閑話 冒険者登録
トーナが冒険者登録をしに行ったのは、ダニエラと街を出る一週間ほど前だった。あれだけあちこちから勧められ拒否していた冒険者登録をギリギリではなく、余裕をもっておこなったのは、早めに依頼掲示板のチェックをしたかったからだ。
(依頼は早い者勝ちって言うし……初めてなら尚更依頼達成させてあげたいしね)
報酬のいい依頼は冒険者もわかっているので、すぐに他の冒険者に取られてしまう。なので出来るだけ早く、事前に冒険者ギルドの依頼受付に【依頼受諾】の申し込みをしなければならない。
「あれ? アスラ?」
「え? トーナさん? 珍しいですね、冒険者ギルドにいるの。ポーションの納品?」
アスラは難しい顔をして依頼掲示板を見ていた。いつも隣にいるロイドが見当たらない。そんなトーナの視線にアスラは気づいていた。
「兄貴は骨やっちゃって……しばらくソロでやる予定」
「あらま。ポーションは?」
「それが粗悪品掴まされちゃって……宿屋でまだウンウン唸ってるんだ……」
はぁ……と大きくため息をついていた。宿屋の費用、毎日の生活費、冒険者としての必要備品の購入。アスラはそれを考えると胃も頭もキリキリしてくるのだ。それがトーナにも伝わってくる。
(聞いちゃったら放ってはおけないな……ていうか、その前にいいこと聞いちゃったな!)
「ねぇ! ちょっと個人的に依頼を出したいんだけど」
「……ごめん! 気を使わせるつもりで話したんじゃなかったんだけど……」
表情が曇る。アスラは同情されたのだと思ったのだ。だがそれすらも今の彼女達には必要だった。
「いやいや。実はちょうど女冒険者と臨時店員を探しててさ」
「へ?」
トーナはこれから約1ヶ月、冒険者として活動すること。新人の戦闘力のない冒険者とパーティを組むこと。実質は護衛としての意味合いが強いこと。出来ればトーナ以外にも1人、冒険者としてのイロハを知っている人を探していたこと。
「ほらこれ」
ポイっとアスラに銀色に輝くブローチをほおって投げた。名前と階級が刻まれている。もちろん先ほど冒険者に仲間入りしたばかりのトーナの階級は
「わ! 冒険者証! マジで冒険者始めるんだ!?」
「期間限定だよ」
諦めるように肩をすくめていた。
「パーティに誰か入れるなら女冒険者がいいって、私の依頼人から言われててさ」
「なるほど……ソロの女冒険者って王都じゃあんまりいないもんねぇ」
王都では女冒険者は仕事がたくさんあった。王都に住むお嬢様方の護衛として声がかかりやすいのだ。だがアスラにはまだ経歴不足なのでそう言った話は来ていない。どうにか食つなぐために休みもなく小さな依頼を受け続けていた。
「そっか……それじゃあこちらからお願いしようかな」
アスラはトーナのマントにブローチを取り付けた。
「トーナさんの期間限定パーティに入れてください!」
「ありがと! どうぞよろしくね!」
(あ~1つ懸念材料がなくなってよかった)
旅はしてきたが冒険者ではなかった。専門的な知識には不安があったのだ。錬金術店を始めて、冒険者の望むアイテムと自分がいいと想像するアイテムが必ずしも一致するわけではないことを知っていたので、尚更心配だった。
アスラの方は大袈裟ではなく生きるか死ぬかという話に足を突っ込んでいたので、ここでトーナに出会えたのは本当に幸運なことだった。
「とりあえず1か月、ロイドと一緒にうちの2階を使っていいよ。使ってない部屋あるし」
「うそ!? 本当に!?」
「宿もお金かかるでしょ。1か月で頑張って立て直してね」
「きゃー! トーナさん最高! 一生ついてくわ」
「はいはい。あ、部屋には何にもないから……」
「大丈夫! 寝袋あるし!」
ロイドを迎えにアスラは早足で冒険者ギルドを出て行った。ギルドの前で彼女の後姿を見送り、さあ店へ帰ろうと思っていたところで、少々久しぶりに現れたのがこの男。
「トーナ! 久しぶり!」
「おわっ! ランベルト!」
満面の笑みで声をかけてきた最高位冒険者はまるで尻尾を振る大型犬のように見える。
ランベルトはトーナが作った簡易結界のお陰で各段に冒険者としての活動がしやすくなっていた。彼の周りには魔物が集まってしまうので、休憩の場所すら考えて動く必要があったので、なにかと周囲に気を配らなければならず大変だったのだ。それが今は必要なくなっている。
「ギルドに用事……って、うそ!? え!? えぇ!!!?」
ランベルトはトーナの胸元に光る真新しい冒険者証を右手で指さし、左手で口元を抑えていた。
「ちょっと色々あってね」
説明が面倒くさくなって省いたのがいけなかったのか、ランベルトはどんどんテンションを上げていく。
「すごい! ついに冒険者に!」
「いや……お金払えば冒険者登録は誰でもできるし……」
落ち着いてと、両手を下に向けて振るが聞こえていなさそうだ。そうしてあろうことか、とんでもないことを言い始める。
「トーナ! 俺と冒険者パーティ組まないか!?」
「組みません!!!」
ギョッと周囲の視線を集めていることに気が付いたトーナはすぐに拒否する。あのランベルトがパーティを組む!? 新人冒険者と!? という声が早速聞こえてきて倒れそうな気分だ。
「なんで!? 冒険者になったんだろ!?」
「冒険者になったのはランベルトとパーティを組むためじゃないの! 他の子と組むためなの!?」
「うそ……」
乙女のように傷ついた顔をするランベルト。そして勘違いしていたと気づき急に恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。なぜだか彼はトーナが冒険者になればきっと自分と一緒に冒険に出てくれると思っていたのだ。本人はそれがなぜだかはわかっていない。
「ご、ごめん……! ちょっと勝手に舞い上がっちゃって……」
「そうね……まあでも私も経緯を省いちゃったから……」
ポンポン、と肩を叩いて慰めた。
「よろしくね先輩」
「ま、任せてよ! 何かわからないことがあれば何でも聞いてね!」
まだ顔が赤いままだが、トーナに頼られるのは嬉しいようで、またいつもの大型犬モードになっていた。
周囲の好奇の眼差しを知らんぷりしながら冒険者街を抜け店に帰ると、ちょうど入口にロイドとアスラが立っている。
「早かったね!」
「宿屋にもう一泊分払う前にね!」
「すんません……お世話になります……」
ロイドはあからさまに元気がなかった。顔色も悪い。骨折も治っているかどうかもわからないが、もうポーションを買う余裕がないということだった。
「痛みがあるなら治ってないんじゃないの……」
「ですよね……でも、宿代の心配がなくなったので買えます! トーナさん売ってください!」
そういうわけで、トーナは急ぎ骨折に効果のある特化型ポーションを作り、ロイドに飲ませた。中級ポーションでもよかったが、中途半端に歪んだまま折れた骨がくっついている恐れがあったので、あるべき姿に戻る特化型ポーションにしたのだ。
「うわ! もう効いた! さっすが~!」
「だからトーナさんのポーション買うまで我慢しなよって言ったんじゃん……」
「ゴメンナサイ……」
アスラは怒ったような声でいったが、安心したような表情をしていた。兄のことが心配だったのだろう。
「よかったよかった。じゃあ明日からお店、よろしくね」
ロイドは先の怪我の際、武器も防具も失っていた。冒険者としての活動は一時休止して、武器代も貯めないといけないのだ。トーナの店の臨時店員の給金は高給というわけではないが、宿代がかからないだけでかなり違う。1か月も働けば、ある程度の武器は購入できるだろう。
「了解っす! ベルチェさん! よろしくお願いします!」
「ええ。ロイドさん、よろしくお願いします」
無表情に見えるベルチェだが、トーナには彼が少しワクワクしているのが伝わってきた。トーナとここで暮らすようになってから、ベルチェは多くの人と人間的な交流を深めている。それが彼にはいい刺激になっているようだった。
ロイドはトーナの期待以上に上手く店を回した。よく気が付き、気が利くので常連客からも好評だった。料理も上手く、味にうるさいトーナすら唸らせるほどの能力を持っていた。
「俺ってなかなか掘り出し物でしょ?」
と、ロイドはニシシと笑いながら嬉しそうにトーナとベルチェに自己申告したのだった。
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