十八本桜 再会

「エヴァ、いるか?」


 砂鯨サンドリオンとの激闘から三日後の夜、研究所へ赴いた私は声を掛ける。


「お帰り、シャナ。いつ帰ってきたんだい?」


「つい、さっき。協会ギルドへ報告のついでに、立ち寄らせてもらった」


「ついでなんて、寂しい事を言わないでおくれよ」


「早く約束の物を渡してやろうと思ってな」


 紅結晶の欠片を手渡すと、エヴァの目が輝く。


「わお、本当に鯨核アンバーを採ってきてくれたんだね!」


 収穫品に頬擦りをしながら「珈琲コーヒー飲むかい?」と訊ねられたので「頼む」と答えた。


砂鯨サンドリオン討伐を受けると聞いて正気を疑ったけど、まさか達成とは」


 呆れ顔をしながら、私の前に珈琲碗コーヒーカップを置く。


「陰ながら助太刀するつもりでいたのだが」


 当初の予定としては、二人が苦戦する所を私が砂鯨サンドリオン内部へ侵入。鯨核アンバーを破壊して爆破を免れる事により、任務達成の成功体験と最後まで気を許さない心構えを持ってもらうはずだった。


「もしかしたら私は、とんでもない二人を育てようとしているのかもしれない」


「君にそこまで言わせるとはね……その二人、今は何をしているんだい?」


「フレーゼに立ち寄り、一日ゆっくり過ごさせた。任務も早く達成出来た上に、我々は飲まず食わずの状態だったからな。今は宿舎で休ませている」


「オアシスの街フレーゼか。今はバザーが開かれている時期でね。僕も行きたかったなぁ」


「それで前回訪れた時よりも出店が多かったのか。二人も楽しんでいたみたいだが……」


「何かあったのかい?」


 私は珈琲コーヒーを一口啜り、話す。


「実は、小次郎殿との再会を果たせた」


「えっ⁉ 例の、異世界からやってきたのかも知れないと言っていた彼?」


「そうだ。弟子達に自由時間を与え、私も一人街を歩いていた時に偶然、な――」


 ここからは、私の回想となる。


 藍色羽織に袴姿、長刀を背負った男の姿を見掛けた瞬間、私はすぐに後を追い掛けた。


 人波を掻き分けながら近付くが、あと一歩の所で裏路地に入られてしまう。


「確か、この辺りで……」


 そこは華やかな表舞台とは一変していた。貧民窟スラムのように荒れ果てており、塵を漁る鼠が私の横を走り去っていく。


 犯罪の臭い漂う土地を進んでいくと、突然開けた場所に出る。山積みされた不法投棄に壁面落書グラフィティ、只ならぬ雰囲気を感じた次の瞬間――。


「お主、丁度良い所へ来たのう」


 頭上から声がしたので目線を向けると、そこには小次郎殿と同じく小袖に袴、羽織姿の男が胡座を組んでこちらを見ていた。


 声を掛けられるまで相手の存在に気付けないとは不覚としか言いようがない。


「暇をしていた所だ、少し遊んでいかんか」


 男は立ち上がると、肩を回し準備運動を始めた。遠くからでも体躯の大きさが分かる。ゆうに六尺はあるだろう。


「……申し訳ないが、人を探している最中だ」


「そう冷たい事を吐かすな、よもや腰に下げている刀は飾りという訳でもあるまい」


「お主と戦う理由が、どこにある」


 こちらがそう言うと、男は「カッ」と息を吐き忌々しそうな表情を浮かべた。


「つまらんのう。小次郎から聞いた話と全然違う。剣聖などと大風呂敷広げおって」


「小次郎殿を知っているのか? 貴様、何者だ」


「儂か? 儂は【鬼夜叉】よ」


 そう名乗った相手は、ひらりと宙を飛ぶや否や、私に向かって剣を振り下ろす。


「――ぐっ……⁉ くっ……!」


 咄嗟に刀を抜き攻撃を受ける。その強さ、重さ、比肩するものなし。


 剛の力を柔の技で受け流し、反撃を繰り出す。私自身、確実に当たると思った攻撃は動物的反射神経――否、剣士の素質により避けられてしまう。


「ほぉっ、儂の瓶割刀かめわりとうで倒せぬとは、やりおるわ」


 心底楽しそうな笑みを浮かべる男。このままでは命の取合いになる、そう感じた矢先。


「そこまでです、一刀斎殿」


 別の場所から声がした。目線を向けると、こちらが探していた小次郎殿の姿を発見。


「邪魔をするでないわ、ここからが良い所ぞ」


「こちらの言う事に従えぬというなら、元の世界へ戻って頂きますが宜しいか」


「……それは、つまらんのう」


 一刀斎と呼ばれた男は、口を尖らせながら渋々に刀を納める。


「失礼仕った、剣聖」


「……小次郎殿、貴方は一体」


「概ね推考されている通りだと思いますが、我々はこちら世界の住人ではありません。ある目的を達成させる為に動いている【組織】です」


「……ある目的?」


「人殺しだ、ふはははは」


 豪快に笑いつつ不吉な言葉を口にする一刀斎殿。冗談かと思い小次郎殿を見たが、彼は否定しない。まさか……本当なのか?


「残念ながら、説明をする時間は無いようです」


 何やら話し声が聞こえてきたと思いきや、大勢の衛兵が姿を現す。その中でも隊長らしき人物が、私の存在に気付き声を掛けてきた。


「剣聖様⁉ 要請を受けて来られたのですか⁉」


「? どういう意味だ?」


「そこの男は無銭飲食をした挙げ句、既に二十名の騎士を病院送りにしておる凶悪犯です!」


 一刀斎殿を指差し、とんでもない報告を受ける。


「命を失わなかっただけ、有難いと思えんか」


「貴方という人は……では剣聖、失礼いたします」


 二人は屋根の上まで高く跳躍。あっという間に、姿を消した――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る