【第三章:仲間(5)】

その日のお昼休み、いつものように沢木キョウ・真中しずえ・空木カンナ・羽加瀬信太が田中洋一の机の周りに集まって田中洋一の手品てじなを見ていたとき、酒見正と一ノ瀬さとしが近寄ちかよってきた。


「おい、どくってなんだよ。教えろよ」と酒見正が言うと、「何の話?」と空木カンナがすっとぼけた様子でそう答えた。「おい、ふざけんなよ」と、今度は一ノ瀬さとしが言うと、「ふざけてるのはあんたでしょ。」と真中しずえが喧嘩けんかごしに返す。一ノ瀬さとしは「何だと!」と右手を強くにぎろうとしたが、真中しずえの横に沢木キョウがいるのに気づいてこぶしをつくるのをやめた。


すると、「空木さん、実は僕も君が言った『毒』のことがちょっと気になってるんだよね」と意外いがいにも沢木キョウが酒見正たちのかたを持つような発言はつげんをした。


「えー、沢木君も興味きょうみあるの?たいしたことないんだけどな。ま、いっか、くわしく話すと長くなるから簡単かんたん説明せつめいするね」と言うと、みんなは少し緊張きんちょうした感じで空木カンナの方を向いた。


「この学校に転校てんこうしてくる前にいた学校でもね、今朝みたいなイタズラって何回かあったの。でね、そのときの担任の先生が科学かがくが好きでね。理科室にある試薬しやくだけでちょっとした毒を作ったの。毒とまではいかないんだけど、遺伝子にくっつくような試薬にTATタンパク質っていうものをつけたんだけど、TATタンパク質って細胞膜さいぼうまく通過つうかしやすいんだよね。だから、その『毒』はさわると細胞さいぼうの中に入っていっちゃうの。でね、遺伝子いでんしにくっつく試薬ってのは、細胞分裂さいぼうぶんれつのときに遺伝子が複製ふくせいされるのを邪魔じゃましちゃうの。だから、まあ、体には毒なんだけど、私が持ってるあの透明とうめい液体えきたいをかければ、その毒は分解ぶんかいされちゃうから大丈夫なの。でね、そのときの担任たんにんの先生は教室の中の椅子の中からランダムにえらんで椅子の持つところにその薬をぬったの。そういう椅子を机の上に置いちゃうようなイタズラをみんなしないように。で、私は転校するときに、その先生から『毒』と『解毒薬げどくやく』を少しだけもらってたから、私の椅子に少しだけ、その『毒』をっておいたの、イタズラ防止ぼうしのためにね。でも、羽加瀬君の手は今朝きちんと解毒したから大丈夫よ。」


沢木キョウは左手で顔の左半分をかくしているような様子だったが、少し笑いをこらえているようでもあった。しかし、他のみんなは空木カンナが説明したことの半分も理解りかいできなかったようで、ポカーンとしていた。


「お、おい、もっとわかりやすく説明しろよ。結局、その毒って何なんだよ。それをさわるとどうなるんだよ」と、一瞬いっしゅん静寂せいじゃくのあとで、一ノ瀬さとしが冷静れいせいさをいた様子で聞いてきた。


「え、今の説明でわからなかったの?えっとね、もっと簡単かんたんに言うと、その『毒』をさわるとガンになっちゃうってこと」と、表情を全く変えずに空木カンナは説明した。


「え、ガンって、あの病気のガンか?」

「そうよ。あ、でも大丈夫。羽加瀬君はすぐに解毒したから。あの毒、十時間以内に解毒すれば細胞の中に入らないから平気よ。」

「十時間・・・」

「昨日、私は保健室係の仕事があったから、保健室で少し作業したんだよね。それでね、作業が終わって帰る前にこの教室に寄ったんだけど、誰もいなくて椅子は一つも机の上に乗ってなかったよ。だから犯人は、まあ犯人は羽加瀬君だったみたいだけど、今朝早くに椅子を机に置いたんじゃないかなって思ったの。だから、解毒は全然間に合ったよ。」


羽加瀬信太は何も言わずにうつむいていた。


「な、なあ、俺にもその解毒薬をくれないか?」と、いつもとは違った様子で酒見正が空木カンナにお願いをした。


「え、なんで?」

「いや、特に理由はないんだけどさ、ほら、俺ももしかしたらさ、お前の椅子をさわったかもしれないじゃん。そ、掃除そうじのときとかに。」

「あー、そういうことね。それなら大丈夫。私が『毒』をぬった場所は、普通は触らない場所だから。机の上に乗せるために持ち上げるときとかにれる場所なの。だから心配ないよ。」

「で、でも・・・」


『キーンコーンカーンコーン』


空木カンナと酒見正が会話をしているときに、お昼休みの終わりをげる予備よびチャイムが鳴った。午後の授業があと五分で始まることを知らせるかねの音だ。


「あ、予備チャイムが鳴っちゃった。授業が始まる前にトイレ行ってくる。あーあ、田中君の今日の手品楽しみにしてたのにな」と、空木カンナはそう言って、何かを言おうとしていた酒見正と不安ふあんそうな表情をしていた一ノ瀬さとしを置いて教室の外に出て言った。


そして、空木カンナと入れわりに担任の池田勇太が教室の中に入ってきたので、田中洋一の周りに集まっていた面々めんめんは自分の席へと戻っていった。


***


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