25話。(奴隷商の長視点。)

「は、話が全然違うじゃねえか!どうなってんだここは!!」


 既に阿鼻叫喚の地獄絵図と化している現状を前に、俺はただ苛立ちと困惑に震えた声を出すことしかできなかった。


 洞窟に入るなり三つに分かれた道があったからそれぞれ五人づつ先遣隊を行かせたら、俺達の視界から消える前に全員死んじまった。落とし穴に落ちたり、弓で身体中串刺しにされたり、真ん中の道に進んだ奴なんていきなり土の壁に覆われて……壁がなくなったかと思えば、ぐちゃぐちゃにされた死体が残ってるだけだった。


 その光景は俺達の士気を下げるのに十分過ぎた。部下の一人が『もうやってられねえ!』と逃げ出そうとした時、真ん中の道に現れたような土壁が唯一の出入り口を塞いで完全に逃げ場もなくなった。外からの明かりもなくなり、視界が真っ暗になる。この時点でもう戦意はほとんどなくなり、パニック状態に陥った奴らの情けない声がこだまするだけだった。


 このまま暗闇の中を進むことになるのかと思ったが、気付けば周囲の壁に松明が灯り始め、俺達は視界を取り戻した。部下の中にはその場にうずくまったり、泣いて許しを請う奴らもいた。


「そうだ、おいテメェふざけたことしやが……っ!?」


 今回の事の発端である森人エルフの男と胡散臭い爺を糾弾しようと声をあげたが、どこにもいねえ。この時にようやく気付いた。俺達はおびき出されたのだと。


「……っく、そ、がああああああああああ!!!」


 まんまと嵌められた自分、いざという時に使えねえ部下共、奴隷でありながら俺達を欺いた生意気な男、怪しいと思っていながら口車に乗せられてしまったあの爺、全てに腹が立つ。怒りに任せて声を荒げながら壁を殴りつける。どごおっ、と音を立てて拳がめり込み、土埃を上げながらぱらぱらと抉れた分土の破片が落ちていく。


 殺す。今回の件に関わった奴は全員殺す。


 奴隷商となってからは鳴りを潜めていた本気の殺意が俺の中に再び沸き上がる。あのクソ生意気な森人エルフの男も、あのクソ爺も、必ず見つけ出して殺してやる。


 まずは今生き残ってる奴らの目を覚まさせる。もうだめだ、なんて悲嘆に暮れてる奴は顔面をぶん殴ってでも現実を認識させる。俺達は閉じ込められてるが、逆に言えばあいつらクソ森人エルフ共もここにいるのは間違いないと。その言葉にようやく理解したのか、はっとした様子で立ち上がる。そうだ、諦める必要はねえ。立ち塞がるもん全部ぶっ殺して、貰えるもんを貰って帰ればいいだけの話だ!


 さっさと殺ることを決めた俺は残った部下を連れて真ん中の道を突き進む。土壁に包まれて何が起きているかまでは分からなかったが、微かに聞こえた金属音とひしゃげた剣と防具から恐らく何かと殺り合ったことだけは分かる。罠に怯えて進むよりは、何が来ても数の暴力で血祭りに挙げて進んだ方が分かり易いし効率もいい。先遣隊の死体を乗り越える辺りから特に警戒を強めて進んだ……が、何もなかった。文字通り何もなかった。ただただちょっと坂になった道が続いているだけ。そして道を抜けた先、開けた場所に出たと思えば再び退路を塞ぐように土壁が現れた。


「お待ちしておりました。」


 聞き覚えのある声がする方向に、俺達が一斉に視線を向ける。戦場のような空間、その中心にあの忌々しいクソ爺と……お目当ての森人エルフ一家が揃っていた。森人エルフの女二人も男と同様に肌の色がくすんでいた。ちっ、小汚え姿になりやがって。身体に怪我はなさそうで、湯浴みの一つでもさせればどうにかなりそうなことが不幸中の幸いってところか。


「何がお待ちしておりましただ、このクソ爺!最初から俺達を嵌めるつもりだったくせによぉ!だが残念だったな?俺達はほとんどが傷一つねえ、後はテメェをぶっ殺して帰るだけなんだよ!」


「ははは、此処に来てようやく罠に掛けられたことに気付いたというのに随分と威勢がよろしいことで。あなた方も災難でしたね、このような愚か者共に囚われてしまうなんて。」


 爺が心底同情するといった様子で森人エルフの一家に話しかける。この爺……!どこまでもコケにしやがって!


 最初こそ突然の状況で戦意を失っていた部下達だが、道中何もなかったことに加えて今目の前にいるのは一人の爺と奴隷の森人エルフ共。百人単位でいる俺達が圧倒的に有利であることは誰がどう見ても明らかな状況のおかげか、全員目が血走って今にも襲い掛からんという勢いで今か今かと号令の瞬間を待ちわびている。きっと今のこいつらに捕まったら森人エルフの女二人は数日は休めないだろうな。当然俺も参加するわけだが……くく、今から楽しみで仕方ねえ!


 そしてついに、戦意も十分に高まった部下達に向けて、俺は一斉に襲い掛かるように檄を飛ばした瞬間……、


「お前ら!もうこの際男はどうなったって構わねえ!女さえ生きてりゃいい!命乞いするまで甚振って、それから惨たらしくぶっ殺せ!……え?」


 目の前の獲物に向かって駆け出して行こうとした、俺の左右にいた部下の頭が消し飛んだ。びちゃ、と顔に血が掛かり、その生暖かさがさっきまでそいつらは間違いなく生きていたことを表していた。燃え上がる火のように勢いづいていた俺達は一瞬で勢いを失い、そのまま何が起きたのか理解できないといった様子で固まった。


マスターから数人であれば見せしめのために始末して良いと伺っておりましたので。……いやはや、手前の一人だけのつもりだったのですが。どうも手加減というのは難しい。」


 クソ爺の手にはいつの間にか剣があり、くるくると器用に手元で回した後慣れた動作で鞘に納める。それと同時にどさ、どちゃっ、と血だまりに倒れ込む音が複数聞こえる。振り返って見てみると、どうやら俺の真横にいた二人だけでなくその後ろにいる何人かも頭部がなくなっていたり、削られていたりで絶命していた。俺達との距離はそれなりに開いているのに、あの一瞬で何をした?予備動作もなかった、魔法の発動もなかった。何なんだ、あいつは。あの爺は。


 自分の中にある生き抜くための勘、危機に対する嗅覚、命を脅かすものに対するセンサー。そのすべてが警鐘を鳴らしているのがわかる。先ほどまでの高揚していた気分は一切なく、一気に血の気が引き身体中から脂汗があふれ出す。


 俺達は一体、


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 書き溜めがないせいで更新が隔日だったり週をまたいだりしてすみません。


 因みに筆者はクソ野郎が改心するのって嫌いなんです。

 つまりはそういうことです。

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