【最終章:右目と名前(8)】

田中洋一が気がついたとき、彼は病院びょういんのベッドの上にいた。


・・・いや、もうこの書き方はやめよう。今この文章を書いている私の本当の名前は田中洋一。


私が病院のベッドで目が覚めたのは、あの惨劇さんげきがあってから二日後のことだった。私の病室にきた刑事けいじが言うには、ほのおに包まれた家の中で、消防士しょうぼうしが一階の階段近くで倒れていた私と沢木キョウを見つけたとのことだった。


しかし、沢木キョウは出血多量しゅっけつたりょうにより病院に運ばれる途中で命を落としたようだった。


この事件はワイドショーの格好かっこうのまととなり、夏休み中は連日れんじつテレビで報道ほうどうされた。夏休み明けには、私が通っていた学校はマスコミで囲まれ児童が通学することすら難しかった。


結局、空木カンナと立花美香の目論見もくろみどおり、事件は犯人が見つからないまま迷宮めいきゅう入りとなった。本当の首謀者しゅぼうしゃである空木カンナと立花美香は、強盗殺人犯ごうとうさつじんはんられ行方不明ゆくえふめいになっているかわいそうな被害者ひがいしゃとしてほうじられ、私たち生き残った人間の名前や顔写真もネットや週刊誌しゅうかんしることになってしまった。


特に池田勇太は、被害者ひがいしゃの中で唯一ゆいいつの大人であり、しかも、被害者児童の担任の先生であり、その合宿の引率者ということでもあったため、はげしいバッシングにあった。結局、その事件の責任を取らされる形で、池田勇太はその年の二学期の途中で別の学校へと移っていった。


真中しずえと羽加瀬信太、そして私の三人は、夏休みが終わったあとも普通に学校に通っていた。しかし、相葉由紀は事件の影響えいきょうから不登校ふとうこうになってしまい、卒業そつぎょうを待たずにどこかへと引っ越していった。


学校では、事件のことを話題わだいにあげることが禁止された。私もなんとなく真中しずえや羽加瀬信太をけるようになった。そのため、小学校最後の学年であったにも関わらず、二学期と三学期は学校で一人で過ごすことが多かった。


***


卒業式の日、最後の帰りの会が終わり私が校庭を出ようとしていたとき、後ろから真中しずえに話しかけられた。


「洋一君ちょっと待って。」

「どうしたの?」

「えっと・・・卒業おめでとう。」

「え?あ、真中さんも卒業おめでとう。」

「私、中学からは私立の学校に行くの。」

「うん、知ってるよ。すごい進学校しんがくこうなんだよね。合格おめでとう。」

「ありがとう・・・。中学からは別の学校になるね。」

「そうだね。」


数秒の沈黙ちんもくのあと、「これあげる」と言って、真中しずえが渡してきたのは、花のイラストが描かれた小さな手作りのしおりだった。


「その花、私がいたの。」

「きれいな花だね。なんていう花なの?」

「カンナって言う名前の花。」

「カンナ・・・」

「本当はばなしおりを作りたかったんだけど・・・。この花ね、春に球根きゅうこんをうえると夏に花がくらしいの。だから私、今年は庭に球根をうえようと思うの。」

「きれいな花が咲くといいね。」

「カンナ、どうしてるのかな。」

「空木さんのこと?」

「うん。」


と、返事をした真中しずえの目には涙が浮かんでいた。その涙を見て、私はとっさに「空木さんならきっと大丈夫。心配ないよ。そのうち、元気な姿で僕らの前にまた姿を表してくれるよ」と、心にもないことを言ってしまった。


真中しずえが私と同じ右目を持っていたならば、きっと私の周りには赤黒いモヤが見えていただろう。だが、真中しずえは私のそのような心の声には全く気づかずに、無理やり笑顔を作り出して「そうだよね。カンナだもんね。私もそう思う」と言った。


「この花の花言葉って何か知ってるの?」

「え、洋一君がそんなことを聞いてくるなんて意外いがいだな。うん、知ってるよ。この花の花言葉は『永遠えいえん』なんだって。」

「永遠・・・か。それはきっと真中さんと空木さんの友情が永遠に続くってことを意味してるんだよ。」


真中しずえの目から一筋ひとすじの涙がこぼれおちた。と同時に、校庭の方から「しずえー、何してるのー?そろそろ行くよー」という声が聞こえてきた。どうやらこの後、クラスの女子でお別れ会をすることになっていたらしかった。


「じゃあ私いくね。」

「うん。」

「・・・あのね、洋一君。私ね・・・」

「なに?」

「ううん、なんでもない。元気でね。」

「うん、ありがとう。真中さんも元気でね。」

「中学校、私はいないけど大丈夫?」

「え?大丈夫だよ。」

「ほんと?手品を見せるときはきちんと練習してからにするんだよ。」

「もう、余計なお世話だよ。」


「しずえー」と呼ぶ声がまた聞こえた。


「私いくね。バイバイ。」

「うん、ありがとう。バイバイ。」


(「最終章:右目と名前」おわり)

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