?」


「…………お前は下がっていろ」


「あ、はいっ!!」


 別にそこまで焦ることはではないかもしれないが、問題は何しに訪れたのかだ。


「アルル」


「はい、なんでしょうか、ご主人様」


「バレないようにアリステラを監視しろ。何か些細なことでも気づいたらすぐに報告するように」


「わかりました」


 なぜ、シノケスハット家に訪れたのかわからないが、今は大人しくしよう。


 対応はお父様、お母様がするだろうし。


「はぁ、ついてないな」


 っとベットに横たわると、また扉が開いた。


「ライン…………」


「お、お父様!?」


 なんで、お父様が…………。


「アリステラ様が、お話ししたいそうだ。今すぐ着替えて、下まで来なさい」


「わ、わかりました」


 な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!


 どうして、アリステラが名指してくるんだよ。


 まだかかわってすらないのに。


 いったい何が起こっているんだ。


 正装に着替え、下の階に降りると、食卓にアリステラが一人で座っていた。


 お父様、お母様はいないみたいだな。


「は、初めまして、ライン・シノケスハットと申します」


「ご丁寧なあいさつありがとうございます。アリステラ・リーン、聖女です」


 なんて、神々しい笑顔なんだ。


 まじかで見ても、マジでかわいい。これが、原作一番人気の聖女アリステラ。


 俺が原作の主人公に転生していれば、喜べたのだろうが、今は最悪な気分だ。


 アリステラと対面する形で座ると。


「ライン様」


「あ、はいっ!」


「…………うん、もしの話ですが、ご自身が勇者に選ばれたらどうしますか?」


「…………え」


 いきなり、何を言い出すんだ。


 勇者に選ばれる?そんなこと絶対に起こりえない。


 だって、勇者はシンで決まっているからだ。


「想像つきませんね。あはは…………」


「そうですか…………少し、散歩でもしませんか?」


「さ、散歩ですか?」


「ええ、二人っきりで」


「あ、そうですね」


 聖女アリステラが何を考えているのかさっぱりわからない。


 ただ、ここで機嫌を損ねれば、後々面倒になるのは確実。


 てか、アリステラってこんなキャラだったけ?


□■□


 とりあえず、シノケスハット家の自慢の庭に訪れた。


「きれいなお花ですね」


「お母様はお花が好きなので」


 本当はメイドさんが育てているんだけど、表向きはお母様が育てていることになっている。


「そうなんですね。私もお花好きなんですよ」


「そうなんですか…………」


 早く終わってくれないかな。


 正直、この空気感が無理。


「ライン様は魔物と戦ったことはありますか?」


「それがないんですよ、あはは」


「そうなんですか?とても強そうだったので、てっきり経験があるのかと」


「強いだなんて、僕は全然ですよ。剣すら握ったことないですから」


「え、それは本当なんですか?」


「お恥ずかしながら」


 実際にライン・シノケスハットが武器を使うのは15歳になってから。


 なぜなら、成人の儀式で貴族は魔物討伐をする行事があるためだ。


 でも、どうして、そんなことを聞くんだ?


 貴族をよく知るアリステラなら、そんな当たり前のことをわざわざ聞く必要はない。


 もしかして、アリステラの中で何か疑問に思うことでもあるのか?


「そうだ。ライン様。少し外に出ませんか?実はとてもきれいな場所を途中で見つけたんです」


「それはいいですね」


 って外!?


「ですが、大丈夫でしょうか?外は魔物だっていますし」


「大丈夫です。私がいますから」


「なら、安心ですね」


 そんなことは知ってるんだよ。


 なんてったって、聖女アリステラ・リーンは原作の中でかなりハイスペックに設定されている。


 勇者ほどではないが、魔王相手以外で負けることはほぼない。


「ただ、念のため、お父様に確認を取らせてください」


「わかりました」


 できれば、止めてほしいけど。


□■□


「それではまいりましょうか」


「そうですね」


 やっぱり、許可が下りた。


 まぁアリステラがいるからな。そりゃあ、許可出すよな。


「しっかりと、私についてきてください」


「はいっ!」


 しばらく一緒に草をよけながら歩いていると、きれいな泉に到着した。


 シノケスハット家の領土にこんなところがあるんだな。


「きれいですよね」


「ええ」


「私はこの景色を守りたいんです。魔族から…………魔王から」


「…………」


 彼女はどこか儚い表情を浮かべていた。


 やはり、彼女は聖女アリステラだなとそう思った。


「グルルルル」


「んっ!?」


「ライン様、私の後ろに下がってください」


 魔物のうなり声が背後から聞こえた。


 ドサッと地面を踏みしめ木々の間から3匹ほどのウルフが姿を見せた。


 あれは、原作の最初に登場する魔物じゃないか。


 群れを成す魔物で一匹一匹はすごく弱く、主人公によく倒されていた。


 だとしたら、おかしい。なんで、3匹しかいないんだ。


 ウルフは最低でも5匹で群れを作る魔物のはずだ。


「まさかっ!!」


 とっさに後ろを振り向くと。


 ガサっ。


 飛び出してくる二匹のウルフが、地面を蹴ってこちらに迫ってきた。


 やっぱり、潜んでいたか。


「ライン様!?」


 アリステラはすぐに気づくも3匹のウルフを相手にしている。


「…………やれるか?」


 いや、やれる気がする。


 体が自然と動き、拳に魔力を集める。


 そして、一匹目のウルフの顎に鋭いこぶしの一発を打ち込んだ。


 バキっ!


 ウルフの顎が砕ける音が聞こえた。


「えっ!?」


 アリステラは驚きの声を上げる。


「案外もろいな」


 まるで豆腐のような硬さ。


 それに違和感がない。まるで、戦い方を知っているかのようだ。


「なるほど、これが戦い」


 初めての魔物との戦い、そして初めて命を奪った感覚。


 全くもって罪悪感がない。


「…………こいよ」


 俺はもう一匹のウルフをにらみながら人差し指を動かした。


 その挑発にもう一匹のウルフが地面を蹴って飛びかかる。


「やっぱり、遅いな」


 ウルフの攻撃をよけながら、鋭いこぶしを突き出しウルフの腹を貫いた。


 血をぽたぽたと滴り、鈍い音を立てて亡骸が落ちる。


「す、すごい。私も負けられませんね。つぶれなさい、フォール・ダウン」


 聖女アリステラは重力魔法で3匹のウルフを押しつぶし、小さな血の海が出来上がった。


 うわぁ、容赦ないな。


 年齢は確か二つ上のはずだから、14歳であんな魔法を…………さすが聖女だな。


 魔物を片付けると、アリステラが近づき。


「ライン様は本当に初めてなのですか?」


 疑いの目を向けてきた。


 それもそうだ、だって魔物と戦った経験のない俺が魔物を倒したのだから。


「いや~~なんか、できるような気がして、やってみたら、もしかしたら才能があるのかもしれませんね」


「才能ですか、魔力もかなり手慣れたように使っていましたけど」


「あれもなんとなく?」


「…………噓ではないようですね。とにかく、早く戻りましょう。また魔物に遭遇しては困りますので」


「そうですね」


 無事に家に戻ることができた俺たち、聖女アリステラは急用があるといって、急ぎ帰っていった。


「アルル」


「はい、なんでしょうか、ご主人様」


「何か気づいたことはあるか?」


「特には…………ただ最後の最後までご主人様のことを注視しておりました」


「やっぱり、怪しまれたか。くそっ!」


 アリステラの突然の来訪。これは原作にはない。


 もしかしたら、原作のストーリーに何かしらの変化があったのかもしれない。


 だが最も最悪なのは俺がマークされたことだ。


 今後、もしかしてら間接的に何かしてくる可能性だってあるし、それに俺の噂をアリステラが知らないはずがない。


 突然の来訪もどうせ、うわさを聞きつけての可能性だってある。


「よしっ!少し早いが、都市アルキナへいくぞっ!!」


「あ、アルキナですかっ!?」


 やはり、原作最強の元暗殺者だけではダメだ。


 使いどころはたくさんあるがいざという時に一人では心もとない。


 それに今後のことを考えると一人だけでは心配だ。


 ならば、新たな仲間を作るしかない。


 そう、俺は原作最強の魔法使いノータを仲間にする。


 だって、原作最強の元暗殺者と原作最強の魔法使いがいれば、死ぬことはないだろ?…………多分。

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