【第二章:科学探偵クラブ(1)】

相葉由紀(あいば・ゆき)は六年三組のクラスの中で目立めだたない子だった。彼女は一人で本を読むのが好きで、休み時間はいつも何かの本を読んでいた。放課後ほうかごも学校の図書室としょしつ下校時間げこうじかんぎりぎりまで本を読んで帰ることもあった。


この日ははげしい雨とかみなりの日だった。午後の授業じゅぎょうのあとの帰りの会が終わったときも雷雨らいうは続いていた。


相葉由紀の自宅じたくは学校から少しはなれたところにあったので、雨が少し弱くなるのを期待きたいして、彼女は図書室で少し本を読んでから帰宅きたくすることにした。


この学校には図書室が二つある。


一つは旧校舎きゅうこうしゃに、もう一つは新校舎しんこうしゃにある。当然、新校舎の図書室の方が広くて綺麗きれいだ。ゆったりとすわれるソファーもあるし、蔵書ぞうしょの数も旧校舎の図書室とは比べものにならないくらい多かった。また、普通の小学校とは違い、新校舎の図書室には漫画まんがならべられていたので休み時間はいつもんでいた。大半たいはんは漫画を目当てにくる児童じどうであり、ほとんどの漫画はいつも貸出中かしだしちゅう本棚ほんだなに残っている漫画の数は少なかったのだが。


逆に、旧校舎の図書室にはほとんど児童がおとずれることはなかった。それは、新校舎の図書室よりもせまくて古くて漫画がない、ということとは別の理由りゆうもあった。旧校舎の図書室のとなりには四畳じょうほどの小さな図書準備室としょじゅんびしつがあった。この準備室には、もうだれも読まなくなった古い本や、旧校舎・新校舎の図書室に並べきれなかった本などが保存ほぞんされていた。


図書準備室に廊下ろうかから入るドアはなく、旧校舎の図書室のおくにあるせまいドアからしか入ることができなかった。そのドアには古いタイプの南京錠なんきんじょうがかけられており、そのかぎはパスコードである四桁けたの数字を正確せいかくに合わせないと開くことはできなかった。しかし、いつのころからか、図書準備室には誰も入らなくなり、南京錠の鍵のパスコードは教師きょうしふくめて誰もわからなくなってしまっていたようだった。


そんな開かずの図書準備室には、なにやら幽霊ゆうれいひそんでいるといううわさが数年前から学校全体に広がっていた。だから、今ではほとんど誰も旧校舎の図書室には入らなくなっていた。


しかし、相葉由紀はこの日の放課後に旧校舎の図書室に行くことにした。新校舎の図書室が、雷雨らいうのためかとてもんでいて、ゆっくりとしずかに読書に没頭ぼっとうできなさそうだったからだ。それに、ひさしぶりに旧校舎の図書室に行ってみることで、なにか面白おもしろい本が見つかるかもしれない、との期待きたいもあった。


もちろん相葉由紀は幽霊ゆうれいうわさは知っている。しかし、幽霊なんて非科学的ひかがくてきなものが存在そんざいするはずがないと思っていたので、この日は幽霊の噂のことなど思い出しもせずに旧校舎の図書室に入っていった。


「あ、やっぱり誰もいない。静かでいいな。」と、思わず口にして相葉由紀は推理小説すいりしょうせつが並ぶ本棚ほんだなに向かった。そして、前から読もうと思っていたアガサクリスティーの『そして誰もいなくなった』の本を選び、図書室の奥の方の椅子いすに座って読み始めた。


夢中むちゅうになって本を読んでいたとき、ふと近くで誰かが話しているのが聞こえた。


「え、誰かいるの?」と、相葉由紀は少しおどおどした様子で聞いてみた。幽霊の噂のことを思い出してしまったのだ。だが、返事へんじはなかった。


「気のせいかな?気のせいよね。きっと雨の音を聞き間違えただけだわ。」と、不安ふあんな気持ちをはらうかのように、わざと少し大きな声でひとり言を言った。と、そのとき「ひゃっ!」という声がはっきりと相葉由紀の耳に聞こえた。


「今のは絶対ぜったいに聞き間違えじゃないわ。誰かいるのかしら。もしかして本当に幽霊?」と、相葉由紀がすぐに図書室からげようかとなやんでいると、『ピカッ!ガラガラガッシャーン』とまどの外が光ると同時どうじに大きな雷の音が聞こえた。近くに雷が落ちたようだ。それとほぼ同時に、「うゎー!!!」というさけび声が聞こえ、その直後ちょくごに誰もいないはずの図書準備室から大きな音が聞こえた。


相葉由紀はおどろきとこわさで気が動転どうてんし、とりあえず自分のランドセルだけを手にとっていそいで図書室をけ出て、そのままかさもささずにずぶれのまま走って家まで帰った。読みかけの本と彼女のお気に入りの筆箱ふでばこやノートを図書室にわすれてきたのに気づいたのは、家に帰ってからのことだった。


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