第20話 止められぬ思い(竹下栞奈)

「咲楽くん、私、咲楽くんが好き…」


 言葉を発した自分が一番驚いていた。

 何故、何故言ってしまったんだろう?まだ、私の気持ちはおぼろげで、全く形になってなかったのに…。でも、彼の顔をみていたら急激に自分の気持ちが大きくなってそれを止めることが出来なかったのだ。

 やっぱり私は咲楽くんが好きだったんだ…。そう思うと不思議と肩の力が抜けてきた。


「最近、ちょっとおかしいよ。だって、咲楽くん顔色悪いし、雨が降った時だけ何かに取り憑かれたようになっているし…」


 私がまだ言葉を続けようとした時、咲楽くんは私の方へ一歩近寄った。


「ありがとう。こんな僕を好きになってくれるなんて…。とってもうれしい」

「じゃあ・・・」

「いや、違うんだ。良く聞いて欲しい。これは僕が今遭遇していることを栞奈さんには話しておきたいんだ。いいかな」


 聞きたくない…。正直、そう思った。今、それを聞いてしまうと、私は一生咲楽くんと会えなくなるような気がしてならない。だけど、彼の瞳にはそれを許さない力があった。

 だから、私は、彼の言葉を聞くより自分の思いをぶつけることにした。


「ねぇ、どうして咲楽くんが20年前に賞を取った絵のモデルになってるの?ねえ、もしかして、これって咲楽くんのお父さんとか?咲楽くんにすっごく似てるんだけど」


 私は、図書館で見つけた吉川観鈴という女性が描いた受賞作品の写真を自分のスマホに映し出す。


「ほら、これ。絶対に咲楽くんじゃない?ねぇ、どうして?なんで?」


 彼は静かに微笑んだ。



- - - - - - - -


「ねぇ、大丈夫?体調が悪いならそう言ってくれればいいのに…。また、この前の風邪がぶり返したんじゃないの?ほら、熱もまた38度もあるよ。もう…」


 咲楽くんは、ベットに入ったまま私を見つめる。さっきまで強い光で私を見ていた人とは思えない…別人のようだ。

 だが、さっきの話だけど…と言った瞬間、彼は私の腕を握りこう言った。


「あのね。栞奈さん。僕は、妙邦寺でさっきの絵を描いた吉川観鈴さんと出会ったんだ。そう、20年前の世界で生活をしている観鈴さんとね…」


「えっ?そんな、嘘っ!!もしかして私を揶揄ってるの!?」


 最初は熱で変な妄想を考えているのではないかと思った。でも、咲楽という男性がこの局面でこんな冗談を言わないことも良くわかっていた。


「それは雨が強く降り出し雷鳴が轟く時に起きるんだ。その時、どういう訳か20年前の世界と繋がっている扉みたいなものが開くようなんだよ。僕も最初は分からなかったしその吉川観鈴という存在自体も妄想なのではないだろうかとさえ思ったんだ。だけど、調べてみてわかったんだよ。吉川観鈴という女性は、20年前の世界で鎌倉中央南高校の美術の教師をしていて、休みの度に妙邦寺にデッサンをしに通っていて、そして、そこで書いた絵が三科賞を受賞して、そして、そして…、彼女は20年前の10月10日のお祭りの日に姿を消してしまうんだ」


 私は彼を止めなければと強く思った。

 だが、言葉が全く出てこない。20年前の世界と繋がる?その時代に住んでいる女性を好きになったの?なんで?私がいるじゃない。そんな人やめて私と一緒にこれからの時間をすごそうよ…。

 

 ずっと握っている腕から咲楽くんの暖かい優しさが伝わって来る。

 だが、その温かさがもう自分には手に入らないものだと感じた時、私は嗚咽を漏らしながらベットに横たわる咲楽くんの頬にキスをした。

 最後の我が儘だから許してくれるよね…。

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雨と雷鳴と山霧と君 かずみやゆうき @kachiyu5555

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