【第三章:仲間(6)】

その日の放課後ほうかご、お昼休みのときと同じように、沢木キョウ・真中しずえ・空木カンナ・羽加瀬信太が、田中洋一の机の周りに集まっていた。お昼休みに田中洋一の手品が見られなかったことから、みんなが田中洋一に放課後に手品をしてほしいとお願いして、田中洋一がこころよくOKの返事をしたからだ。


しかし、田中洋一が机の上にトランプを置くのと同じくらいのタイミングで、またしても酒見正と一ノ瀬さとしが、みんなのところにやってきた。


「なに、まだ文句もんくあるの?」と、真中しずえはいきなり喧嘩腰けんかごしに声をかける。


これまでは、そんな話しかけられ方をしたら二人ともすぐに声をあらげていたのだが、今回は大人おとなしいままで、ぎゃく丁寧ていねいな口調で元気なく「なあ、俺たちが悪かったよ。解毒薬、分けてくれないか」とお願いをしてきた。


「は?」と、わけがわからないと言った感じで真中しずえが答えると、横から空木カンナが「全部正直に話してくれるのね?」と酒見正と一ノ瀬さとしに向かって、しずかながらも強い口調でいただしてきた。


「ああ、全部正直に話す」と酒見正が言うと、一ノ瀬さとしも力なくうなずいた。


酒見正は、新校舎の図書室にある漫画を羽加瀬信太にぬすませて持ってこさせたこと、それをことわられて頭にきたこと、そして、昨日のお昼休み、そのことで羽加瀬信太を問いめていたとき真中しずえ達にそれを邪魔じゃまされてくやしかったので、机の上に椅子を置くいたずらを思いついて今朝それを実行じっこうしたこと、などを一つずつ細かく説明していった。


「あんたたち、そんなことやってたの!?」と、真中しずえはおこるよりもあきれた感じで、二人に向かってそうてた。


「悪かった。最初は羽加瀬をちょっとからかうだけだったんだけど、そのうち調子に乗ってしまったんだ。お前のこともなぐろうとして悪かった」と、一ノ瀬さとしが真中しずえに対してあやまると、「本当に謝る相手は私じゃないでしょ!」と悪いことをした子供をしかる母親のような口調で言い返した。


すると、一ノ瀬さとしは「羽加瀬、俺が悪かった。ゆるしてくれ。もうしないから」と羽加瀬信太に頭を下げて、酒見正も、半分泣きそうな声で「ごめん・・・」と羽加瀬信太に言った。


そしてすぐに空木カンナの方を向いて「なあ、俺たちが悪かったから解毒薬をってくれないか。このままガンになったら嫌だよ。お前の椅子いすさわったのは今朝の7時半くらいだから、もう時間がないんだ。羽加瀬にぬすませた漫画もきちんと全部返すから。お願いだよ」と、酒見正は今度は本当に涙を流しながら言った。一ノ瀬さとしの目にも涙がたまっていて、今にも泣き出しそうだった。


あの酒見正と一ノ瀬さとしがそんな状態になっているのを田中洋一は心底しんそこおどいて見ていたが、空木カンナはそんな二人の様子には全く興味を示さず、いつものような口調で「羽加瀬君、どうする?」と羽加瀬信太に話しかけていた。


「え、どうするって言われても・・・。」

「これまで君に意地悪いじわるをしていた人たちがゆるしてほしいって謝ってるんだけど、どうするのかなって聞きたいの。」

「え、許すかどうか僕が決めるの?」

「もちろんよ。君が許したら解毒薬をあげようかなって思ってるんだけど、君がこれまでのことを絶対に許せないって思うんなら解毒薬はあげないから安心して。」


空木カンナがそう言ったのを聞いて、酒見正と一ノ瀬さとしは懇願こんがんするような目つきで羽加瀬信太の方を向いた。何か言いたそうだったが、声が出ないようだった。


「え、解毒薬を二人にあげてよ。可哀想かわいそうだよ。お願い」と、羽加瀬信太が言うと、「許してあげるってこと?」とちょっと意地悪そうな笑みを浮かべて空木カンナは聞き返した。「うん、もちろんだよ。はやく酒見君と一ノ瀬君に解毒薬をってあげて。」


「良かったね、二人とも。許してもらえて」と言いながら、空木カンナは自分のポーチから今朝出したプラスチックケースを出した。それを見てすぐに、酒見正と一ノ瀬さとしは手のひらを上にして両手とも空木カンナに差し出した。


空木カンナがプラスチックの入れ物から透明とうめいのドロッとした液体を二人の両方の手のひらにたらすと、酒見正も一ノ瀬さとしも急いでその液体を両手にんだ。二人とも涙を流していた。


両手のすみずみまで『解毒薬』をぬりこんだあと、ようやく少し落ち着いた二人は、ふぅっと軽くため息をついてから、羽加瀬信太の方を見て「羽加瀬、これまで悪かった。許してくれてありがとう」と素直すなおな口調でそう伝えた。


逆に羽加瀬信太は何て答えたらいいかわらかない様子で、「え、え、いいよ、そんな。解毒薬がもらえてよかったよ。おめでとう?」とよくわからない受け答えをしていた。


すると今度は、「じゃあ、もういいでしょ。はやく帰ったらどう?これからは羽加瀬君にちょっかい出さないでよね。あと、ちゃんと漫画は返しておくんだよ」と真中しずえが、酒見正と一ノ瀬さとしに向かって、相変わらずの喧嘩腰けんかごしでそう言った。


田中洋一は、『またケンカになるかも』と心配したが、意外にも二人とも素直に「わかった、これから帰るよ。漫画も返す。先生にもきちんと謝る」と返事をした。


「あ、先生には言わなくてもいいと思うよ」と、空木カンナが会話に入ってきた。「え?」と酒見正が聞き返すと、「池田先生、この問題になーんにも気づいてなかったみたいだから、わざわざ教えてなくてもいいよ。教えちゃったらぎゃく面倒めんどうなことになると思うよ」と返事をしてきた。そして、「君はどう思う、沢木君?」と沢木キョウに意見をもとめた。


「僕も空木さんの意見に賛成さんせいかな。この問題はこれで解決かいけつだし、大人をまなくてもいいと思うよ。」

「でしょ。私もそう思う。」

「あ、それと、空木さんの持ってた『薬』についても内緒ないしょにした方がいいかな。話がややこしくなるし。」

「たしかに。」


そして、「どうかな、お二人さん?」と酒見正と一ノ瀬さとしの方を向いて空木カンナが聞いてきた。


「わかった。言う通りにする。」

「ん、よかった。ありがと。」

「じゃあ、俺たちは帰る。漫画は明日家から持ってきて、誰にも見つからないようにこっそりと図書館にもどす。それでいいか?」

「それでいいと思うよ。あ、あと・・・」

「わかってる。お前の持ってる『薬』については何も言わない。」

「それと?」

「羽加瀬にはもうちょっかいは出さない。」

「うん、完璧かんぺき。じゃあまた明日。」

「わかった。田中の手品、邪魔じゃまして悪かったな。」


二人が教室から出たあと、田中洋一は「これで一件落着いっけんらくちゃく?」とみんなに聞いた。「そうだと思うよ」と沢木キョウが答える。


「みんなありがとう」と羽加瀬信太が言うと、空木カンナが「あの二人にきちんとノーを言えた君もえらいと思うよ。がんばったね」と羽加瀬信太に話しかけたので、羽加瀬信太は少しれているような表情になった。


「でもカンナ」と真中しずえが話し始める。「あんた、あんな危険きけんな『毒』を持ってるの?それってよくないんじゃない?」と少しめる口調で空木カンナに聞いてきた。すると、空木カンナの代わりに沢木キョウが口を開いた。


「それ、全部ウソだと思うよ。」

「ウソ?」

「うん。そんな『毒』なんてないと思うな。それに、『解毒薬』って言ってたドロッとした透明とうめい液体えきたいはハンドサニタイザーみたいなものじゃないかと思うんだけど。」

「ハンドサニタイザー?」

除菌じょきんするための消毒薬みたいなもんだよ。」


正解せいかい!」と、ちょっとうれしそうに空木カンナが二人の会話にってはいる。


「あの液体がハンドサニタイザーだってよくわかったね、沢木君。」

「アメリカにいるとき、ときどき使ってたからね。冬場ふゆばになるとインフルエンザが流行するから、その時期じきにはいつも持ち歩いていたんだ。」

「そうなんだ。でも、そんな『毒』はないってどういうこと?」

「いやー、そんな危険きけんなものはないよね、常識的じょうしきてきに考えて。」

「常識的に考えて?」

「うん。だって危なすぎるよね、そんな物質ぶっしつ。」

「あれ?沢木君らしくないな。たしかに、私はそんな『毒』は持ってなかったけど、遺伝子いでんしにくっつく試薬しやくはいっぱいあって、そういう試薬は本当に発がん性があるんだよ。それに、TATタンパク質は細胞のまく通過つうかして細胞内に入っていくってことも、もう知られてるんだ。だから、細胞の中に入りやすいように工夫した発がん性のある『毒』ってのは理論上りろんじょうは作れるのよ。」


「えー、カンナって何でそんなこと知ってるの?」と、今度は真中しずえが会話に入ってくる。


「去年の夏休みに大学の研究室けんきゅうしつに一緒に見学に行ったでしょ?そのときに、TATタンパク質とか、そういう話をちょっと聞いたじゃない。だから、あの後ちょっと勉強したの。」

「え、そうだっけ?」

「もう、しずえちゃんったら忘れっぽいんだから。」

「えー、カンナがすごすぎるのよ。でも、科学かがくって面白おもしろいね。」

「そうよ。科学が発展はってんすれば何だってできるようになると思うな。」

「じゃあ、これからもみんなで科学探偵クラブをり上げていこうね。偶然ぐうぜんにも、今ここに科学探偵クラブのみんなもそろってるし!」

「相葉さんは・・・?」

「あ・・・」


・・・そのとき、旧校舎の図書室でアガサクリスティの『そして誰もいなくなった』を読んでいた相葉由紀は、なぜだかしらないけど突然とつぜんクシャミが出た。


(「第三章:仲間」おわり)

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