異世界千本桜

トシ

一本桜 剣聖、かく語りき

 四十年振りの故郷に、私は感動で打ち震えていた。紅葉を纏った美しい山々、茅葺屋根から上る生活の煙。牧歌的な景色の全てが懐かしく、そして愛おしい。


 いかんいかんと、両頬を叩き気合を入れ直す。こちらにはやらなければいけない事があり、時間も限られているのだから。


 木の根道を避けて下山すると、笛の音が聞こえてきた。どうやら近くの村で祭りが催される模様。提灯が並び、出店も用意されて本格的だ。


 お面が並ぶ店の前へ来た際、私はある事に気付く。素顔を隠したほうが良いのではないかと。


 準備中で棚に並ぶ前の面を物色する。鬼、ひょっとこ、お多福と色々あるが、その内の一つに手が止まった。


「兄さん、おかしな格好をしているが旅の者かい?」


 おかしな格好……一応、城で仕立てられた一級品なのだが。


「おっ、その面を選ぶたぁお目が高いねぇ。海の向こうから流れ着いたモノだが、変わってんだろ? 真っ赤な顔に長っ鼻、一度見たら忘れられねぇ面容だ」


 仰る通りだと思う。それだけの衝撃が、この面にはある。


 購入したいが、今の私は持ち合わせがない。その為、金の代わりになる物を差し出す。


「ケッ、無一文かよ。冷やかしなら帰って……こ、こいつぁ……!」


 懐に入っていた小粒の宝石を見せた瞬間、店主の顔色が変わる。


「ほ、本来なら足りねぇ所だが……勘弁しといてやるよ、へへへ」


 欲に塗れた者の顔。私は嘆息しつつ「ありがとう」と礼を告げて面を持ち帰った。


 支度はこのくらいで良いだろう。再び山中へ戻った私は、瞑想しながら【その時】を待つ。


 日も傾きかけた頃、ようやく複数の足音が聞こえてきた。数にして六、間違いない。


 現場へ向かうと喋る声が聞こえてきた。


「悪いが、ここで骸になってもらおう」


「ひっ……ちちうえ……ははうえ……!」


 大樹を背に逃げ場なく涙を流す子供。そして刀を振り下ろそうとする輩。


 私は木の根を踏んで一気に距離を詰めると、相手の鳩尾に攻撃を与えた。


「――おっ……⁉ ごっ……‼」


 子供の前なので殺しはしない。とはいえ鞘に収まった愛刀の一撃を喰らい、男は白目を剥いて泡を吹き、地面に伏す。


「なっ、何者だテメェ⁉」


 向こうが抜刀するより早く、私は傍らに立つ二名それぞれの喉仏と心臓に攻撃を加える。どちらも呼吸不全を引き起こす急所、しばらくは立つ事もままならないだろう。


「ひっ、ひぃい!――ぎゃふっ⁉」


 その内一人が逃亡を試み、五人目最後の男によって斬り伏せられた。


「おかしな風体に関わらず、やりおる」


 今までの者達とは纏う気配が違う。練磨し多くの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。


「何故、斬った? 仲間ではないのか」


 こちらの問いに、男は鼻で笑ってみせる。


「我々は雇われだ。それに逃げ恥を晒して生きるより、この場で消してやるのが情けというもの」


 どうやら私とは価値観が違い過ぎる模様。


「一応聞くが、このまま立ち去ってもらう事は」


「叶わぬッ‼」


 男が攻撃を仕掛けてきた。だが私は動かない。刃はこちらの鼻先を通過し、足元の根に刺さる。


「おのれ、この足場のせいで!」


 見切られている事に気付けていないらしい。足場が原因というならば、言い逃れ出来ないよう振る舞うとしようか。


 私は根を踏まぬよう横移動を行う。初歩はまだしも、二歩三歩と続く度に男の目はこちらを捉えられなくなる。


「なっ……⁉ は、疾っ……‼」


 本来ならば各連撃を繰り出す所だが、最後の一撃のみに留めておくとしよう。私は敢えて相手の正面に立ち、ここでようやく抜刀を行った。


「奥義、八艘跳び」


「〜〜〜〜がはッッ‼」


 刃先と身を反転させ斬り上げる。得物破壊だけに留まらず、吹き飛ばされてしまう男。


「い、狗が天を駆ける如く動き……到底、人間の出来る動きではない……さては、妖術……ッ!」


 男は樹の上に引っ掛かったまま、しばらく何かを呟いていた。


 後に、この出来事が妖怪【天狗】を生み出す切っ掛けになるのだが……それは別の話である。


 戦いを終えた私は子供の傍へ向かう。齢四十年を過ぎると、若い頃に出来ていた動きをしても腰や膝が悲鳴をあげる。子供の手前、そんな情けない姿を見せられないが。


「身の危険は去った、もう安心していい」


 私は屈んで相手の目線に合わせ、言葉をかける。次の瞬間、子供は天を仰いだと思いきや意識を失ってしまう。


「……やはり子供にとって、この面は怖いか」


 悲しいような懐かしいような、どうにも不思議な感覚に私は陥った。

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