第3話 原作最強の元暗殺者が仲間になった、そして緊急事態

 アルルについてくのに精いっぱいになるかと思えば、案外そうでもなかった。


 さすが、スペックだけは高いライン・シノケスハットの体だ。


「ここです」


 到着した場所は滝が流れる自然に囲まれた場所だった。


「へぇ、ここがアルルの住処ね」


 原作だとここら辺のことは書かれないから、なんか得した気分になるなぁ。


「迷子になられると困るので、私の手を握ってください」


「あ、ああ」


 まさか、この年で異性の相手、しかもあのアルルと手を握るなんてな。


 …………これぞ、この世界に転生した俺だけが味わえるご褒美っ!悪くはないな。


 ただ、はたから見たらお母さんとその子供なんだよな。


 滝の近くまで来ると、裏側に洞窟があり、狭い通路を渡る。


 沢山、道が分かれており、おそらく、ばれたときようのためのカモフラージュだろう。


 少し下りなっており奥へと進んでいくと、四人ほど住める空間が広がっていた。


「うん、いい気温だ」


 熱くも寒くもない、過ごしやすい適温に保たれている。


 この環境なら病状もそこまでひどくないかもな。


「ここに兄上が寝ています」


「ふん…………んっ!?」


 横たわるシンゲツ・エルザーの姿。


 呼吸が浅く、汗を滝のようにかいている。


 それに思った以上に顔色が悪い。


 これ、相当、異物の浸食が進んでいるな。軽く見ても7割は浸食されているかも。


「アルル、痛み止めの薬草を今すぐとってこい」


「え?」


「これ以上ほっておいたら、数か月もしないうちにお前の兄は死ぬぞ。っておい、聞いてるのか!早く持って来いっ!!」


「わ、わかりましたっ!!」


 5割以上浸食された状態で異物を取り除こうとすれば、神経が圧迫されて激しい痛みが生じる。下手をすれば治療中にショック死する場合もある。


「今日中に治療確定だな」


 しばらくすると、アルルが痛み止めの薬草を山ほど、とってきた。


 そんなにいらないがあって損はないか。


 すぐに薬草を使って痛み止め用に飲みやすく粉状に加工した。


「よし、アルル、まずは痛み止めを兄に飲ませろ」


「わかりました」


「痛み止めが完全に効くわけじゃない、もし苦しそうだったら兄の手でも握っていろ。きっと心の支えになるはずだ」


「…………うん」


 痛み止めを飲ませた後、さっそく治療を始めた。


 魔力を使うのは初めてだが、なんとなく使い方がわかる。


 かすかにあるライン・シノケスハットの記憶。


 まったく、本当にスペックだけは化け物だよ、お前は。


「心臓部近くに手を当ててと、よし、いくぞ」


「はいっ!!」


 こうして、治療が始まり、シンゲツ・エルザーに魔力を注いだ。


 すると、苦痛の悲鳴が洞窟内に響き渡った。


「うぅ!?あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


「兄上、耐えてくださいっ!きっとよくなりますからっ!!」


「ふぅ…………」


 すごい、これが魔力なのか。


 血管一本一本が鮮明に感じ取れる。


 今の俺なら、何でもできる気がするよ…………ただ思ったより魔力を使うな。


 治療法は知っているが、試したことがないため一発本番。


 体がある程度、魔力の使い方を知っているとはいえ、魔力も集中力も持っていかれる。


 ライン・シノケスハットのスペックで何とかなってはいるが、気が抜けない。


 でもここは根性だ。


 すべては俺の第二人生を謳歌するために。


 そして、気がつけば朝が昇り始めていた。


「終わったぞ、アルル」


 シンゲツ・エルザーの顔色ははるかによくなり、呼吸も深くなっていた。


 痛み止めがなかったら、絶対にショック死してただろうな。


 でも、これで大丈夫だ。


「念のため、明日も見ておこう。何があるかわからないからな。でも、これでアルルの兄が死ぬことはなっ」


 っとその時、アルルが涙を流しながら抱きついてきた。


「ちょっ!?」


「ありがとう、ありがとう、ライン様」


「わ、わかったから、離れろ」


 あのアルルに抱きつかれただと!?この状況、アルル推しからしたら、うらやましい状況なんだろうな。


「嬉しいのはわかるが落ち着け」


「す、すいませんっ!!」


 とっさに距離をとるアルルは、両手で熱い顔を隠し、頭上から湯気が上がっていた。


「私は、なんて恥ずかしいことを…………」


 本当に目の前にいるのは絶影のアルルなのだろうか。


 原作ではかなりクールキャラな印象だったんだが、今はただかわいいヒロインって印象だ。


「そろそろ戻るぞ。アルルはどうするんだ?」


「私も戻ります」


「兄と一緒にいなくていいのか?」


「だって、ライン様、ここから一人では帰れませんよね?」


「…………そうだったな」


□■□


 朝までかかった治療の後、無事に誰にもばれることなく家に帰ることができた。


 なぜか、その日は1日中、アルルから視線を感じたが、無視した。


 そして、夜中になると、アルルと一緒に、再び住処へと訪れた。


「この度は不治の病を治していただきありがとうございます、ライン様」


「お礼などいらん」


 1日とかからず、アルルの兄は腰上げて、話せる程度にまで回復していた。


 顔色は前よりもいいし、魔力の流れも正常。


 これでもう絶対に死ぬことはない。


 魔血症は完全に完治したのだ。


「じゃあ、俺は帰るぞ。アルル、お前はまだ兄と話したいことがいっぱいあるだろうから、ゆっくりしていろ」


「あ、ありがとうございます、ライン様」


「それと、約束は守れよ」


「…………はい」


 こうして、絶影のアルルの問題が解決した。


 これで、俺の目的も果たせる。


□■□


 次の日の夜。


 アルルが寝室に訪れた。


「…………なぜ、薄着なんだ」


「そ、それは、か、覚悟を決めたからですっ!!」


 いつものメイド服ではなく、布面積が少ない男を誘惑するような服をアルルは着ていた。


「か、覚悟?」


 またなんか、へんなかんちがいをしているな、これは。


 前の時は夜伽とか口走っていたし、もしかしてそういう時期なのか?まぁ年頃の女の子ならそう思ってしまうのも無理はないか。


 相手が相手だし。


「多分、アルルが思っているのとは違うと思うぞ」


「え…………うぅ」


 顔が真っ赤に染まり、また頭から湯気がのぼる。


 か、かわいい。


 っと思ってしまった。


 すると、アルルは雰囲気をかえて、膝をつき頭を下げた。


「あらためまして、兄上を救ってくださりありがとうございます、ライン様。兄上の容体は安定しており、今までが噓だと思えるほどに元気になっております」


「そうか、それはよかったな」


 アルルの言葉を聞く限り、特に後遺症もなさそうだな。


 これで原作にどう影響するかわからないが、俺には関係ないな。


「それで本題だが、アルル。俺の望みだが…………俺の手足になってくれないか?」


「そ、それはどういう…………」


「そのままの意味だ。暗殺者から足を洗い、俺のためにその腕を振るってほしい」


「ライン様、忠誠を誓えと?」


「そうだ」


 ここで少し迷うのは当然だ。


 だが、アルルはきっとことわらないだろう。


 てか、断られたら普通に困る。


「…………快くお受けいたします、ライン様。これからこの身のすべてをライン様のためにお仕えします」


「いい心構えだ。これからよろしくな、アルル」


「はい、ご主人様」


 こうして、早速、原作最強の元暗殺者を仲間に引き入れたのであった。


「ご、ご主人様はやめてくれ」


「いえ、ご主人様ですっ!」


 本当に俺が知っている絶影のアルルなのか、不安になった。


□■□


 それから1週間、俺の専属メイドになったアルルはいろんな面で融通が利くようになり、メイドとして仕事に磨きがかかっていた。


 アルルっていろんなことを器用にこなすよな。


 朝のおはようから身の回りのお世話まで、もう一流レベル。


 噂の話に聞くとお父様の専属にしようとしたとか、それほど優秀なんだろう。


 まぁお父様にはあげないけどな。


 すると、突然、勢いよく扉が開いた。


「お坊ちゃまっ!」


「ノックぐらいしろっ!馬鹿垂れがっ!!」


「も、申し訳ございません、お坊ちゃま」


「それで、なんだ?」


「大変です。聖女アリステラ様がお見えになりました」


「…………はぁ?」


 シノケスハット家の門の前でひときわ目立つ白装束を着た女の子が一人で立っていた。


 すぐに、お父様、お母様は直々に出向き、挨拶をする。


「ようこそ、お越しくださいました。聖女アリステラ様」


「突然の訪問、申し訳ございません」


 彼女こそ、勇者を選定し、傍らで支える聖女、アリステラ・リーン。


 俺にとって要注意人物だ。


 どうして、少し落ち着いたところにアクシデントが発生するんだよっ!!


 


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