第9話 ロープ

 王都から約半日、トーナ達臨時冒険者パーティが馬車から降り立った王都の隣町ラルハはこじんまりとしている。トーナは王都に来る前に一度立ち寄ったことがあり、その時と同じ宿屋に宿泊することにした。3人のパーティだが4人部屋を丸ごと借りている。贅沢だが、トーナのからのお願いだ。明日はそこからクルメアの森に行ってパピリオ蝶の魔物の鱗粉を採取する。


「ベッド硬いだろ? 気になるなら寝袋をしいちゃうといいよ」

「なるほど!」


 アスラは気を利かせてダニエラの面倒をよく見てくれていた。彼女がイザルテの姪と知り、それなりの暮らしをしているだろうと予想が付いたため、ギャップを感じそうなところは先回りして対処法を教えている。ダニエラは時々驚くような素振りを見せるが、決して不満を漏らさず、トーナやアスラからのアドバイスを真摯に受け止めていた。


(もうちょっと騒ぐかと思ったけど)


 イザルテはトーナに『ダニエラのお守り』という表現をした。そしてトーナ自身も最初に彼女から受けた印象から、きっとそうなるだろうと覚悟していた。だがいい方向に予想を裏切られている。

 ダニエラの望みが叶えられてからと言うもの、たまに暴走することはあれどずいぶん大人しくなっていた。あの傍若無人な振る舞いは目的を果たすための彼女なりの作戦だったようだ。


 クルメアの森へは徒歩で向かっている。森といっても小さく、あまり危険な魔物も出ないので、このエリアは全体的にのんびりとしていた。そのせいか3人は、いや主にアスラとダニエラがぺらぺらと話しながら足を進めている。2人とも境遇的に同世代の女友達がいなかった。


「ダニエラはなんで冒険者になりたかったの?」


 なかなか大変だよ? と、今更いいところのお嬢様であるダニエラが心配になったようだ。


 アスラの問いかけにダニエラは一瞬気まずそうな表情になった。アスラは食う為にしかたなく冒険者になったという話を聞いたばかりだったので、自分が冒険者になりたい理由を聞いたらアスラが気分を害すんじゃないかと思ったからだ。


「単純に冒険者が楽しそうに見えたのと……私、錬金術のアイテムを作るの好きなんだけど、同じくらい使うのも楽しくって」


アスラの表情を確認しがら話していた。


(嫌われたくないのねぇ)


 そんなダニエラをトーナは微笑ましくみている。


「わー! そうか! 錬金術師なら欲しアイテム作り放題の使い放題じゃん! いいなー!」


 あっけらかんとした答えを聞いて、嬉しそうにダニエラは表情を緩ませた。


「さ! そろそろ気を引き締めていきましょうかね!」


 トーナが2人に声をかけると、アスラはシャキッと、ダニエラは明らかに緊張した顔つきに変わった。装備した小型のボーガンを手に触れ、不安を紛らわせようと触感を確かめている。腰にある矢筒には数種類の矢が用意されており、一部の矢には毒や小型ボブがくっついていた。

 この森で唯一危険なエリアに足を踏み入れる。薄暗く、毒草や毒キノコが生えていた。稀にフェルスボアと呼ばれる猪型の魔物が襲ってくることもあるが、フォルスボア自体はあまり珍しい魔物ではない。


「パピオ草を探せばいいんですよね?」

「そうそう。暗がりに群生地があるんだけど、しょっちゅう移動するからなぁ」


 パピリオ蝶の魔物ではなく、この植物そのものにも幻覚を見せる毒が含まれており、群生地の側で動物を操ってその場の土の肥やしにして自分達の栄養として取り入れていた。パピリオはその蜜を吸い、ついでにパピオ草の近くに転がっている死骸のご相伴にもあずかっている。

 彼らはどちらも暗闇の中、獲物を引き寄せる為か小さく発光しているのですぐに見つかる……はずだった。


「いないね!?」

「いないなぁ」


 まさかの状況に、トーナもアスラも顔をしかめるしかない。予定ではすでに採取が終わっているくらいの時間帯だ。暗くなる前には宿に戻りたい。


「しかたない。ちょっと上から探すか」


 アスラはロープを取り出し、それを鞭のように操って太い木の枝に括りつけた。


「おぉ~! 器用ね!」

「トーナさんのアラクネ細くて丈夫ロープ、すんごい使いやすいよ。なにより丈夫だしね」


 ロープが枝から外れないか掛り具合を確認した後、よっ! とアスラは木に登ろうとするが、


「私に行かせてください!」

「ええ!? 大丈夫?」

「足腰は鍛えてきたつもりです!」


 と、やる気に満ちて鼻息の荒いダニエラが代わりに上ることになった。トーナはその姿をはらはらと見守る。うんしょうんしょと、時折足を滑らせながらなんとか目的の枝まで辿り着いた。


「落ちないようにね~!」

「はーい!」


 ダニエラは暗視ゴーグルをつけたり外したりしながら、周囲を見渡し始める。


「あ……北の方……光ってます!」

「あっちまで行くと暗所は抜けそうだけどな」

「そんな時もあるんだねぇ」


 トーナとアスラは方向を確認し、


「ありがとー! 気を付けておりてね!」


 と上に向かって声をかけた。だが、


「なにかこっちに走ってきてます! 速い!!!」


 木の上から焦る声が聞こえてくる。


「足音的にフォルスボアだね。騒ぎすぎて気付かれちゃったかな」


 アスラは冷静に斧を構えた。フォルスボアとの対峙頻度はそれなりに高く、油断こそないが、負ける気はしていないようだ。


「ダニエラさーん! そこから撃てそう~!?」


 トーナにも焦りはない。念のため魔術で土壁を目の前に用意したが、これではこちらも攻撃パターンに制限がかかる。


(まあ頑張ってもらいましょうかね)


 アスラとアイコンタクトをして確認をとる。ダニエラに任せようと。


 ダニエラの初対戦との相手としては少々レベルが高いのだが、ちょうどいいことに彼女は今木の上にいた。


(真正面からだとちょっと怖いけどね。タイミングが良かったわ)


「フォルスボアはまっすぐしか進まないから少し先を狙って撃って! 毒薬は多めに!」

「わ、わかった!!!」


 そうこうしているうちに、トーナの耳までドタドタと全てをなぎ倒しながら向かってくる何かの音が聞こえてくる。

 そうして頭の上の方からヒュンッ!と風を切ってボウガンが撃ち込まれる音がした。だが、足音は止まらない。


「す、すみません……!」

「大丈夫! もう一回行ってみよ!」


 そう声をかけつつも、もちろんダメだった場合を考えてトーナもアスラも構えている。そのままフォルスボアがトーナの土壁にぶつかり破壊した瞬間、アスラの斧がギロチンのように魔物の首を落とすだろう。


 スゥ……と一度深く呼吸をしたダニエラは、今度は焦らず言われた通り魔物の直線状を狙って矢を放った。


「……やった!」


 フォルスボアの背中に、綺麗に1本ダニエラの矢が刺さった。ギィィィという鳴き声と共にトーナの土壁にぶつかり、それはそのまま動かなくなった。


「お見事!」

「やるじゃん!」


 トーナとアスラの声掛けに、ダニエラは照れ笑いして答えた。


「ギリギリでした……」

「初めてで仕留めたんだから上等上等!」

 

 スルスルとロープをつたっておりながら、ダニエラは顔をくしゃくしゃにして喜びを堪えられないようだった。


「さて、持って帰りたいけど全部は無理ね」

「うーん。時間があれば燻製肉作りたいけど……」


 心底アスラは残念そうだ。とりあえず牙と毛皮だけを剥ぎ取る。もちろんダニエラへの指導も忘れない。一瞬ためらったが、口にムッと力を入れて、言われた通り解体していく。


「おぉ~やっぱり器用だね。綺麗に剥げてる」

「そうですか!?」


 トーナに褒められてダニエラは俄然やる気を出し、さらにスピードを上げて切り開いていく。

  

「帰り際に回収できるかなぁ」


 アスラがフォルスボアの肉をなかなか諦めきれないようだったので、


「そしたらとりあえず冷凍保存しとこっか」

「え!? トーナさん氷魔術使えるの!?」

「広範囲で無理だけど、解体した肉くらいならいけると思うわ」


 そう言うやいなや、トーナは魔術で氷型のドームを作り出し解体された肉を入れていく。そしてその周囲に【護り石】をはめ込んだ杭を地面に四か所差し込んだ。すぐに防御魔術が発動し、氷のドームを囲う。


「えーっと、こうやって【護り石】で囲われている獲物を横取りするのはマナー違反とされているわ」


 そういえば、とダニエラに説明する。護り石はガラス程度の防御力な上、大元の石を動かすと簡単に解除されてしまうので、野外であれば盗もうと思えば簡単に盗めてしまうのだ。


「肉の場合は他の魔物に食べられちゃったりもするから、その辺も確実とはいえないけど、この森ならその心配はないかな」


 ふむふむ。とダニエラは頷く。


「【護り石】の効果が消えてしまった場合は?」

「それ時は遠慮する必要なしだね」


 即答したのはアスラだった。【護り石】の効果は一晩から数日と差がある。価格や制作者によるところが大きい。気になるモノが【護り石】の中にある場合、数日その周辺をうろつく輩もいる。冒険者をやっていれば搔っ攫らわれたり、搔っ攫ったりとそれなりにあるからね! と、少々リアルな体験談までアスラは力強く語った。


「キラキラかっこいいことばっかりじゃないのよねぇ」


 ダニエラはそんな話を実に神妙な顔つきで聞いていたのだった。

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