【第一章:転校生(5)】

田中洋一の「シャッフルしてくれる人いませんか?」という問いかけに、この日は「私がシャッフルしようかな」と空木カンナが答え、田中洋一からトランプをもらって小さな手で何回かシャッフルをした。


「空木さん、ありがとう。じゃあ今度こんどは、空木さんが持ってるトランプの束から、信太君に一枚だけえらんでもらおうかな。」

「え、僕が?」

「うん。どこからでもいいよ。あ、でも表はだれにも見せないで。」

「う、うん。じゃあ、これにしようかな。選んだトランプの表は僕は見てもいいの?」


「いいよ。」と田中洋一に言われて、羽加瀬信太は誰にも見られないように自分の選んだトランプの表を見た。ハートの五だった。


「じゃあ、次に、そのトランプを裏面うらめんを上にしてつくえの上にいて。」


田中洋一に言われるまま、羽加瀬信太は自分が選んだトランプを田中洋一の机の上に置いた。


「これから僕はそのトランプが何のカードかを当てます。実は、みんなには内緒ないしょにしていたんだけど、僕の目には不思議な力があるんです。」


そういって大げさにトランプを凝視ぎょうしする田中洋一を、横から沢木キョウが見ていた。左手で頬杖ほおづえをついていた沢木キョウだったが、机の上に置かれたトランプを田中洋一が見ているときは、その手は左目をかくしているようにも見えた。


「沢木君も興味津々きょうみしんしんだね」と、真中しずえが沢木キョウに話しかけた。

「うん。どんな力が田中君にあるのか興味があるよ」と、沢木キョウは答えた。


「知りたい?実はね、僕は物を透過とうかさせて見る力があるんだ。レントゲン写真しゃしんみたいな感じなんだよ。だからね、こうやって裏向きに置かれたカードだって、そのカードが何かわかるんだ。」


「そうなんだ」と、今度は一気いっき興味きょうみがなくなった感じで沢木キョウが答えた。


「あ、その様子だと信じてないね。いいよ、僕の力を見せてあげるよ」と言いながら、田中洋一は「う〜ん・・・」と小さくうなったあとで、「見えた!このカードはハートの五だ!」と言った。


そして、みんなが一斉いっせいに、そのトランプを選んだ羽加瀬信太の方を見た。羽加瀬信太は「あ、あたり」と小さな声で言いながら、そのトランプを表向おもてむきにした。本当にハートの五だった。


「すごーい!」と大きな声で言ったのは真中しずえだった。


「なんでなんでー。なんでわかったの?わたし、タネが全然ぜんぜんわかんなかった。」

「タネも仕掛しかけもないよ。だって、これは僕の不思議な力のおかげだからね。」

「えーそんなことないよ。あ、わかった。このトランプ、全部ハートの五なんじゃないの?」


「違うよ」とちょっと得意気とくいげな様子で、空木カンナの目の前に置いてあったトランプのたばを手にして、田中洋一は他のトランプがハートの五でないことを示した。


「あれ?ほんとだ。じゃあ何で羽加瀬君が選んだカードがわかったの?もっかいやって。」

「いいよ、何回でもやろうか。じゃあ、今度は信太君がシャッフルして真中さんが一枚トランプを選んでみる?」


言われるままに、羽加瀬信太がトランプの束を受け取りシャッフルをして、真中しずえが自分の選んだトランプの表を確認かくにんしてから机の上に裏向きに置いた。


「クローバーのじゅう!」

「えーーー何でわかるの!?」

「もう一回やろうか?」

「うん、やるやる。」


ふたたび羽加瀬信太がシャッフルし、真中しずえが選んだ。


「えっと、これはちょっと難しいな・・・。うん、わかった。ハートの八、だよね?」

「どうしてわかるの?」

「だから言ったでしょ、僕の目には特別とくべつな力があるって。」

「そんなことあるわけないよ。ねぇ、タネを教えて。」

「タネも仕掛しかけもありませ〜ん。」


と、ちょっと小馬鹿こばかにするようなジェスチェーを田中洋一をしていた。真中しずえはくやしそうにしていたが、それでも面白い手品を見ているということで、彼女はたのしそうな表情をしていた。


「沢木君は手品が好きなんだよね。タネがわかった?」と、ドヤがおをしている田中洋一にあっかんべーをしてから、真中しずえは沢木キョウに助けを求めた。


「どうだろう。えっと、空木さんだっけ?君はわかった?」と、沢木キョウは左手で頬杖ほおづえをついて顔の左半分が隠れた感じのまま、空木カンナに話をった。


「私も全然わからなかったよ」と空木カンナが答えると、「ふ〜ん、そうなんだ」と、微笑びしょうを浮かべながら沢木キョウは言って、「ねえ、田中君、今度は僕が選んでもいいかな?」と田中洋一に聞いた。


「もちろん、いいよ。」

「ありがとう。でも、選んだトランプを机の上に置いたあと、その上から残りのトランプの束を置いてみてもいいかな?」

「え?」

「田中君がレントゲンみたいな目を持ってるなら、選んだカードの上にたくさんトランプが置いてあっても大丈夫だいじょうぶかなって思ったんだけど、それだとやっぱりむずかしい?」


田中洋一があせってる様子を見て、真中しずえはうれしそうに「あー、トランプの裏に何か目印めじるしがあるんだー」と言った。


「そ、そんなことないよ。ほら、どのカードも同じでしょ」と田中洋一はパラパラと一枚ずつトランプの裏面を見せた。


「あれ、たしかに。どれも同じだ・・・。」

「でしょ。」

「じゃあ、どうしても選んだトランプの上に何か置いたらダメなの?」

「えっと、それは・・・。」


「手品って、タネがわからないから楽しいんだと思うよ。それに、田中君もタネがバレたらいやなんじゃないかな?」と、沢木キョウが田中洋一に対して助けぶねを出した。


「いいのいいの。この人の手品はタネがバレるところまでがげいだから」と、真中しずえは沢木キョウの発言を全く気にせずにタネ明かしをしたがった。


「タネがバレるのが芸って・・・」と、田中洋一は苦笑にがわらいをしながらも、「沢木君はタネがわかったの?」と沢木君に聞いてきた。


「まあ、なんとなくは」と沢木キョウが答えると、「えー教えて教えて」と真中しずえは沢木キョウに詰めよった。


「それはマナー違反いはんかと思うんだけど・・・。」

「大丈夫大丈夫、と言いたいところだけど、まあたしかに沢木君の言うこともわかる。でもタネ知りたいな−。」

「そう思ってモヤモヤするのも手品を見る楽しみだよ。」

「うーん、そうなのかなー。」


すると突然とつぜん、「僕は別にいいよ」と、沢木キョウと真中しずえの会話に田中洋一がって入ってきた。


「え、ほんと?」と、真中しずえの声のトーンが一段いちだんあがった。


「うん、これまでもネタバラシされたことあったし。」

「さすが洋一君、寛大かんだいだね。」

「でも、沢木君の考えが違ってる可能性もあるよ。」

「そっかー。でも、沢木君の考えが間違ってても本当のタネは教えてくれる?」

「それはさすがにダメだよ。」

「だよねー。でも、沢木君の予想よそうが当たってたら正直にそれが正解せいかいって言ってね。」

「いいよ。でも、合ってたら、だよ。」


***


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