14 変質

「嫌なことを聞いて悪かったね」


「あ、いや、はは」


 ああ、ダメだ。少しでも思い出したからか少し気分が悪い。誤魔化すことさえできやしない。


「染み付いた恐怖は簡単に拭えない、少しづつでしかダメなんだ。君は悪くないんだよ」


「……そう、ですね」


 リコスは永華の背中を撫で付ける。永華は人の体温にふれたからか、体が徐々に楽になっていくのを感じていた。


「そうだ。君、魔法は見たことあるかい」


「魔法?そういえば魔道書なら読んだことあるけど、魔法事態は見たこと無いな」


「ならいいものを見せて上げよう」


 リコスは懐から杖を取り出し、今度は鞄の中からビー玉サイズの石を取り出した。


「よく見ててね」


 リコスの言葉に抗うことはなく、好奇心と期待で胸を膨らませた永華は掌の上の石に集中していた。


「いち、にい、さんっ!それ!」


 掛け声と共に杖を振るう。そうすると杖に先端が青く光輝き、光はまるで生きているかのように石の元へと空を走っていく。


「もう一回」


 次は黄色に。


「これで最後」


 次は紫に。石のもとに集まった光は周りをくるくると回ったかと思えば石の中に入り込んでしまった。


 不思議に思い掌を覗き込んだ永華、次の瞬間石自身が光輝きだす。驚く永華を置いてきぼりにして、石の放つ光はだんだんと弱くなっていく。光が止んだと思えば、今度は姿の変わった石がリコスの掌にあった。


「わぁ、綺麗……」


 そこにあったのは黄色い宝石だった。


「ど、どうやったんですか?」


 永華は始めてみた魔法に興味津々でリコスに詰め寄る。幼いころ憧れ、夢見ていたものが目の前に現れ大興奮しているのだ。


「これは変質の魔法だよ、簡単なものしかできないけどね。ただの石を紛い物だけど宝石にかえたんだ」


「変質、石が宝石に」


 リコスの掌の上でコロンと転がった宝石は光が当たると一直線の輝きを見せた。永華はこれに見覚えがあった。


「猫目石?」


「正解、わかっちゃうか。フレイアが好きでよく作っては加工してプレゼントしていたんだ。だからなにか見せようと思ったらこれができちゃった」


「ほんとフレイアさんのこと好きですね」


 こうも惚気られるとちょっと呆れがはいってくる。


 この人、篠野部とは違って表情豊かだな。愛妻家は、まだ婚約者だから違うんだろうけど似たような感じの人だよね。


「これ、君にあげよう」


「え?いいんですか?」


「ああ、嫌なことを思い出させてしまったお詫び」


「でも……」


 そういえば用意がよかった。もしかしたら元々フレイアさんのために用意していたのかもしれない。


「持って帰っても引き出しの肥やしになるだけだから貰って欲しいな」


「フレイアさんのために用意してたんじゃ」


「……勘がいいなあ。でもいいんだ、最近のフレイアは僕の贈り物を受け取ってくれないから」


 さっきまで幸せそうにフレイアとのことを話していたのに、今はまるでその逆で悲痛な表情をしていた。


「喧嘩ですか?」


「違うよ、僕が悪いんだ。心配してくれてありがとうね」


「あ、いえ。これ、ありがたく貰いますね」


「うん、そうして」


 リコスから受けとる、掌の上でコロコロと転がる猫目石はとても綺麗だった。猫目石をイザベラさんに持たせて貰ったハンカチに包みこみ、鞄の奥にしまいこんだ。


 さて、これをどうしよう、ストラップにしようかな。


「君は魔法に興味があるのかい?」


「え?いきなりどうしたんです?」


「いや、随分と目が輝いていたから憧れでもあったのかなと」


 ああ、はしゃいでいたのがばれてしまったか。


「実はそうなんです」


 使えるかどうかもわからないけど、憧れはするものだ。


「使ったことがないんだったよね。そうだね、使ってみたいのなら魔具堂のマッドハットおじさんに相談するといいよ。あの人、凄い魔道師だからね」


 あのおじいさん魔道師なのか。てっきりどこにでもいる普通のおじいさんなのかと思ってた。


「凄い魔道師がなんで、この町に」


「さあ?隠居のみらしいしゆっくりしたいんじゃないかな?」


「ああ、そういうい感じなのかも」


 老後はゆっくりしたい、そういうご老人は今までたくさん見ていた。永華のまわりはご老人が多かったのうえ可愛がられていたので、そういう話しはよく聞いていたのだ。


「僕もそれなりに実力はあると自負しているけど、こう言うのはマッドハットおじさんの方が詳しいだろうから」


「そうなんですか。リコスさんはどこで働いてるんですか?」


「ん〜、そうだね。ダバリア帝国の王宮に勤めてるよ」


「ダバリア?」


 ダバリア帝国がどういったところでどんな国なのかは知らないが、まさかこんなところに王宮勤めがいたとは驚きである。帰る方法について一つ相談してみるのもありかもしれないがそれには信頼が足りない、このまま交遊関係を続けるべきだと判断する。


「そう、ダバリア。ここ、メルトポリア王国からちょっと遠いんだ」


 ここメルトポリアって言うんだ。


 口から出そうになった言葉を慌てて見込む。こんな言葉を聞かれたら確実に不信感を抱かれる。


「遠いって、王宮勤めなのに大丈夫なんですか?」


「仕事ついでだから大丈夫だよ」


 こんな田舎と言ってもいいところに他国の王宮勤めが何を、外交だろうか。まあ、ここは聞いても答えてくれはしないだろう。


「ふむ」


 リコスは市場の方を一瞥したかと思えばスッと立ち上がる。


「そろそろ僕はお暇しようかな。君の連れが来たようだから」


「へ?」


 永華はリコスの発言に驚き、立ち上がって人混みの中を確認すると一瞬だけカルタが見えた。


「あ、いた」


「それでは、またいつか」


「あ、はい。また今度」


「君たちの未来に幸多からんことを」


 唐突なことに少しばかり呆然としつつもふられた手を振り返す。リコスはそのまま暗い路地裏にはいっていき、姿を消した。永華はリコスが消えた方を見ていた。


「いろんな意味で不思議な人だったな。フレイアさんと仲直りできるといいけど」


 去っていく背中が悲しそうだったのはフレイアさんとのことが原因だろうか。


「戌井」


「!……篠野部、遅いじゃんか!」


「迷ってた」


「おい」


「すまん」


 怒気を孕んだ声をだした永華にカルタは素直に謝る。そうなれば永華も怒るに怒れず、大きなため息を吐いて呆れの眼差しをカルタに向けた。


「あのクリスマスカラーの看板目印にすればよかったじゃんか」


「それがな。あの看板、複数あって」


「嘘でしょ!?」


「事実だ。なんなんだろうな、あれ」


「あの看板のデザイン考えた人のセンス疑うわ……」


「しかも店の内容の被りがなかった」


「ええ……」


 つまり、あのクリスマスカラーの絶妙にダサい看板の店はいろんな種類の商売に手をだしている、わりと大きいところなのである。


「見たところ結構人気だったぞ」


「人気なんだ」


「人気でなければ同じ町に別系列とはいえいくつも店はださないだろう」


「まあ、確かに」


 何でそんなに売れてるのに看板は絶妙にダサいんだろうか。


 些細な疑問を心にとどめて地面に置いていた荷物を回収する。


「八百屋いこ」


「戻るぞ」


「通りすぎてたのか……」


 動き出した永華を見てカルタはすっと地図を取り出す。少ししてカルタは永華に視線を向けてた。


「路地で話していたのは誰だ?」


「見えたの?」


「後ろ姿を少し」


 カルタは眉と眉の間にシワを刻む、どうにもリコスのことを不審に思っているようだ。


「本人曰く王宮勤めの魔道師」


「……それは本当か?」


 篠野部の眉間のシワがどこかに消え、少し目を見開いた。


「さあ?聞いただけだからなんとも、嘘をいってない保証はないから。けど魔法は使えてたから魔道師なのは本当だと思う」


 怪我の心配をしてくれた、心に心配をしてくれた、猫目石をくれた、婚約者をたくさん愛してる。いい人だとは思ったけれど、それまで。会ってたったの数十分の仲、多少は疑ってかかるべきだ。好感は持っている、けどそれとこれは別の話だ。


「この国か?」


「いや、ダバリア帝国らしい」


「ダバリアか、あとで調べる必要があるな。他に何か言っていたか?」


「……基本、惚気てた」


「……そうか」


 今思い返すだけでも口の中が甘ったるくなってくる。


 コーヒーってどっかで売ってないかな、できればブラックがいい。飲んだこと無いけど。


「名前は?」


「リコス・ファウスト。あ、でも婿入り予定で婚約者のフレイアさんの名字使ってるんだって」


「籍を入れてないのにか?」


「あ、確かに。嫌な思いででもあるんじゃない?」


「そういうものか」


「しーらない」


「適当すぎるだろ……」


 ちなみに話に夢中になりすぎて八百屋を通りすぎたことに、二人はまだ気づいていなかったりする。














「…………もしかしたら」


 人のいない屋根の上、黒い誰かが呟いた。

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