【最終章:右目と名前(2)】

立花美香の『別荘べっそう』に着いたとき、「わー、すごーい、自然がいっぱい!」と、いつものように真中しずえは明るい大きな声で、そう大げさによろこんだ。


空木カンナと相葉由紀も、そこでの美味おいしい空気にとても感動している様子だった。予想通り池田勇太は道に迷っているようだったので、男性陣だんせいじん到着とうちゃくを待っている間、立花美香は自分がリノベーションした古民家の中や、きれいに整備せいびした庭を真中しずえたちに見せて回っていた。


「家の中とてもオシャレですね」と真中しずえが言い、「外観がいかんは昔の建物たてものっぽいのに、中身はきれいで新しくてすごい住みやすそうです」と空木カンナが続いた。


普段は物静ものしずかな相葉由紀も、この日は非日常ひにちじょうれて興奮こうふんしていたのか、部屋の中や庭の様子について色々と立花美香に質問をしていた。そんな興奮している子どもたちを、立花美香はいつものように上品な笑顔で優しくながめていた。


立花美香たちが到着とうちゃくしてから四十分ほどが経過けいかしたころ、オンボロ中古車らしいたよりないエンジン音をひびかせながら、ようやく池田勇太が運転するオンボロ中古車が『別荘』にたどり着いた。


「いや〜すみません。道がんでいて」と、その場にいる誰が聞いてもウソだとわかる言い訳をしながらも、ご機嫌きげんな表情をして池田勇太が車から降りてきた。そして、今回寝泊まりをすることになる古民家の方をチラっと見てから、立花美香の方を向いて「おお、これは素晴らしいお家ですね。この古さがたまりません」と大げさにめた。


しかし、横から「先生、古いっていうことを強調きょうちょうすると失礼ですよ」と空木カンナから冷静れいせいなツッコミを受けると、両手をあたふたと顔の前で振りながら「いや、そんなつもりはないんです、美香先生。歴史ある素晴らしい邸宅ていたくですと言いたかっただけなんです」とあわてて言い直した。


真中しずえは、車から降りてくる田中洋一のところに行き、「楽しいドライブだった?」とちょっと意地悪そうな笑顔で聞いてきた。「わかってて聞いてるね」と、田中洋一はちょっと不満げに答えたが、車を降りて周囲をながめたら、そんな不機嫌な気持ちはあっという間にどこかにき飛んだようで、「うわー、ここすごいところだね。こんなところで科学探偵クラブの合宿ができるなんてすごいや」と、この日一番の嬉しそうな表情で真中しずえに話しかけた。


「ね、科学探偵クラブに入れてよかったでしょ?感謝かんしゃしてる?」

「うん、もちろん。ありがとう!」


真中しずえがそうやって上から目線でえらそうに言ってくると、田中洋一はいつもは少し皮肉ひにくっぽい言い方で返答へんとうするのだが、このときばかりは素直すなおに真中しずえに感謝の気持ちを伝えた。


羽加瀬信太も車から降りた時はゾンビのような表情でつかれ切っていたが、田中洋一と同じように『別荘』の様子を見て急に元気になった。特に、その古民家から少し離れた場所に置かれていたキャンピングカーを見つけたときは、そこに向かって走り出し、「すごい、キャンピングカーだ。うわーいいなー」とひとり言をいいながら、その車の回りを何周なんしゅうも歩いていた。


その様子に気づいた立花美香が近づいてきて「キャンピングカーが好きなの?」と聞くと、「はい。キャンピングカーで旅行りょこうに行くのが夢なんです」と少しれながら答えた。


「中に入ってみたい?」と聞かれ、「え、この車の中に入ってもいいんですか?」と大きな声で返事をすると、その声に気がついた真中しずえが「そのキャンピングカーの中に入るの?私も中を見てみたい!」とみんなに聞こえる声で言ったので、みんながキャンピングカーの周りに集まることとなった。


「キャンピングカーの中はせまいから、みんなで一緒には入れないわね。私が中に入って説明せつめいするから、一人ずつ順番じゅんばんに入ってもらいましょうか。あ、でもくついで入ってくださいね。土足禁止どそくきんしなので」と優しい口調で説明をしてから、車に乗り込むステップのところで靴を脱いで立花美香はキャンピングカーの中に入っていった。


キャンピングカーの中に入る順番じゅんばんは羽加瀬信太がトップバッターで、あとはジャンケンで決めたので特にもめることはなかった。でも、池田勇太はジャンケンにぜてもらえず、最後にキャンピングカーに入ることとなった。


立花美香のキャンピングカーには、テーブルやソファーだけではなく、小さいながらも台所やシャワー・トイレもついていた。みんながキャンピングカーの中を見学したあと、まだ興奮こうふんおさまらない様子の羽加瀬信太が、「立花先生はこのキャンピングカーでどういうところに旅行に行ってるんですか?」と聞いてきた。


すると立花美香は、視線しせんを空に移して少し考えてから、「そうね、この車とはいろんなところに旅行にいったわね。北海道にも行ったし、九州にも行ったことがあるわ」と答えた。


「一人で旅行に行くんですか?」と、真中しずえは続けて質問した。


「ええ、一人でよ。このキャンピングカーは寝るスペースが二人分あるので、誰か一緒にいってくれる人がいるといいんだけどね」と、少しふくみのある微笑ほほえみを浮かべながら答えた。池田勇太が何か言いたそうだったが、それには気づかないふりをして立花美香が話を続けた。


「でもね、一人での旅行もいいものなのよ。自分のペースで自分の好きなところに自分が好きなだけいられるの。しかも、キャンピングカーだととままる場所も自分で選べるのよ。誰もいない湖のほとりで、一人でゆったりとコーヒーを飲みながらしずんでいく太陽をながめている時間は何事にも代えられないわ。それにね、そういう場所は夜になると星がすごくきれいなの。都会とかいのネオンに邪魔じゃまされずに天体観測てんたいかんそくをしたときの感動は今もはっきりと覚えているの。」


すると今度は相葉由紀が立花美香に質問をした。


「もしかして立花先生って天体望遠鏡てんたいぼうえんきょうを持っていたりしますか?」

「ええ、もちろんよ。このキャンピングカーで旅行するときはいつも持っていってるわ。」

「わーすごい。写真とかもるんですか?」

「そうね、写真を撮ることもあるけど、やっぱり直接自分の目で見る方が好きね。相葉さんは星を見るのが好きなの?」

「本を読んでると、ときどき『かがやく星空』という表現を目にすることがあるんです。だから、一度は自分でもそういう光景こうけいを見たいなと思っていたんです。」

「そうなのね。輝く星空とまではいかないけど、ここもあなたたちが住んでいる場所よりもずっと星がきれいに見えるわ。夜になるのを楽しみにしていてね。」

「ほんとですか!?」

「ええ、ほんとよ。それにね、このキャンビングカー、寝る場所が運転席の上にあるでしょ。その天井はガラスりになってるの。夜なんかは星空を見ながら眠ることができるわよ。」

「そうなんですね。いいなー。私もそういうところで寝てみたい。」

「寝てみる?」


「え、いいんですか?」と、その質問に相葉由紀が答える前に、横から真中しずえが聞いてきた。「ええ、もちろんよ。実はね、寝る場所をどうするかで少しなやんでいたの」と立花美香は答えた。


「もしかして男子は外でテントをって、そこで寝るとかということですか?いや、もしかしてテントすら人数分がなかったりするんでしょうか。」と、田中洋一が少し不安そうに聞いた。


「ふふふ、違うわよ。ちゃんとみんな屋根のある場所で寝てもらうつもりですよ。女の子たちにはさっき家の中も見せたんだけど、寝室は一階と二階に一つずつあるの。一階の寝室は少し大きめだから、五人までなら全然大丈夫なの。でも、二階の寝室は三人が寝たらもうスペースがないの。」


「男女別の部屋にした方がいいと思うので、どういう組み合わせにするか少し悩みますね」と沢木キョウが言うと、「えっと、どういうことだ。男は俺と田中、沢木、羽加瀬の四人か。で、女性陣も・・・四人か。で、五人の寝室と三人の寝室しかないないのか。なるほど、それは難しいな」と、ようやく状況を理解した池田勇太が「う〜む」と腕組うでぐみをしながら考え始めた。


すると、「池田先生は自分の車で寝ればいいと思います!」と、授業で手を挙げて質問に答えるような素振そぶりで真中しずえは明るく言った。


賛成さんせい!」とみんな口々に答え、「お、おいおい、ちょっと待て。それはないだろう・・・」とあせりながら池田勇太が言うと、「ふふ、池田先生、心配なさらなくても大丈夫ですよ」と優しく言った。そして、続けて「悩んだ結果、私としては、男性のみなさまに一階の寝室で寝てもらって、女性陣は私ともう一人がキャンピングカーに、残りの二人が二階の寝室に寝る、というのが良いのではないかと思っていますの」と、みんなの方を向いてそう提案した。


「それは良いアイデアですね。この合宿は三泊四日だから、私たち女の子は一日交代でキャンピングカーで寝ることにしましょう」と、空木カンナは、真中しずえと相葉由紀の方を向いていった。「わー、キャンピングカーで寝れるなんて幸せ」と相葉由紀が喜んだ。真中しずえも、「立花先生、本当にいいんですか?」と喜びをかくしきれない表情で立花美香に聞いた。


「ええ、もちろんよ。よかった、みんなキャンピングカーで寝ることに賛成してくれて」とホッとした様子の立花美香の横で、自分たちはキャンピングカーで寝れないということを知って、田中洋一と羽加瀬信太は心底しんそこ残念ざんねんそうな顔をしていた。


「さて、みんなお腹もすいたでしょうから。お弁当の時間にしましょうか。みんなきちんとお弁当は持ってきた?」と、夜にみんなが寝る場所が決まって一安心した立花美香が、みんなの方を向いてそう言った。


「はーい」とみんなは元気よく答えたが、池田勇太だけは「あ、しまった」という顔をした。その表情に目ざとく気がついた真中しずえが、「池田先生、もしかしてお弁当持ってこなかったんですか?立花先生が『最初の日は到着とうちゃくするのはお昼ごろだから、みんなお弁当を持ってきましょうね』って言ってたじゃないですか。もう、しっかりしてくださいよ。一応いちおうはこの合宿の引率いんそつの先生なんですから」とあきれた顔で池田勇太に話しかけた。


「『一応』ってなんだ」と言いたそうだったが、お弁当を忘れたのは事実だったので池田勇太は何も言い返せずにいた。


「あらあら、池田先生、お弁当をお持ちになっていないのですか?」

「え、あ、はい。すみません。引率いんそつ教師きょうしとして注意すべき点はないかということをずっと考えていたら、お弁当を持ってくるのをすっかり忘れてしまいました。いや面目めんぼくない。」


うそばっかり。遊びのことしか考えていなかったくせに」と、真中しずえは小さな声で空木カンナと相葉由紀に言うと、二人とも微笑みを真中しずえに返した。


「池田先生って、すごく教育熱心きょういくねっしんなのですね。」

「いえいえそんな。」

「池田先生のお昼ご飯ですが、この家には、非常用ひじょうようにインスタントラーメンとかを置いてありますの。それでもよろしいでしょうか。」

「え、いいんですか?ありがとうございます。いやー嬉しいなー。自然の中でのインスタントラーメンって、すごく美味しく感じられるんですよね。いや、立花先生と一緒に食べられるなら、どんなご飯でも美味しいですよ!」


ガッハッハと笑いながら上機嫌な様子の池田勇太を、科学探偵クラブの全員が冷めた目で見ていた。


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