八本桜 好敵手との出会い • 裏

 すっかり遅くなってしまったが、武館を開く達人が待つ貴賓席へ私は急ぐ。


「お待たせして申し訳ない」


 その者は手を後ろに組み、窓の外を眺めていた。声を掛けると振り返り、柔和な笑みを浮かべる。


「いえ、こちらこそお時間を割いていただき、誠にありがとうございます」


 面相も然ることながら、美しい長髪を後ろで束ねている姿は女性と見間違うばかり。藍色の美しい羽織と袴姿という、こちらの世界では珍しい出立ち。何より身体の半分を越える長尺刀は、抜く前から圧を放っていた。


 只者では無い事ぐらい、剣を交えずとも分かる。


巌流がんりゅう創始者、小次郎と申します。以後、お見知り置きを」


鞍馬流くらまりゅう、遮那と申します。ベルディア王国の剣術指南役を行っております」


 右手を差し出されたので応じる。長く細い指、だが硬い。幾星霜、剣を振るってきたつわものの手。


「小次郎殿、ですか。失礼を承知で申し上げますが、変わった名前ですね。生まれは何処で?」


「お答えするには、こちらが早いと思います」


 自身の得物を掲げて見せる小次郎殿。鎌かけなど不要という意味だろう。


「……畏まりました、では闘技場へ」


 先程、ナナシ達が戦いを繰り広げた場所へ再び足を向ける。


 舞台では団員が床に付いた血を清掃していたが、今から使うので外してもらえないかと伝える。


 敬礼し、慌てて現場を去る団員。気持ちが昂っているせいで少々当りがきつくなったかも知れない。


「ここは良い国ですね。活気があり美しく、何より民が笑顔で過ごしている」


「同意です。その笑顔を守る事こそ、私の使命」


 私は静かに抜刀し、刃を返す。達人同士が腕を見せ合う時は真剣を使う。そうでなければ、真の実力など計れないからだ。


 小次郎殿も鞘から得物を抜く。改めて刀を見ると物凄い長さである。槍使いと対峙しているような、どうにも距離感が乱されてしまう。


「特注品ですか」


「ええ、備前長船長光びぜんおさふねながみつと言い、三尺あります」


 ……もはや疑う余地は無い。この男、異世界からの転送者だ。しかも私がいた時代とは、また別の時代の剣士……。


 エヴァの他に時空魔法を使える者が? 他にも仲間はいるのだろうか?


「随分と雑念が入っている様子ですが」


 指摘をされ、己を恥じた。勝負を前に雑念を抱くとは愚か者め。集中しろ、五感を研ぎ澄ませろ。


 次第に周りの背景が消え、互いの鼓動、息吹以外聞こえなくなる。


 延びた刀の横手同士がぶつかった瞬間、戦いは開始とみなされた。


 実力を示さねばならぬ為、先手は必ず相手となる。一切の予備動作無く繰り出された打突は、サラディンより数段疾い。


 それを紙一重で避け、今度はこちらの手番。上段構えからの真向斬まっこうぎりを小次郎殿は旋回して躱す。まるで舞のようだ。


 旋回の終わり際、横薙ぎの左一文字が繰り出され私は驚く。避けの動作と攻撃の動作を一連の流れとして組むとは。


 咄嗟に後方へ飛び、攻撃範囲の外に出たつもりだったが――小次郎殿の剣は振り切られる前に軌道を変え、更に攻撃を繰り出す。ぎりぎり棟で防ぎ、刃のぶつかり合う音が辺りに木霊した。


 こちらの予想よりも、かなりの手練れ。威力こそ弱いが、その速度と技術は過去の対戦相手から考えても三本指には確実に入る。これ程の剣士が、未だ眠っていようとは。


 そんな折、小次郎殿は止めをさすのに焦ったのか袈裟斬けさぎりを繰り出す。これは好機と、打ち終わりを狙った私が横へ避けた瞬間――全身の肌が粟立つ。


――なんだ? 何かが、まずい。


 思考より先に刀を脇構えにし、防御に徹した矢先である。先程と同様、小次郎殿は打ち込み終えた刃を急速度で反転し一気に逆袈裟斬へと変化させた。


 完全にこちらの視界外から繰り出された一撃。それを防げたのは偶然という他無い。不意をつかれ、思わず刀が手から離れてしまいそうになるのを必死で堪える。


「――素晴らしい」


 すると突然、小次郎殿は攻撃を止めた。一体何が起こったのか状況が分からないでいる私に、最初の柔和な笑みを浮かべて言い放つ。


「虎と燕を防がれては、私に勝ち目はありませぬ。恐れ入りました」


 剣を鞘に収め、一礼をされる。私個人としては、もっと戦いたいが仕方ない。


「それでも奴を倒すには、まだ――すみません、こちらの話です」


「小次郎殿、貴方は一体……」


「また会いましょう、剣聖」

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