十四本桜 剣聖、涙す

 怨醜鬼ガイストの一撃を喰らい、口から大量の出血をしつつも大和は立ち上がった。


 入団戦もそうだが、獣人である事を抜きにしても大和は驚異的な頑丈さ《タフネス》を持っている。


 それに対しては敵も同じ感想を抱いたようで、「ガキのくせに、やりおるのぉ」と呟く。


「やまと! だいじょうぶ⁉」


「……バカ、野郎……! オレの事は、いい……! さっさと……逃げろ……!」


「おいていけないよ!」


 牛若は木剣を正眼で構える。落葉斬りを思い出し深呼吸を行なう。だが心臓は落ち着かず、意思とは関係なく手の震えが止まらない。


「どうしたわらべ、攻めて来ないのかえ?」


 相手は明らかに子供だからと、馬鹿にしていた。勝機があるとすれば、ここを突くしかないが……。


「はぁああああああっ‼」


 真向斬りを繰り出す牛若。怨醜鬼ガイストは何とその攻撃を素手で掴む。


「――⁉」


「効きゃしないよ、そんなもん」


 怨醜鬼ガイストはさみを振るう。後方へ飛んで避けようとするが、木剣を持たれている為に動けない。


「あぐぅっ⁉」


 牛若は胸を切り裂かれ、血を噴きながら倒れる。


「生きたまま全身の皮を剥いでやるよ。安心しな、痛みは最初だけさ。頭おかしくなっちまうからね」


「うぁ……ぁ……あああ……!」


 埋まる事のない圧倒的な力の差。相手の一撃で瀕死に陥ってしまう。


 あまりの恐怖に、牛若は小便を垂れてしまう。そんな姿を怨醜鬼ガイストは嬉しそうに見下ろす。


「いい顔だねぇ。お前のその格好、貴族の息子かい? 今まで何不自由無く育てられたんだろう?」


 敵は牛若の髪を掴み高く持ち上げる。戦意喪失の牛若は、悲鳴をあげるしか出来ない。


「お前は生きたまま、髪を全部抜いてやる。苦痛と絶望をしっかり堪能しながら死んでいくのさ。想像しただけで溜飲が下がるよ、キヒヒヒヒ」


「ああ……! ああぁあああ……‼」


 掴まれた手に力が込められ、ブチブチという音と共に絶叫が轟く。


「やめろぉおおおおっ‼」


 その時、大和の木剣が敵に打ち込まれた。不意打ちされた事と、攻撃を受けた腕が僅かに斬られている事に驚き、怨醜鬼ガイストは牛若から手を離してしまう。


「……コイツは……オレの……弟弟子なんだ……! 殺るならオレを殺れ……! クソババア……!」


「お前、可愛くないねぇ」


 怨醜鬼ガイストは手にしたはさみを大和へ振り下ろす。木剣で攻撃を防ごうとするが、刃がぶつかった瞬間に木剣は切断。はさみはそのまま大和の肩へ刺さった。


「がぁっ⁉ ぐっ……うぅううううう‼」


 痛みで気が遠くなりそうなのを必死に堪える。牛若を守ろうとする執念が、大和を動かす。


「……こんっ……ちく……しょう……がぁアァ‼ ウォオオオオオオオオオン‼‼」


 迸る青白い稲妻。金色の眼を宿す白き戦狼バトルウルフは、相手に向かって飛び掛かる。


 突然の事態に驚きながらも防御体勢を取る怨醜鬼ガイストだが僅かに遅い。肩の一部を齧り取られてしまう。


「ガルルルルルルルルル……ッ‼‼」


「なんだい、こいつは。気色悪いったらないよ」


 再び戦狼バトルウルフが距離を詰める。速度は敵を上回っていた。だが勝敗は、それのみで決まらない。


 怨醜鬼ガイストは囮の腕を前に突き出す。それにまんまと噛み付いた戦狼バトルウルフへ、何度もはさみを突き刺していく。


「ギャイン! ギャイン‼」


 悲鳴をあげ、大量の出血をしながら戦狼は倒れてしまう。そんな相手の顔面を踏み躙りながら、怨醜鬼ガイストは吐き捨てる。


「獣風情が逆らうんじゃないよ。子供の後、毛皮を剥ぎ取ってやるから楽しみにしてな」


 再び牛若へと歩み寄る怨醜鬼ガイスト。血で汚れたはさみを嘗めて拭き取り、満足そうに笑みを浮かべた。


「待たせちまったねぇ。ようやくお前に手を掛けてやれるよ」


「……やま……と……! ししょう……っ‼」


「まずは逃げられないように、両足から切り離しておこうかねぇ。キヒヒヒヒヒヒ」


 凶器が牛若の脚に触れようとした、次の瞬間。


 閉ざされた葡萄酒貯蔵室ワインセラーの扉が吹き飛んで、壁にぶつかり粉砕する。


「………あ?」


 土埃が舞う室内、何者かが入口に立っているのが見えた。怨醜鬼ガイストが目を凝らし、その実態を掴もうとした矢先――。


 はさみを持っていた腕が、ぼとりと落ちる。


「――は? な、なぁあああっ⁉」


 歩み寄る音が鳴り響く。それは牛若にとっての救済歌リデンプション、敵にとっての鎮魂歌レクイエム――。


「……し……しょう……」


 その名を口にして、牛若は意識を失う。


「シャナ、かなり危険な状態ではあるけどヤマトも無事だ」


 エヴァが大和の容態を見て説明を行なう。突然、背後から姿を現したので敵も「い、いつの間に⁉」と驚愕を隠せない。


「すぐに治療を。私もすぐに牛若を連れて追う」


「気をつけて」と言って頷いた後、エヴァと大和の姿が魔法陣に包まれ消失する。


「転移魔法じゃと⁉」


 私の刀は既に鞘から解放されていた。その切先を怨醜鬼ガイストに向け、忠告を行う。


「貴様の命、残り一分だ」


 挑発にも取れる発言。だが、こちらの放つ威圧に当てられて相手は動けない。


 皺だらけの顔に大量の汗をかきながら、怨醜鬼ガイストは命乞いを敢行。


「も、もう人は襲わない……誓うよ。だから許――ぎゃぁっ⁉」


 残したもう一本の腕が飛ぶ。それを眺めながら、私は「残り五十」と答える。


「ちっ、違うんだよ! 私だって被害者なんだ! 性悪貴族に騙され、全財産巻き上げられたのさ!」


「残り四十」


「攫った奴等だって、その糞っ垂れ貴族の血縁者やゆかりの在る者達だけ! 殺されたって仕方のないクズ共さね!」


「残り三十」


「髪や衣服を売り飛ばして金品に替え、復讐を遂げればそれでよかった! この姿だって、私が望んだものじゃない! 神の意志なんだよ!」


「残り二十」


「そこのガキ共だって、私の屋敷へ勝手に侵入するから罰を与えたに過ぎない! 悪いのは、お前らのほうだろう! 違うかぃ⁉」


「残り十。九。八――」


「何でここまで言っても分からないんだぃ⁉ 私は悪くないって言ってるじゃぁないか‼」


「四。三。二――」


「数えるのをッ‼ やめろぉおおおお‼‼」


 耳まで口を裂き、私に向かって飛びかかってくる怨醜鬼ガイスト。そんな相手に背を向け、ゆっくり刀を鞘に戻す。勝敗は既に決していた。


「秘技、羅生門」


 空中で静止した怨醜鬼ガイストの身体が、輪切りとなって分裂。即座に塵となって姿を消す。


「……外道が」


 私は牛若の身体を抱き締め、廃館を後にした。


 ――丸一日が経過し、ようやく大和は目覚める。


「……ここは……オレは、生きてるのか……?」


「やまと! エヴァ、やまとがおきたよ!」


 声がして辺りを見回すと、隣のベッドから様子を伺う牛若と白衣姿のエヴァが立っていた。


「……ウシワカ……? 何がどうなってる……?」


「瀕死の君を、ベルディアの病院まで運んだのさ。魔法で傷は治したけど、二人共かなり疲弊してたから体力が戻らなくてね。検査入院ってワケ」


 エヴァは大和の様子を診て「うん。この調子なら二人共、明日には退院出来るよ」と告げる。


「さて。目覚めてすぐに悪いけど、少し付き合ってくれるかい?」


 そう言ってエヴァは、弟子達に微笑んでみせた。


 ――案内されたのは、病院から程近い場所にある教会。どうしてこんな所へ連れてこられたのか分からないでいる弟子達に、エヴァは「見てごらん」と言って扉の隙間を指差す。


「……あれは……ししょう? なにしてるの?」


「シャナの世界では、御百度参りという願いを叶えてもらう儀式があるようでね。本場とやり方は違うらしいけど、彼は二人が無事に目覚めるのを、昨日からずっと飲まず食わずで祈ってるのさ」


 敬礼、二礼二拍手一礼、両膝をつき深く一礼、立ち上がって敬礼……それを延々と繰り返す。


「シャナがどれだけ心配したか、分かるね?」


「……師匠……!」


 大和と牛若は教会の扉を開ける。振り返った私に対して二人は叫ぶ。


「「ごめ″ん″な″ざい″、じじょ″う″‼‼」」


 もはや涙で言葉にならない。そんな弟子達の姿を見て、私は慌てて駆け寄り抱き締める。


「無事で……無事で良かった……!」


 仮面の下から流れる涙を止められない。そんな情けない師匠の姿を見て、更に泣き叫ぶ牛若と大和。


「なんだよ君達……大した絆じゃないか。ははっ、妬けちゃうね全く」


 抱き合う三人を見て、エヴァはそっと教会の扉を閉めた。喜びを分かち合うこの時間、何人たりとも邪魔をさせないと誓って。


 ――翌日、私は今回の事件で犠牲となった千本桜団員二人の墓を見舞う。幾度も剣の指導を行った、どちらも将来有望な騎士であった。


「……すまない」


 戦いの世界に身を置く以上、最悪の事態は想定をしておくべき。頭では分かっているが、当然辛い。


「また来る」と告げて墓地を離れると、遠くから「おーい、師匠!」という声が聞こえてきた。


 退院直後に関わらず、元気が有り余ってる様子。


「早く修行しようぜ! 俺も牛若も、出来るようになったんだよ! 落葉斬り!」


「ししょうに、みてほしい!」


「そうか、よし。見せてみろ」


 降り続いた雨は止み、空には虹が架かっていた。

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