32話。

 光が拓けた瞬間、目の前に広大な墓地が広がっていた。


 乱雑に突き立てられた十字架や、墓石と思われる石板が所狭しと敷き詰められていた。名前はどこにも刻まれておらず、墓に眠る者が存在し得ないことを証明している。どこかに存在する墓地を投影や流用している訳ではなさそうだ。


 何故かオリゴスと違い他の階層を自由に歩き回れるサングィスを呼び出…したら、ついでにガーラ達闇森人ダークエルフ一家もついてきた。粗方今日の仕事を終えているらしく、従僕として何か手伝えることはないかと一緒に来たとのこと。そもそも従僕として迎え入れた訳ではないと言い出すと話が拗れそうだったので、気持ちだけ有り難く受け取りひとまず同席させた。


 早速検証の一つを始めよう。墓場の小道具としてなのか、スコップを階層作成の小物として生成が可能になっていたのでサングィスとガーラ達に人数分生成して渡してから、試しに作成した墓を掘り返すように命じる。


 サングィスは恭しく一礼をした後、黙々と作業を開始する。が、ガーラ達元森人エルフ勢は躊躇いがあるようだった。理由を尋ねると森人は基本土葬であるため、先人が眠る場所を掘り起こすという行為をどうしても躊躇してしまうらしい。そこにちょうど良く、サングィスから報告が入る。


 私が暴かせた墓の下には、


 骨も腐肉も、遺品と思しき物も一切痕跡が無かった。それを見たガーラ達にも他の墓を掘らせるが、やはり死体の痕跡と思われるものは存在しなかった。誰かの祖先にあたる者の墓を荒らすような真似をせずに済んで一安心、と言った様子の一家だったが、安心するにはまだ早い。これからまだやることがある。


 今回の墓場を第三階層、基、新第二階層として作成するにあたって事前に幾つか開拓パターンを分岐図形式で考えていた。その一番最初は【墓場とは名ばかりで、最初に第一階層を自分で耕したように自分で手を加えなければいけないか】。これは幾つも墓らしき物が建っていたことから無事に解決した。まぁそれはそれでまた一から自分の軍団を作るようで楽しかっただろうし、構わないんだが。


 そしてその次が、【生み出された墓場に死体はあるのか】だった。これは今の検証で答えがであることが判明した。つまり屍人グール作りに必要な次の要素。それはである。


 骸骨スケルトンは基本的に身体を構成する要素が骨だけである、身体が全て単一の物で形成されていることから無から自然発生することもあると考えられている。実際このダンジョンでも第一階層作成時に環境を整えるだけで骸骨を召喚することができた。


 しかし、屍人グールはそうはいかない。骨だけでなく、腐肉や血等も身体を構成する要素となっている。人間を一から作成することが困難であるのは勿論魂や記憶、本人の意思等、個人を特定するための情報が大量に存在するからでもあるのだが、そもそも肉体を構成する要素が非常に多いという点もあるのだ。腐っているかや死んでいるかといった違いはあるが、大部分は肉体に使われている物自体は人間も屍人グールも大して変わらない。だからこそ自然発生する屍人というのは過去に一例も見たことが無い。


 だからこちらで死体を用意するのである。屍人グールにする肉体がないなら、死体を持って来ればいいじゃない、ということだ。幸いこちらにはの死体が数多くある。


 ということで、保管していた死体を取り出し、墓を堀った張本人達に埋めさせる。輪廻転生を信仰している元森人エルフ達は闇森人ダークエルフとなったことで多少は死霊術に対する忌避感は薄れているようだが、やはり下準備段階から見せるとなると少し戸惑っているというか、どんな顔をすればいいか分からない、といった様子だ。まぁ私の下に来てすぐ吐いたり罵倒したりして去っていた助手共腑抜けに比べれば遥かにマシだな。此処から外に出ても縋る先が無いからかもしれないが……今は彼らの献身を素直にありがたいと思う。


 ちなみにサングィスは死体に手を合わせてから、特に何も言うことはなく黙々と作業を行っていた。


 そのまま幾つかの墓に死体を埋めた後、分かり易いように死体を格納した墓には目印として古戦場跡の作成にも使用したぼろぼろの剣を突き立てておいた。


 今回の実験はずばり、【ダンジョンの中では無から魔物が生まれるのか?】である。基本的には前述の通り屍人グールは自然発生し得ない。しかし、今私がいるこのダンジョンはまだまだ解明できないことが多いため、もしかしたらもしかするのでは?という知的好奇心を満足させるための実験である。


 生まれなければまぁ、屍人グールに限ってはダンジョンの不思議は適用されなかったということで。だが無から生まれるのであれば、何を媒体にして生まれたのか?死体を埋めていない墓全てから生まれるのか?個体の性能はどうか?死体を埋めて作成した屍人グールとは何が違うのか?


 ある程度法則性が分かれば、奴隷商の長の死体を利用してそれなりの屍人グールを生み出すことができるのではないかと目論んでいる。魂はそうでもなかったが、肉体に関しては良い器になるんじゃなかろうか。


 一人でにやにやと今後の屍人グール開拓について考えている私を、訝しげに見ているガーラ達闇森人ダークエルフ勢、そしていつも通りにこにこと笑顔で見守っているサングィスであった。

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