七本桜 好敵手との出会い • 表

 待合室に近付くと、何やら団員達の揉めている声が聞こえてきた。何が起こったのか訊ねた瞬間、「け、剣聖様!」と困り果てた表情を向けてくる。


「入団戦をさせろと先程から騒いでいまして……」


「騒ぐ? 何故そのような事態に――」


 見ると白毛の大きな耳と長い尻尾を生やした獣人の子供が胡座を組み、ふんぞり返っていた。まさかと思うが……。


「何が悪いってんだよ! 俺はオメェらより強ぇ! 勝てば騎士になれるんだろ?! 戦わせやがれ!」


「いい加減にしろ! 我々はお前に付き合ってやるほど暇では――」


「うるせぇ! ぶっ飛ばすぞ、この野郎!」


「その希望者と言うのは」


「そうです……先程からずっと、あの調子でして」


 確かに入団戦は年齢基準を設けていない。そうする必要がなかったからだ。


 無理やり外へ追い出しますかと聞く団員に対し、私は「止めておけ」と伝える。


「入団戦は誰でも受けられる決まりだ」


 問題は対戦相手だが……流石にサラディンというわけにいくまい。となれば他に誰がいる?


「上位十名では今、ジェド様しか……」


 ジェドは千本桜で十番目の実力者。某国で盗賊団頭首をしていたが、私が組織を壊滅させた後に性根を叩き直す為、引き入れた。


 実力は折り紙付きで、奴の変則的な動きと短剣の扱いには一目置いている。問題は、素行と口の悪さだろうか。


「何故、ジェドがいる?」


「昨晩、賭けで負け無一文になり、暇だから団員へ茶々入れに来たらしく……」


 とんでもない奴だ。しかし今は丁度良い。


「私が呼んでいると伝えてくれ」


「ほ、本気ですか? 子供が殺されますよ⁉」


「その心配はいらない」


 団員達は慌ててジェドを呼びに向かう。それから程なくして、当人が面倒臭そうにやって来た。


「何なんスかぁ、急に呼び出して……くぁあ」


 眠そうに欠伸をするジェド。目上の人間に対する態度ではないが、目を瞑っておく。


「入団戦だ、支度しろ」


「マジっスか? 頭の悪い奴がまだいるんスねぇ。どこにいるんスか、ソイツ」


「お前の眼前だ」


「ほぇ?」と気の抜けた声を出しながら、ジェドは目線を下げる。そこにいた子供を見て指差しながら「もしかして、コレ?」と言う。


「ま、いいっスよ。命令なんで、やりますヨ」


 腰に下げた無数の短剣を放り投げ、頭上で回してみせる。さながら曲芸師だ。


「子供を殺った事はまだ無いんでね、どんな感触か楽しみっスわ」


「殺すな。これも命令だ」


「……へーいへいっと」


 不満気なジェドは放っておき、子供に訊ねる。


「名を教えてくれないか」


「ナナシって呼ばれてたが、好きじゃねぇ」


「ナナシ……? ちなみに家族は」


「そんなもん、最初からいねぇよ!」


 私は更に「読み書きは出来るのか」と訊ねると「出来ねぇ」と頭を左右に振られた。これは……。


 私は団員に耳打ちで指示を出す。どうにも嫌な予感がしてならない。ただの気の所為なら良いが。


 とりあえず、今は為すべきことを為すとしよう。気を取り直し、全員を試験会場へ案内する。


――ベルディア闘技場。楕円形の建物で全長が五百メドル、高さ四十メドルという王国が誇る巨大建造物だ。中央舞台を囲うように観覧席が設けられ、八万の客を収容可能。先程の鍛錬場もかなり広いが、こことは比べ物にならない。


 両者を舞台中央に向かい合わせ、私は試合規則を口上する。


「時間は無制限、相手に参ったと言わせるか舞台外へ落とせば勝利。審判である私の判断に、異議申し立ては認めない。良いな?」


「了〜解っス」


「よく分からん! さっさと始めろ!」


「それでは――試合開始!」


 銅鑼ドラの音が響き渡り、戦いの火蓋が切って落とされた。まず先制したのは――ナナシ。


「うっらあぁあああ‼‼」


 繰り出したのは、なんと拳。助走を付けて大きく振りかぶった攻撃は、誰の目から見ても素人。当然そんなものジェドに通用するはずもない。


「ちくしょう! このっ! このっ‼」


 連打を繰り返すが、もはや児戯。ジェドは「なんて凄い攻撃なんだぁ」と馬鹿にしている。


「んじゃ、こっちからもイクよん」


 逆手に持った短剣を凄まじい速度で動かす。次の瞬間、ナナシの両腕から血が噴き出した。


「ぎゃあっ⁉」


 痛みに悲鳴をあげるナナシ。だがジェドの手番は止まらない。白毛の耳を含めた全身が、あっという間に赤で染まっていく。


「……はっ……! はっ……!」


 足元は血溜まりが出来ていた。もはや立っているのが限界、けれど降参の声はあがらない。


「さっきまでの威勢はどぉしたよ、ガキンチョォ。ヒャハハハハハッ!」


「……け……る……か……!」


「ああん?」


「まけるもんかっ……! こんちくしょおぉお‼ ウォオオオオオオオオン‼‼」


 天に向かっての咆哮。次の瞬間、ナナシの全身に青白い稲妻が走った。


「ガァアアアアアアッッッ‼‼」


 毛を逆立たせ、瞳を金色に染めた幼狼が突如姿を現す。変身……いや本来の姿に戻ったのか?


 変貌を遂げたナナシが地面を蹴る。一気に間合いを詰め、五指から伸びた長爪を振り下ろす。その速度は予想を超え、ジェドの頬に僅かな傷を残す。


「――この……クソボケがぁあああ‼」


 怒りに震えたジェドは、狼と化したナナシの腹を蹴り上げる。「ギャイン!」と悲鳴を上げ床に倒れた対戦相手に対し、短剣を両手に携えた。


「生きたまま剥製にしてやらァ!」


 尚も攻撃を加えようとするジェドの腕を、背後に回った私が掴む。


「――なっ……⁉ は、離……ッ」


「試合終了だ」


「わ、分かりましたよ。審判の判断は絶対、ね」


 手を離してやると、ジェドは去り際にナナシを一瞥しながら「夜道に気を付けろよ、ガキィ」と脅しをかけた。本当に、どうしようもない。


 私は意識を失って元の子供姿に戻ったナナシを抱き上げ、医務室へ向かう。その道中、戦いを見ていた牛若が「そのこ、ようかいだったのですか⁉」と聞いてきたので、少々悩んだが否定しておく。


 ベッドへ横にさせ、術士に後を任せる。回復魔法を使えば傷は治るが意識は戻らないので復活を待つしかない。


 そうこうしていると別件を任せていた団員が戻り、私に報告を行う。


「剣聖の仰る通り、闇商人の中で売買されるはずの獣人が一匹逃げたとの噂がありました」


 嫌な予感は的中してしまった様子。先程の変身した姿を見る限り、ナナシは【戦狼バトルウルフ】の子供だろう。戦狼は黒毛の種族だが極稀に白毛が生まれると聞く。白毛は災いをもたらす忌み子とされ、親がその場で殺す事もあるのだとか。


 けれど希少性から裏競売で高値取引されている。恐らくナナシも、そんな悲しい過去を背負いベルディアへ流れ着いたのだろう。


 この異世界では【加護】の力により、大多数の種族が学ばずとも会話による意思疎通が可能となっていた。けれど読み書きは教育を受けなければ会得しない。ナナシに質問した意味も、闇商人の陰が見え隠れしたからである。


「情報を集め、闇商人を一網打尽にしろ。この国で犯罪行為などさせるな」


「了解しました!」


 団員は敬礼し、急ぎ行動へ移す。自己鍛錬のみでなく、国を守る団員の姿を民に見せなければ。そしてジェドに関しては、後でたっぷり再教育を施すとしよう。

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