26 情報

騎士を何とか魔具堂に連れてくることに成功した僕たち、しかし騎士の爆弾発言とマッドハット氏のうっかりにより僕らはおおいに疲労することになった。


 紅茶を飲んで一息つく。


「ふう、それでマッドハット氏には逆探知して貰いたいんです」


「ふむ、ならばやってみるかの」


「よろしくお願いします。どれにかけられているかは見当がついていますので、一先ずそちらを見てみてください」


「あ、このマントです。どうぞ」


 騎士がマントを差し出した。


「うむ、少し見てみよう」


 騎士のマントを受け取ったマッドハット氏はどこからともなく取り出した虫眼鏡で見ていく。あれは確かどんなに小さくても魔力の痕跡が見えるようになるものだったはずだ。高いとかなんとか言っていたが、この店にあったのか。


 僕の考えが間違ってなければマントだろう。マント以外であれば騎士の知らぬまに私物を持ち出され、今もそれに気が付いてない恐怖現象が起こることになるが。


「まさか、ここでマッドハット様に会えるなんて……君らが自己魔法を扱えるのも納得がいく」


「王宮魔道師筆頭候補ってそんなに凄いの?」


「そりゃあもちろん。特級か、上級の中でも上位の腕利きのやつしかなれないんだ。だから中々代替わりしないし、高齢なことが多いんだ」


「へえ、今の筆頭は?」


 マッドハット氏の調査結果を待つ間に戌井が騎士に話しかけていた。どうも王宮魔道師筆頭……の件が気になったらしく、深掘りしていた。まったく、こんなときに呑気と言うか、楽観的と言うか……。


「今?今のやつは確か……六十くらいの男だったかな」


「ん?じいさんと同じぐらいの人?」


「わし八十過ぎとるぞ」


「まじ?」


「ああ、聞いた話的にそのくらいのはず……あ、いや。最近変わったんだ。召喚の儀式やったあとに心臓発作で倒れちまってな」


「……それって、伝説のやつ?」


「そう。ああ、ここら辺にはまだ話来てないのか。城下町辺りには直ぐに広まったな、一回の儀式で三人呼ばれてたな。うん百年ぶりだから凄い早さで広まってた」


 違うとは思っていたが僕らではないらしい。それにしても三人が一気に召喚されたと、伝説では一人、僕らの場合二人。少しずつ増えているようだね。それに、これは騎士の口が軽くない限りは口外しても言い情報、か。


「ふーん、話かえるけど王都ってどんな感じ?」


「ああ、情報が欲しいんだったか。王都はこの国の北の方にあって一番栄えてるんだよ。人じゃない種族もたくさんいるんだ。貿易も盛んだし、冒険者ギルドや商会ギルドなんかもある。大体なんでもあるな」


 ありきたりな都会って感じか。


「あとは貴族が多いな。面倒な連中が」


「へえ……」


「戌井、顔が怖いぞ。落ち着け」


「フフフ……」


 戌井のやつ、未だに根に持ってるのか。いや、あれは恨みを持つのも仕方ないか。ただ、騎士が引いてるぞ。


「若者が皆、王都と目指すと言うが成功を願ってってところか?」


「そんなものだな。有名どころの商会や新聞社、服屋、靴屋、大体なんでもあるから、そこで就職しようとしたり、新しく立ち上げようとしたりな。成功を夢見て挫折するのはよくあることだな」


「やだな、それ」


「世の定めだし、あとは……」


 他に話すことはないかと騎士は考え込む。


「王都はあれじゃ、わしがいた頃は西側が治安悪かったの」


「ああ、そうですね。今は前よりもましにはなりましたが未だにギャングや無法者が多いですね。この前ひとつ潰したんですけどね。スラム問題は解消できたんですけど」


 ギャングを潰すって、それって国の騎士がやるようなことなのか?いや、治安維持的な意味ではおかしくはないのか。ん?ギャングを潰した?


「……まさか」


「王都についてはそんな感じか」


「じゃあ魔法学校!」


「それはちょっと、俺は騎士学校の出だし。ただまあ、うちの国の騎士学校と魔法学校ってなあんか仲悪いんだよなあ。興味なかったからよく知らないが」


 妥当な話か。


「ああ、でも学費は同じだったはず」


「そうなんだ。どれくらいなの?」


「……一年で50くらいだな。俺はハインリッヒ伯爵が先行投資だって騎士学校に入れられて、今は利子無しで返してるところだな。条件に座学、実技共に十位以内だから中々に厳しかったな。三年間、俺はよくやったよ」


 騎士の目が死んでいる……。


「ていうか魔法学校のことならマッドハット様に聞けよ」


「確かに」


 騎士の言葉に戌井はマッドハット氏を見る。


 騎士学校と魔法学校が仲が悪いか。なんか面倒な気配を感じる、入学したらなるべく介入しない方向でいくか。


「わしの頃もそんなことがあったのう。原因は詳しくは知らんが初代生徒達がなにかやったらしいぞ」


「じいさんも興味なかったタイプ?」


「そうじゃな。魔法学校といえば召喚術の魔法があったり飛行魔法の試験があったりするのう」


「箒で飛ぶんですか?」


「ああ、そうじゃな」


「……デッキブラシとか、箒以外のやつは?」


「ほ、箒以外?どうじゃろうか。試したこと無いが……」


「箒以外で飛ぶ魔道師?」


「戌井が変なこと言うから二人揃って困惑しているじゃないか。やめないさい」


「はーい」


 騎士とマッドハット氏は“箒以外で空を飛ぶ魔道師とは?”と顔に出るほどに困惑していた。あの反応からして戌井の言ってることは今まで試した人はいなかったんだろうな。


「あとはそうじゃなあ、魔獣の世話とかあったの。時代が変わって、内容も変わっとるかもしれんな。当てにせん方がいいかもしれん。調べてはいるんじゃが何分、ここ田舎じゃから情報がきにくいんじゃよ」


「そういうところは、どこの世も変わらないねぇ。えぇっと、八十だから大体……だいたい六十年前?」


「ああ、そのくらいになるだろう。流石に色々変わってそうだな」


 時の流は残酷だ。そうどこかの誰かが行っていたな。


 それから情報がきにくいと言うのも納得だ。僕らは当てなく図書館や人伝に聞いているから余計に情報を集めにくいのだろうが、平均年齢が上がっていっているせいか古い話しかでてこないのだ。


 騎士が滞在することになったとき、町にやってきた若者に聞けば良いとも考えたが戌井をひき逃げして謝罪一つたりともなく、逆に脅すような貴族などとは一変たりとも関わりたくないので却下だ。


「そういえば、なんでこんなこと俺に聞いたんだ?マッドハット様に聞けばよかっただろ」


「……ごもっともだな」


「あはは、私ら無意識にじいさんに王都のこと聞くの忘れてたっぽくって……」


 僕らの発言に騎士は呆れた顔をした。


「……一応仕事だし聞いておくが、なんで王都のことや魔法学校のことを探る?」


「帰りたいから」


「それ以外に無いよ」


「……ふーん。そう」


 その後も戌井を中心に、王都や魔法学校のことについて聞いた。いくつかわかったことがある。


 この世界、随分と物騒で日本や平和とは程遠いものだった。


 ギャング、海賊、山賊、盗賊、愚連隊、マフィア、ヤクザ。違法薬物、人身売買、人体実験、拉致、誘拐、監禁。上げだしたらきりがなく、いつもあちこちで事件が起きているらしい。


 人間、よく滅びてないな。


「さて、逆探知も終わったぞ」


「お?ほんと?」


 雑談をしていると逆探知成功の知らせがでた。ポット一式を端に寄せ、ある紙を取り出し机に広げた。


 マッドハット氏が広げた紙は、この町の詳細な地図だった。大きな紙に事細かに文字が書かれている。


「ここじゃな。この町の東側、この辺りには廃屋がある。おそらく、それを利用しておるんじゃろう」


「ちょっと遠いな」


 騎士が一言こぼした。


「でも場所はわかった。これなら対処できる」


「ああ、あとは騎士__」


「実戦試験とするかの!」


 あとは騎士が自力で片をつければ良い。そう言おうとしたりマッドハット氏の大声でかき消された。何を言ってるのか、わからず一瞬呆気にとられる。実戦試験?何を言ってるんだこの人は?


「確か君を追いかけていたのは荒くれ者三人じゃな?ならば、その三人をうちの愛弟子が相手しよう。その間に君は本命を相手取る、どうじゃ?」


「え?まあ、別に良いですけど」


「いいの?そこは断ったりしないの?」


「俺からすれば断る理由なんて無いからな。手間も、時間も、その他も削減できるんだしな」


「……え?私ら戦うの?」


「ちょっと待ってください!僕らは貴方から魔法の事を教わってたったの2ヶ月ですよ。そんな僕らが逃げるだけならばまだしも、戦うんですか?」


 予想外の事態に、思わず大きな声を出してしまう。


「大丈夫じゃ。わしが上から見ておる」


「いや、いやいや……」


「流石に人形相手に真似事してただけの私らがチンピラ相手にとか、不安って言うか……」


 そう、ここ一ヶ月ほどで始まった実践訓練。その訓練はマッドハット氏の操る人形を相手にし戦うものだ。まあ、一回も勝てた覚えがないんだが。


「この町は安全じゃが、他はそうとも言えんところがある。神殿や迷宮、森の中のなどな。獣は言葉が通じん、荒くれ者は話そうとしない。愛弟子のお主らが生き残るため、そのための試験じゃ。お主らがどこまで動けるのか、それを図るためのな」


 凶暴化したシマシマベアーを思い出す。あのときは戌井の奇策でどうにかなった。


 チンピラの時は透明化し逃げに徹した。


 逃げられないときが来たら?奇策が通じなかったら?戦わないと、いけないときがきたら?


 いくら魔法が扱えても、動けなければ意味はないのだ。


「はぁあ、わかりましたよ。やれば良いんですね。やれば!」


「……痛いの嫌いだけど、そう甘いこといってらんないもんなあ。了解でーす」


 時代背景的に中世頃が一番近い、この世界。治安なんてあってないようなものだし、それを取り締まれているかなんてわかりきってること。


 魔法学校にいくにしろ、行かないにしろ。自衛できなければ速攻死ぬ可能性がある。どっちにしろやらねばならないことだ。


 全ては帰るためだ。耐えろ、篠野部カルタ。


「よろしい!では、今から向かうぞ」


「……はあ!?」


「……ええ!?」


「マッドハット氏!!」


 心と装備の準備をさせてくれ!

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