23話。

「……分かった。聞かせてくれ。」


「はっ。では恐れながら……簡潔に申しますと、この男を餌に此処へとつり出すのです。」


「……簡単に言うが、わざわざ総員を挙げて押し寄せて来るとは思えない。確かに特別な商品だという話ではある、だが組織が罠に嵌められて壊滅する可能性を考えれば一家を取り返すためだけにそこまで労力を掛けるとは思えん。」


 そう、ある程度の影響力を持った組織が問題を起こした場合、まず最初に考えることは如何にして生き残るか。どこを切って、どこを残すか。損切りをすることで少しでも助かろうとするのが普通なのだ。今話に上がった方法は、相手側からすれば折角どこを残すか考えているのに全てを一気に失う可能性もある計画。幾ら成功した場合のリターンがあっても乗って来ることはないはず。だが、それでも問題はないと彼は言う。


マスターが疑問を抱くのも当然のこと。しかし、二点ほどマスターは見誤っていらっしゃいます。まず一つ目はこの一家には彼らが身を賭すだけの価値がある点。特に女と子供には、途方もない価値があります。」


「……ただの女と子供にしか見えないが。何か特別な能力でも?」


「いえ、特にそういったものはありません。ですが、彼ら自体に価値があります。」


「勿体ぶるな、早く答えを言え。」


「畏まりました。彼らは森人エルフです。」


 一家の種族名が明かされた瞬間、一家はびくりと肩を跳ねさせ、男達は弱みを握られたように顔を青くした。森人エルフは種族名の通り清い森の奥深くにのみ森を守護する者として住み着く種族で、潤沢な魔力を持って生まれるためかつては一国を築くほど力を付けていた。今は知らないが。男女共に眉目秀麗であることから他種族、特に人間から尊敬、羨望、嫉妬、様々な好奇の目で見られることの多い種族である。特徴としては耳長族という別名があるように耳が長いことで有名なのだが……。


「耳は上手く偽装していますが、恐らく人間の耳と似た形に切断され修復されないように焼いた後、回復魔法を使用したものと思われます。」


 今までよりも態度の固くなった森人エルフらしき男を傍に寄せ、耳元を覗き込む。確かに形自体は人間の物と変わらないように見えるが、よく見れば耳の上部の皮が周囲に比べて明らかに新しい。どうやら人間と同じ形に整えられたという話は真実の様だ。


 確かに、そうなると話は変わって来る。彼ら一家は確かに特別な商品だ。この商品の取引が破談になったとなれば、それは相当な額が生じるものだっただろう。何せ彼ら森人エルフは、のだから。


 一応森人エルフの中では人間との間に生まれた子はとして迫害対象になるらしいが、人間からすれば知ったことではない。寧ろ人間として生きていかなければいけない以上、人間側からすれば半端者が増えれば増えるほど都合がいい。生まれた時から持ち合わせた潤沢な魔力。そして親となった人間の面影は本当に薄らとしか残らず、人間目線では眉目秀麗な子。それだけで利用価値はある。


 もし奴隷として森人エルフを捕らえ、それが手に入れられるとすれば生涯性奴隷に困ることはなくなるだろうし、仮に男でも膨大な魔力を用いて戦争に利用したりとできることは無限に出て来るだろう。それが一家まるごと手に入るというのだから喉から手が出る程欲しいと思っても不思議ではない、例えその手を伸ばす先が地獄の釜の底だとしても。


 因みに美醜については私はよくわからない。言われてみれば人間と比べて整った顔面に見えないことはないが、私からすれば大した違いはない。寧ろ内包する魔力の方が興味を惹かれる。人間とはどう違うのか、扱い方から違うのか、住んでいた森によって魔力に変化はあるのか、調べてみたいことは数知れない。ああ、研究。研究がしたい……。


「……そうか。もう十分に釣れる理由があることは分かった。それで、二点目はなんだ?」


 正直一つ目の理由で十分すぎる程納得してしまったが、彼曰くまだ他にも理由があるのだという。


「はい。二点目は非常にシンプルです。人間は愚かである、これに尽きます。」


 ……それは元は人間だった私にも刺さる理由で、少し傷付いた。知らぬ間に落ち込む私を意に介さず彼は話を続ける。


「自分が得るはずだった利益を棒に振られた。きっとこの組織、いえ組織の上層部はその怒りで震える拳を振り降ろす先を探しているでしょう。彼ら奴隷商が一家を捕らえようとしている際に口にしていた『』という発言から、私怨をこの一家にぶつける予定だったはずです。もし捕らえられていたら、まずはその場で今ここにいる男達に。そして連れ戻された後は、他の組織の者達に。商売相手に引き渡す前に文字通り死ぬほど嬲られていたことでしょう。」


 その言葉に仮定の未来を頭の中で思い描いたであろう、森人エルフの男は拳を固く握りしめ、森人エルフの女と子供はそんな男を宥めつつも、に対する隠し切れない不安を表すように寄り添っていた。そして男は、改めて両膝を着き、私に向かって首を垂れ、土を涙で濡らしながら自らの願いを吐き出した。


「……見ず知らずの、それも高位の不死アンデッドを従えている方に対して不躾な願いであることは分かっています。それでも、どうか……どうか、私達を救っては頂けないでしょうか。今頼れるのはあなた方しかいないのです。どうか……よろしくお願いします……っ。」


 最初に出した『聞かれたことだけに答える』という指示を無視したことを咎めようと吸血鬼の彼が口を開こうとするが、私は目線でそれを止める。彼は意図を察し、素直に一礼と共に一歩引いた。


 正直なところ、同情や憐憫といった感情は一切ない。彼ら一家が今ここで男達に嬲られ、殺されようがそういった気持ちは湧かないままだろう。今回の行動は義憤によるものや正義感によるものでは断じてない。だが、彼らを此処で全員処分する以上に効率的に実験材料が集められると言われたら、乗らない手はないな。死霊術師である私が人助けなど……いつぶりだろうか。


「分かった。私は君達の協力の下、現状では簡単に手に入らない人間達実験材料を貰う。君達には、君達が欲していた救いの手を私が差し出す。利害の一致だ。今回は手を貸そう。」

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