十本桜 修行開始

 私の国では、夜明けを三つの言葉で分けている。空が明るくなる前のあかつき、白んできた段階の東雲しののめ、ほんのりと明るくなっている状態のあけぼの……中でも私は東雲の時間がとても好きだった。一日の始まり、正に夜が明けようとする力強さと清々しさを、全身で浴びる事が出来るからである。


 朝稽古の支度を終えた私に対して、未だ布団の中で眠る二人。真っ直ぐ向いて微動だにしない牛若に対して、へそを出しイビキをかくナナシ。これほど対照的なのも珍しい。


「起床! 稽古を始めるぞ、すぐに支度しろ!」


 大声で告げると「ふぁっ⁉」という情けない声と共に牛若が飛び起きた。しかしナナシは目覚める気配がない。しようがないので腕を掴み持ち上げ、空中で揺さぶってやる。


「起きろと言っているんだ、ナナシ」


「わぅわぅわぅ、や、やめろぉお……!」


「十分後に宿舎外へ集合。遅刻をした者には相応の罰を与えるからな、急げ」


 ナナシを離し、手を叩いて開始を促す。右往左往する牛若を尻目に、私は集合場所へ向かった。


 ――十分後、まさにギリギリで二人が集う。キチンと身なりを整えた牛若と、寝癖をつけたまま欠伸をするナナシ。


「ナナシ、今回は初日ということで大目に見るが、それでは支度を終えた事にならん。明日からは気を付けろ、いいな」


「ふぇ〜い……」


「返事は『はい』だ! 分かったか!」


「は、はいっ‼」


 よし、と私は頷き改めて説明を行う。


「今日からお前達は、私の弟子となる。今後は私を師匠と呼ぶように」


「「はい、師匠‼」」


「二人も兄弟弟子として切磋琢磨するようにな」


「ねぇねぇ師匠。俺のほうがコイツより年上なんだからさ、俺が兄弟子って事でいいよな? な?」


「ん? ナナシと牛若は、今いくつだ?」


「俺は十だぜ!」


「な、ななつです」


 だったらナナシの言う通りになるのか。正直どちらでもいいと思った私は「そうだな」と答えた。


「へっへっへ、俺のほうがアニキだぜぇ」


 何故か自慢気なナナシへ、私は更に伝える。


「ナナシ、お前に新たな名を与えたいと思う。いつまでも『名無し』の訳にいくまい」


「えっ⁉ ほ、本当か⁉」


「昨夜、私なりに考えたのだが――【大和やまと】という名はどうだろうか」


「……ヤマト……」


「私の生まれた国では【大口真神おおくちのまがみ】と言う白き狼の神様がいらっしゃるのだ。その神は大和の国出身と聞いた事があってな。『道を極める』という意味も込められている」


「お……おぉおおおおっ! カッケェ! よぉし、今日から俺はヤマトだ! ヤマトと呼べ!」


 気に入ってもらえて良かった。私はホッと胸を撫で下ろす。


「――では改めて朝の修行を行う」


「よっしゃキタキタァ! どんな技を教えてくれるんだ!?」


「まずは……」


「まずは⁉」


「柔軟だ」


「ジ、ジュウナン? それってどんな技だ?」


「準備運動とも言う。それが終われば、いよいよ」


「いよいよ⁉」


「走り込みだ。それから腕立てと腹筋、木剣による素振り――」


「……おいおい」


「その後、二人は昼まで孤児院で座学だ。私は国王に呼ばれているので、そちらへ向かう。午後になったら合流し、次の指示を出す」


「おいおいおいおい!」


「分かっているだろうが、私の言う事がきけないのならば修行は打ち切りだ。いいな、大和」


「……おぃい〜……」


 こうして朝の修行は開始された。


 ――数時間後、私は国王から「どういう事じゃ、シャナぁああああ‼」と叱咤されてしまう。


「どういう事、とは?」


「とぼけるでない! 国中の噂になっておるぞ! お主がウシワカきゅんの他に養子を取ったとな!」


 ……牛若きゅん? いや、追及すまい。


「大和の事ですね。それについては昨夜決めたものですから、報告が遅れました。申し訳ありません」


「ここに来て、お主……! 突然、そんな……! どうしたというんじゃぁ⁉」


「やはり悪い魔法にかかっているのです! そうに違いありません! 解呪魔導士を今すぐここへ!」


 餌を欲しがる魚のように口を動かす国王と、呪い呪いと発狂する王妃。少しは落ち着いてもらえないだろうか。


「どちらも私が責任を持って一人前にしますので、何も心配はいりません」


「本当に大丈夫なのですか? その大和という少年は長らく奴隷として飼われた獣人で、素行も悪いと聞いておりますが」


「お主自身もそうじゃ。弟子の育成は結構なれど、世相も刻一刻と変化しておる。多国間交流に魔物の討伐……世界は未だ、剣聖が必要じゃ。落ち着いておる暇などないぞ」


 要は皆、不安なのだ。今の平和が仮初である事を理解しているから。弟子育成という計画に歳月をかけ、結果が伴わなかった場合の恐怖に怯えている。


「……半年頂きたい。さすれば、御二方を安心させる結果をお見せいたしましょう」


「なんと……? 一体、どのようにするのじゃ?」


「そちらが選んだ千本桜の十名と決闘方式で戦い、勝ち抜かせます」


 この提案に、黙って聞いていた側近達も驚きの声をあげた。


「え? 子供が二人がかりとはいえ、千本桜十名と戦うってのか? いくらなんでもそれは……」


「馬鹿、決闘方式だと言っているだろ! 一対一の戦いを勝ち抜くって事だ!」


「待て待て、そんなの上位十名級ではないと――」


ダンッ! と、突然凄まじい衝撃音が鳴る。見れば国王の玉座肘掛けが破壊されているではないか。


「……吐いた唾は飲み込めんぞ、分かっとるんか」


 こちらを睨みつける国王。空気は一瞬で張り詰め静まり返ってしまう。


 ベルディア国王、アルカゼオン。前ベルディア騎士団初代団長にして百戦無敗を誇る、別名【ベルディアの暴虎ティグレ】――戴冠後は騎士を退いたが、その力は未だ健在か。


「お前に託したが、団員のほとんどは儂が育てた。半端な躾などしとらん。それを半年そこらの餓鬼が出し抜こうっちゅうんかい」


「その通りでございます」


 国王はゆっくりと立ち上がり、跪く私の傍まで寄って来た。


「騎士は面子メンツで生きとる。ナメられたら終い、国の根底が揺るがされてしまう」


 膝を折り、私と目線を同じにする国王。暴虎とはよく例えられたものだと感心する。


「弟子が勝ち抜けんかった場合……お主にゃあベルディアの下僕として一生を費やしてもらう。それでええよなぁ?」


「畏まりました」


「――うむ。楽しみにしておるぞ、シャナ」


 ぱぁっと笑顔を作り、私の肩を叩く国王。こんな人が国の頂点だというから、世の中は不思議だ。

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