29 不安

カルタ視点


「カルタ、お主は予想外の出来事に弱すぎじゃ。敵が武器を投げたからと言って動揺するな、唯一持つ武器を投げたと言うことは腕っぷしに自信があると言うことじゃ、動揺していたら狩られてしまう」


「はい……」


「エイカ、お主は魔法の飛距離が無さすぎる。しかも見てみたが予定のものよりも氷柱が小さかったぞ。引き続き魔法の修練が必要じゃな。あれでは魔法を使わない方がいいまであるぞ」


「……はい」


 チンピラ達を捕縛し、今は先ほどの戦闘についての評価を下されていた。見事に予想どうりの酷評だった。


「まあ、大怪我しなかっただけよしとしよう。エイカよ、その怪我は魔法で直してはいかんぞ。自然の治癒力を頼るように」


「はーい」


 マッドハット氏の説教、というか評価を聞いているとズルズルと何かを引きずる音が聞こえた。見てみればひょろ長い男を縛って引きずって歩いている騎士がいた。


「うわ、ひきこさん……」


「せめて担いでやれよ」


「気絶しとるんかの?」


「イヌイの反応がおかしい」


 僕は引きずっていることに苦言を呈し、マッドハット氏は状態の確認をしていたが戌井は何かを思い出したのか、少し顔を青くしていた。


「ああ、気にしないで、怖い話を思い出しただけだから。で、それが親玉?」


「ああ、俺がこの前、潰したギャングの支部の元責任者だ」


「ああ、やっぱり。王都の話を聞いて“もしや”と思っていたが」


「報復かの、よくある話じゃな。またろくでもないギャングの者じゃのお」


「よく、ある……?」


「……」


 この世界、思った以上に殺伐としているらしい。やっぱり強くないと、この世界は生き残れないのか。


「さてと、このチンピラ達を含めここの駐屯兵に引き渡しておきます。ご協力ありがとうございました」


「協力って言うか、試験だったからねえ。そんな感じないわ」


「そうか。君らの名前は……」


「伏せておいてくれ、目立つのは本意じゃない」


「ああ、元からそのつもりだった」


 名前で極東出身だと思われるのは別に良いが、異世界出身だとばれるのは良くない。マッドハット氏にばれたときもそうだが、一体なにが原因でばれるか微塵も分からない今、不用意に情報をばらまきたくないのだ。


「そういやさ、このギャングってヤバイの?」


「ああ、残虐非道とはまさしく、あいつらのためにあると言っても過言ではないな。構成人数、幹部、ボス、目的、他の支部やアジト、全てにおいて不明の謎多きギャングだ。どうも人体実験を行っているのは確定らしい。正式な呼び名は無いが俺達は“カトラス”と呼んでいる」


「かとらす?」


「海賊が持っている緩くカーブした剣のようなものだ」


「ああ、あれか」


 カトラス、日本語では舶刀という。設計上、狭く障害物の多い場所での戦闘に優れており、海上戦や海賊達が好んで使っていたものだ。


「まあ、そう呼ばれる理由も、唯一あったボスらしき者が使っていたからとか、トレードマークのブローチにカトラスがあるから、何て言う軽いものなんだがな」


「ここ数年で一気に名前を聞くようになったの。その名の轟き具合とは正反対に母体らしき者らは見つからず、見つかるのは重要性の低い支部程度、と噂で聞いたわい」


「悲しいことに事実ですよ。まあ、そう言うことだから名前を伏せておいたほうがいい。こいつの付けてる赤丸に骸骨とカトラスが目印だ。気を付けろよ」


 ずいぶんと狂暴な獲物をつり上げてしまったらしい。ただ騎士から話を聞いてみると、この男はほぼ確定的にカトラスから捨てられているらしい。このようなケースは多々あり、似たような状態の者、全てに報復行為がなかったことから安心して良いとのことだった。


「まあ、警戒するにこしたことはないがな。分からなかったとは言え、こんなことになってすまん」


「……や、さあ。スケールでかくていまいち把握しきれてないからなんとも言えないわ。てかさ。なんで皆、なんにも知らないの?」


「……気になって資料の山を漁ってみたんだが、飛ばした諜報員の大半が行方不明だ」


「おお、おそろしや……」


 なるほど。寝返ったか、消されたかの二択か。諜報員が意図も容易く消されてしまうのならば、一般人は尚更簡単に消せてしまうだろうな。


「オッケー、わかった。私カトラスに関わらない」


「その方が良い」


 その後、騎士とは離れて行動することになり、騎士は駐屯地に、マッドハット氏は今後のメニューを考えると魔具堂に、僕らは明日のために早く帰って休むことにした。


 ……騎士はマントをつけ直し、マッドハット氏により解凍されたゴツい男を三人と、ひょろいのを一人えお引きずって頓所のある方向に消えていった。


 フードも被っていってしまったから、頓所に行く前に通報されないと良いが……。


 騎士が向かった方向が騒がしくなった気がするが僕はなにも知らない。そこまで首を突っ込む気力なんて無いんだ。




 マーキュリー宅に帰宅し、戌井は自分の手当てを始めていた。


 椅子に座って、学費について考える。僕らの給料が15万と少し。必要な学費は各自で150万……。


 一年分は四ヶ月、三年分は10ヶ月。


 九月が入学だから、入試は入学の一月前後と想定して合否の発表もその付近。


 今が十月、試験まで数ヶ月。仮に合格して学校が始まるまでの期間はもある。今までのシフト道理に続けるとして残り時間は大体8ヶ月ほど、全く持ってたり無い。


「……戌井、学費が足りなくて、もう一年いるかもしれない」


「……もう一年って、それ……待たなきゃいけないの?」


「言いたいことはわかるんだが、現実問題、残りの時間じゃあ圧倒的に足りないんだ」


「……仕事増やすのは?」


「そうしようにも、勉強する時間がなくなって不合格なんて未来が見えてくるよ」


「あー……はは」


 はあ、騎士のように僕らを支援してくれる人物なんていないだろう。いや、そこはわからないが頼れる大人はいない。


 マーキュリーさん達には衣食住、その上仕事までもらっているのだ。


 マッドハット氏に言えないのも魔法や世界の歴史について教えてもらっている。


 どちらにせよ、これ以上は迷惑をかけられない。


「そもそも私らさ、若いのが皆王都に行くから人で足りなくて雇われてるじゃんか。私らいなくなったらまた人手不足にならない?」


「僕らの変わりになる者も探さなければならないな」


「……どうするにしろ、一年は待たなきゃいけないのは確定かあ」


 光が消えてしまった戌井の目は窓の外、遠くの空を見ていた。


「一体、いつになったら帰れるんだろ。少なくとも一年と学校にかよう三年間はかかるでしょ?帰る方法を知るにも条件がきついし……あ、ダメだ。なんか、なんか、帰れる気がしない」


「言わないでくれ。僕まで心が沈む」


 少し前までは、どこかであと数年で帰れるのではないかと思っていたのだ。なのに一年遅らせなければならないし、筆頭になるか、異世界から人を召喚するかの二択ださらにかかる。


 もう、頭が痛い。


「……とりあえず働いて、勉強するしかないよね」


「……そう、だな」


 いつも明るい戌井も、堪えたらしい。傷の手当てを放棄して、椅子に座ってうなだれていた。


「一年伸ばすにせよ、そうじゃないにせよ。相談、しなきゃ」


「ああ」


 僕たちは楽観的に考えすぎていたらし。











 カルタと永華のいる部屋の前。ナノンが扉に耳を引っ付けて、二人の会話を盗み聞きしていた。


「はわわ。お姉ちゃん達、学校にいけないとおうち帰れないの?」


 ただ遊びに誘おうとしただけなのに、こんな会話を聞いてしまうとは、ナノンは何かしら持っているのだろう。


「……お別れはいやだけど、おうちに帰れないのも嫌だよね」


 ナノンは少し考えて、母にどう知れば良いか聞こう、そう決心した。


 ナノンは音をたてないようにしつつ、急いでリビングに向かった。

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