第17話

「すぅ……うるせぇっての、このイケメン気取りの腹黒性欲魔!!」


 静かな教室にいつもより低い樋山さんの声が響き渡る。

 見守っていた人たちの表情が唖然としていた。


「え?」


 目の前で言われた当の本人はアホ面を晒していた。

 何を言われたのか頭が追いついていないみたいだ。


「釣り合う?何それ!どこ見て言ってんの!顔?身体?キショイんだよ!私の外側しか見てないくせに、知ったようなことを言うな!釣り合うかどうかは私が決めるっての!」


「しずちゃん?」


「雫……」


「間宮くんが私をたぶらかそうとしてる?ざけんな!間宮くんはあんたとは違う!顔が平凡かどうかも関係ない!間宮くんの顔がどうであっても、私と間宮くんは友達!間宮くんの優しさを少しも知らない奴が、間宮くんをバカにするな!!」


 樋山さんの叫びは心からのものだと、これを聞いている人は悟る。


 俺は、樋山さんの優しさに目が熱くなっていた。

 これからどうなるかなんて分かってる筈なのに、それでも俺のために怒ってくれた。

 それが、何よりも嬉しかった。


「私の好きな人をこれ以上バカにするな!!」


「……え?」


 今、樋山さんの口から重要なことが漏れた気がする。

 でも、俺の思考は動かなかった。


「……本性を隠していたんですね」


「あなたもでしょ?」


「……性悪女」


 先輩は一言残して教室を出ていった。


 静かな教室。全員が樋山さんから目を離せないでいた。


「しずちゃん……」


「雫……」


「っ、美晴、遥香……」


 少し怯えた様子で二人に向き合う樋山さん。

 森さんと水瀬さんはきっと離れない。そうは言ったものの、心のどかでは怖かったのだろう。


 二人は何とも言えない表情をしていた。


「あのさ、こんな大勢の前で“好き”って言って良かったの?」


「勇気あるね、雫」


「え?……あ!?……あぁ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 樋山さんが悲鳴を上げる。

 バッと俺の方に顔を向ける。


 樋山さんの顔は真っ赤に染まっていた。


 そして、それを見る俺の顔もたぶん同じようになっていた。


「……勢いで言っちゃったぁ」


 樋山さんが膝から崩れ落ちて涙を流す。


「間宮っち、引導を渡してあげよ」


 森さんが爽やかな笑顔でサムズアップする。


 やめたげろ。


「間宮、せめて一思いに」


 水瀬さんは儚い笑顔を浮かべて告げる。


 はあ、と俺は二人にため息を吐く。

 樋山さんの目の前に座り込む。


「樋山さん」


「やだ、聞きたくない!」


 樋山さんが両目をつぶり、さらに両手で耳を押さえる。


 俺は、樋山さんの右耳をこじ開けて伝える。


「まずは友達から始めませんか?」


「…………ふぇ?」


 樋山さん目が大きく開く。

 押さえていた両手も力なくぶら下がる。


「聞こえなかった?友達から始めよう?て、もうすでに友達だけど」


 俺はまだ樋山さんの全てを知ったわけではない。

 だから、もう少し友達を続けて樋山さんを知りたい。


「え、ま、待ってね、落ち着くから」


 樋山さんが深呼吸をする。


「間宮くん、彼女は?」


「いないよ?」


 さっき言ったじゃん。


「で、でも実質付き合ってるようなものじゃ……」


「あの子、俺の妹」


「「「ええええええええええええ!?」」」


 樋山さんだけじゃなく、森さんと水瀬さんまでもが驚き、絶叫する。


「なんで腕組んでたの?」


「いや、なんか組まれた」


「“こういう関係”って何だったの!?」


「いや、あのあと聞いてみたけど説明してくれなくて」


 樋山さんに問い詰められるのを一つ一つ答えていく。


「えー、じゃあ最初から最後まで私たちの勘違いだったってこと?」


「にしても、まだ怪しいけどねー」


 水瀬さんは疑わしげに俺を見てくる。

 こればかりは信じてくれとしか……


「ね、ねえ!」


 樋山さんが大きな声をあげる。


 森さんや水瀬さんが振り向く。


「ん?」


「なにー?」


「……さっきの私を見て、どう思った?」


 不安そうに瞳をぎゅっと閉じて二人に聞く。


「んー、別にー。しずちゃんは優しすぎて心配だったから、逆に安心したかな」


「私も。雫は雫だし、今までの雫が嘘だったってわけでもないんでしょ?」


「……っ、ありがとう!」


 樋山さんが二人を抱きしめる。


「ま、強いて言うなら、私たちに隠していたことかな?隠さなくても良かったのに」


「それなー。あと、間宮は前から知ってたっぽいけど、そこんとこ気になるなあ」


「ふふ、今度話すね」


 良かった、二人が態度を変えないで。

 周りの人たちは未だに驚いているようだけど、どうなるんだろう?


 まあ、森さんと水瀬さんがいれば安心か。


「ありがとう、樋山さん」


「きゅ、急にどうしたの?」


「樋山さんが先輩に言い返してくれて嬉しかった」


「当然でしょ、友達なんだから。それと、す、好きだから」


「っ、」


「……っ」


「……はるちゃん、私見てらんないよ」


「二人顔赤くしてバカじゃん」

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