十五本桜 弟子同士の戦い

 ――勝ち抜き戦まで残り一ヶ月となった日、再び予期せぬ出来事が起こる。


 弟子達の才能が、こちらの想定よりもかなり早く開花したのだ。


 先日、ついに牛若が大岩を動かした。体力や腕力向上も勿論だが、力の使い方が分かったのだろう。


 ちなみに大和は、牛若より半月も早く達成している。その時は嬉しさで大騒ぎを始め、大変だった。


 だが落葉斬りは両者未達成である。大和は連続で六枚斬りが最高、牛若は八枚斬りが最高の状態……ここだけの話、私は会得に一年近くかかったのだが同じ自分で差があり過ぎる。


「焦るとうまくいかねぇ、平常心だ平常心!」


「もう一回やろう、もう一回!」


 事件を越えて、二人の意識は激変。以前は何かと文句の多かった大和も修行だけでなく学業も真面目に取組むようになったし、元々勤勉な牛若は言葉の使い方までしっかりしてきた。


 ……一気に最終段階まで進めていいかもしれん。


 私は二人を呼び、新たな修行方法を告げる。


「まず二人に、この特別な木剣を渡す」


「前に持ってたのと、同じに見――えっ⁉」


「な、なんだコレ⁉ 重てぇぞ!」


「真剣と同じ長さ、重さがある。これを記憶して、今度は無刀で試合だ」


「オレ達がり合うのは禁止されてたが、いよいよ解禁か! やったぜ――てか、無刀?」


「どういう意味ですか? ししょう」


「そのままさ。記憶の中にある真剣を用いて、目隠し試合を行う。何戦かやってみて、最後に一度だけ今渡した木剣を携えて試合だ」


「? 何の意味があるんだよ、それ」


「想像と現実のズレを無くす。思った通りに身体が動かせるか否か。更に頭を使う事で、精神力の修行にもなる」


「さいごに木剣を使うのは答え合わせって事だね」


「その通りだ、牛若。では各自、剣と触れ合え」


「触れ合えって言われてもなぁ……」


 最初は普段通り素振りをしていたが、牛若は目を閉じて何度も木剣を上げ下げしてみたり、大和に至っては匂いを嗅いだり噛んでみたりしている。


「そろそろ記念すべき一回目の無刀試合を行うぞ。記憶の中にある真剣を喚び起こせ」


 目隠しをさせて開始の号令を出す。両者ちぐはぐな行動で、とてもではないが試合にならない。


「――そこまで。思い描いていた位置取りと目隠しを外した時の立ち位置をしっかり覚えておけ。それだけ現実と差が生まれているという事だ」


「マジかよ⁉ オレ、こんなにズレてんの⁉」


「剣の重さや長さを考えていたら、剣が出しにくくなった……」


 色々と収穫はあった模様。かな、善き哉。


 その後は落葉斬りや剣との触れ合い、目隠し戦を数回行って最後の締め括りとなる。


「どうだ大和、待ちに待った弟子戦だぞ」


「……そう、だな……」


「楽しみにしていたのではなかったか?」


「何故か分かんねぇけどさ……今は緊張しやがる」


 牛若の強さは、もしかすると本人より傍で見てきた大和が理解しているのかもしれない。相手の力を理解した上で、更に兄弟子としての威信がかかっていれば緊張もするだろう。


「牛若は――」


 声をかけようとして、思わず動きが止まる。あの内気で優しい性格の牛若が、対戦相手である大和を見据えていた。


「……随分と剣士の顔になったじゃないか」


 年甲斐もなく心が高揚する。だが立会人として、しっかりと目を光らせておかなければ。


「両者、向かい合え。無制限一本勝負――始め!」


 号令一下、先に動くのは大和と思われた。しかし実際は両者動かず。


 先手必勝という言葉もあるが、それは相手の出鼻を挫き自分に優位な局面を作る事を意味している。


 つまり揺さぶりが効かなければ何の意味もない、どころか後の先を取られては不利な状況を生む。


 とはいえ、睨み合っても試合は動かない。ここは私から打ち合いを促すかと動いた瞬間――。


 僅かに大和が私へ目線を向けたのを狙い、牛若は最短で突きを繰り出す。


 相手の喉へ向けた、当たれば一撃必殺の剣。しかし的は狭く難易度も高い。


「――くっ」


 木剣の重さもあり、牛若の攻撃は避けられてしまう。同時に大和が上段の構えから一気に剣を振り下ろす。こちらも惜しい。他の構えを即座に選択出来ていれば当てられたかもしれないのに、最も自信のある構えを選択したが故に避けられてしまった。


 両者の初手は空振りの結果となり、再び距離を置いての膠着状態へ。勝ちたいという思いが強すぎて思う通りにいかない。


「……あれこれ考えるのは、柄じゃねぇ」


 吹っ切った様子の大和が距離を詰める。獣人の脚力により、僅か一歩で間合いへ入った。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ‼」


 選択したのは連撃。駆け引きや技の応酬では、牛若に勝てないと踏んでの選択。これは正しい。


 純粋な速さと力は大和に分がある。牛若も理解をしているからこそ、短期で仕留めようとした。


 最初は防げていた攻撃も、相手の力に押されて次第に凌げなくなってしまう。焦った牛若が反撃を行おうと手を出す――これが決め手となる。


 牛若の脇に大和の剣が届こうとした瞬間、私が割り込んで刃を掴む。突然の事で驚く両者に、大声で知らせた。


「そこまで! 勝者、大和!」


 勝ち名乗りを聞き、大和は「よっしゃあ‼」と拳を振り上げる。時間にすれば五分とかかっていない試合だったが、二人の顔には汗が滲む。


「〜〜〜〜!」


 一方の牛若は、悔しさの余りその場にしゃがみ込んで泣き出してしまった。私は、そんな彼の頭を撫でながら「その気持ちを大事にしろ」と伝える。


「よし、本日の修行は終わりだ。帰るぞ」


「「はいっ!」」


 善い試合を見せてもらったお陰で、私も清々しい気分に満たされていた。

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