15 休み

あの後、また八百屋を通りすぎたことに気づいた私たちは慌てて引き返して頼まれたものを購入しパン屋に戻った。予定より遅れていたことより心配されていたのだが迷っていたと告げると安心してくれた。


 恐らく、これから先ネタにされるだろう。こう言うのがネタにされるのってわりとあるあるだよね。


 あれはナノンちゃん命名で“お使い迷子事件”と名付けられた。そのまんまである。


 あれから丸一日パン屋の仕事をしたり図書館に行って調べものをしたり、新聞を見たり、色々しているが情報収集は遅々として進まずにいた。 


 唯一、役に立ちそうな情報と言えば例の“勇者伝説”であった。だが内容はありきたりなもので、最終的に魔王を倒し世界の平和を取り戻すというような感じだ。


 情報は得れずとも時間は過ぎていき、かれこれ一週間。今日は定休日だ。


 定休日ともなれば図書館でも、少し遠くにでも行くのだが……。


__ザァ……ザァ……__


「雨か……」


「勢いが凄いねえ」


 絵の具をこぼしたような青い空は、どんよりとした灰色に染まる。降り注ぐ雨は止まることはなく、地面を濡らし、井戸に落ち、水路を駆け巡っていく。


 うっすらとした光が窓からは入り込み部屋のなかを照らす。本当にうっすらで、渡されたランプをつけなければ部屋は薄暗いものとなる。


「これは……」


「今日は休みがいいんじゃない?ここ最近動きっぱだしさ。少なくとも、あんまり動かないで頭回すだけにしとけば?」


「…………帰りたくないのかい?」


「帰りたい、けれど動きっぱなしだとそのうち倒れるよ。過労だよ、過労」


「……それもそうか」


 ずっと働いていては疲れがたまる一方であり、そのままでいれば誰であって倒れてしまう。元気の前借りをしようとも、結局のところ結末は同じだ。


 私達二人は、何故か同じ部屋にいた。


「君はさっきからチマチマと、何をしてるんだい?」


「マクラメ編みだよ。あなの空いていない宝石なんかを袋状に包んでネックレスなり、ストラップにするなりできるんだよ」


「要するに手作りのアクセサリーか」


 永華はリコスにもらった猫目石を包み込むように、蝋引き加工された紐、つまりワックスコードを編み上げていく。


「それ……猫目石かい?どこからそんなものを?」


「リコスさんが魔法で石を変質させたんだよ。それを貰ったの」


「見知らぬ人間に貰ったものをそんな嬉しそうに……」


「いいじゃん、ただの猫目石だよ」


 これはイザベラさんにワックスコードのことを確認したときに、自身が使っていたと言うもののあまりを譲ってもらったものだ。焼き止め用の火元はランプの火を使う予定だ。


「確かに人形じゃないし、いいか。魔法で変質させた、なにか特別なことはあったかい?」


「魔法が特別じゃないと?」


「……何があった?」


「杖を三回、振ってた。呪文なんて使ってなかった、あとは……光のエフェクト的なのがあったね」


 路地での出来事を思い出す。あれは幻想、神秘、奇跡、科学では証明できないもの、そういう表現があうだろう。


「杖は用意すべき、なのか?」


「どうだろうね。どっかの映画じゃ杖が使い手を選んでたし、箒でなくてデッキブラシで飛んでる魔女もいたもんね。いくら架空の話しとは言え両方あり得そうなんだよね。選ばれるか、どれでもいいのか」


「デッキブラシの話しは関係なくないか」


「ものの例えだよ。箒やデッキブラシのところ杖に置き換えてみてよ」


「そうか。どれでもいいのなら適当に木の枝から削りだせばいいなんだがな」


「その前に魔法使えなきゃだめじゃん」


 魔法、魔法ねえ。


 そこまで考えたところで、もう一つ路地であった出来事を思い出した。魔法のことならばマッドハット氏に相談しろと、リコスが言っていたことを。


「リコスさんが魔法使いたいんならマッドハットおじさんに相談しろって、隠居なんだけど凄い魔道師らしいよ」


「それは、マッドハット氏についての用事が増えたな」


「そうだね。魔法についての用事は本のときと一緒でいいんじゃない?」


「基礎もないのに行使する力は危険か。同意だ」


「じゃあ、そういうことで」


 軽くではあるが今度の予定が決まった。何も決まらないよりはましだ。


 雨が窓に当たり、騒がしい音を立てる。さっきよりは勢いがましになっている、あと少しでもすれば雨は止むかもしれない。


 沈黙が二人の間にたたずむ。気持ちいい沈黙ではなく、気まずい沈黙だが、それも仕方ないだろう。


 永華も、カルタも一言たりとも話さない。それもそうだろう、元々交流があったわけでもない二人は雑談なんてするほどの仲じゃないんだ。


 ただただ雨の音だけが部屋に響き渡る。


 永華はマクラメを着々と編み上げていき、カルタは先日から現状や考察を下記連ねているノートに向かってなにか書き連ねている。


 ランプの火がゆらゆらと揺れている。火の揺れにあわせて影も揺れ動く。


 ふとしたところで永華が手を止め、窓越しに曇天の空を見上げる。だんだんと雲は薄くなっていく、晴れたあとはどうしようかと悩む。


 晴れる頃にはマクラメは編み上がるかな。これ、どうしようかな。ネックレス?ブレスレット?ストラップ?どうしたって綺麗だろうな。


 首を回し、次いで肩を回す。体は固まっていたのか、バキバキと音をたてる。


「エイカお姉ちゃん、カルタお兄ちゃん、お昼ごはんだよ!」


 静まり返った部屋にナノンが飛び込んできて、昼御飯だとしらせる。


 ああ、もう夕飯か。


「ん〜……」


 椅子から立ち上がり、伸びをする。背骨が音を立てた。


「さて、ご飯だー」


「ふぅ……わかった」


「今日のお昼ご飯はミートパイだよお!!」


 ナノンちゃんがくるくるとまわる。とても機嫌がいいことを見るに、ミートパイが好物なのかもしれない。


「ミートパイ?食べたことある?」


「ない。ミートスパゲッティと似たようなものだろ」


「どっちかって言うと、パンにかけたやつでは?」


 冷たい返しに臆せず、さらに言葉を投げるが振る無視された。


 そもそもパイ自体食べたことのない人間なのだ。私、永華はミートパイに興味津々です。


「はーやーくー!ナノンお腹空いたよう!」


 私がどうでも良さそうな篠野部に疑問をぶつけているとナノンちゃんが急かしてくる。それ程お腹が空いているのか、プンプンとほほを膨らませている。


「ああ、ごめん、ごめん。行こっか」


「ふう……」


「カルタお兄ちゃん、元気ない?」


 ナノンちゃんはなにかを感じ取ったのか、篠野部の前に立ち顔を見上げた。


「……別に」


 カルタは少しの間、ナノンを見つめていた。その目はとても黒く感情の色は読み取れない、だがすぐに目をそらして先に進んでいった。


「篠野部?どーしたんだろ、あいつ」


「カルタお兄ちゃんナノンのこと嫌いなのかな?」


「たぶん君くらいの歳の子を相手にしたことがないから戸惑ってるんじゃないかな?私は下に兄弟がいたし」


「そうなの?」


「そうなの」


 そうは言ったものの、それが正解かどうかわからない。いや、小さい子を相手にしたことがないのはあってるんだろうが……どうなんだか。


「ほら、行こっか」


「はーい!」


 今の篠野部、なんというか。ちょっと、苦しそうなきが……。


 お昼ごはんはミートパイとベーコンのスープでした。ミートパイとても美味しかったです、永華。




 永華は知らない、カルタが“苦しそう”と感じたことが当たっていることを。ナノンは知らない、自らを見つめていた瞳から滲んでいた感情の名前を。

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